第160話 かつてを超えて、現在に
「フィオーネ様、レフィーネ様? 一体なぜ、どうしてここに」
意外な援軍の登場にリリアンも驚きを隠せないでいた。
そんなリリアンの姿を見ることが出来たのがおかしいのか、フィオーネは少し意地悪な表情を浮かべながら笑う。
『定期連絡が遅れるし、遠征艦隊の反応がロストしたなんて無茶な報告は飛んでくるし、これはまずいなと思って真っ先にあちこちを脅し……説得して戦力をかき集めて無理やり連続ワープを実行させた甲斐はあったということね』
フィオーネはそれでもどこか安堵したような声をしていた。
そういいながら彼女は自分たちが乗っている艦とのデータリンクをセネカに行う。すると宇宙の状況もわずかながらに見ることが出来た。
十数隻の帝国艦艇が援軍として砲撃を行っているのが見える。
その内、フィオーネが引きつれた艦はせいぜいが六隻、それでもセネカにとっては頼もしい援軍であることに違いはなかった。
『喜望峰に残されたデータと新型のワープ機関のテストデータだけで追いかけるのはちょっと無理があったのだけどね? あと無理がたたって固定砲台みたいになった艦も多いから実は動けるのがこれだけなのよ』
このように種明かしをするレフィーネの表情にはほんのりと苦笑も混じっていた。
下手をすれば王族二人がワープ空間の中で塵になっていたかもしれないということだ。
それはそれで恐るべきスキャンダルではあるが、同時にそんな危機を超えて助けにきてくれたというのは感謝でしかない。
降下を続ける艦隊はシールド出力を全開にして、セネカを取り囲む。
数が減っていた海中からの砲撃は援軍のシールドを貫通することができず霧散し、返す刀で魚雷で応戦。
数秒後には爆発が発生して、すさまじい水しぶきが吹き上がる。
だが砲撃の勢いはさほど落ちてはいなかった。
『あとついでにこっちの火力も大したことないから、とりあえず後退するわ。あとのことは、彼らに任せる』
「彼ら?」
通信に映るフィオーネはにこりと笑みを浮かべて、指を天に向けた。
彼女たちの艦隊とは桁外れな砲撃と魚雷の数々が降り注ぐ。同時に無数の戦闘機が艦隊の周囲を飛び去ってゆく。
見間違えるはずもない。それはデランの艦載機隊だ。
『どうにも、俺たちはご婦人たちの後ろからのこのことやってくる定めにあるらしいな』
聞こえてきたのは呆れ気味なヴェルトールの声だった。
『それに先走って危険なことばかりする。だが、そのおかげで敵を突破し、本拠地に侵攻することができた。一番槍を持っていかれたのはいささか不服ではあるが……どうやら無事なようだな、第六艦隊』
「えぇ、おかげさまで。あなたのフィアンセも無事よ」
『フッ……当然だ。ステラは心配せずともやってのけると思っていた』
不敵な笑みを浮かべるヴェルトールであったが、それはすぐに崩れることになる。
『偉そうなこと言ってるが、強行突破を図ろうとしていたのはどこの誰だ。フィオーネ様たちが来なければそのまま突っ込んでいただろう?』
『そうそう。俺たちがいくら宥めたと思ってんだ?』
アレスとデランの暴露がなされたのだ。
当然、ヴェルトールの眉がぴくりと動き、反論をする。
『貴様ら! 何を言うか!』
『はいはーい、喧嘩はやめなさい。一応まだ戦闘中でしょう』
それを仲裁するレフィーネ。それによって通信の向こう側が騒がしくなる。
どこか気が抜けたような、しかしある意味では自然体のような。
命を懸けた戦いの最中であっても失われることのない人間性のようなものがそこにはあった。
それは決して悪いことはない。
(本当ならふざけてる場合じゃないと言ってもいいのかもしれない。でも……これは、かつての世界でも失われた光景。私が奪い、そしてかつての人類も失った姿。)
次々とセネカの周囲には味方の反応が増える。
たった一隻だったボロボロの駆逐艦の周りにはもう何十隻という艦隊が集結していた。
「艦長、あれを……」
その途中、ヴァンが何かに気が付いたように、モニターの一角を指さす。
リリアンがそちらへ視線を向けると、そこに映ったのは沈みゆく一隻の艦の姿だった。
もはや砲弾を放つことのない砲台。なぜそれで動くことができたのかわからないほどに砕けた艦体。半身がもがれ、ただ海水の浮力だけでそこにいたが、浸水によって徐々に沈み、姿を消していくもの。
エリスが再び沈んでいく。
「エリスの内部には自動修復用のドローンも残っていました。それで、再起動ができるとは思えませんが……」
何千年もの間、エリスを管理していたドローンたち。
確かにそのおかげでエリスはレオネルの奥底に眠っていながらも動ける形で残っていた。だが、大破、撃沈した状態を万全に戻すほどの魔法のような力はない。
だとしても一度機能を停止したエリスが再び、再起動を果たし、砲撃を実施したのは事実だった。
「簡単な話よ」
リリアンは姿の見えなくなっていくエリスを見つめながら、一人納得したように笑みを浮かべていた。
「彼女も自分の中のけじめをつけたということよ」
「けじめ、ですか?」
「そう。昔の仲間に引導を渡す。必要なことよ。そう思ってあげたいじゃない」
「……そうですな」
ただの艦にそんな感情があるのかどうかなどはどうでもいい。
そういうことにしておく方がすっきりとする。
理屈ではない感情なのだ。
「そう。エリスも己の過去を乗り越えたということよ。そして私も、本当の意味で……いえ、やっと始まるのかもしれない」
そうリリアンが呟くと海中から再び反応が検知される。
浮上してくる艦隊。数は多いが、もう負ける要素などない。
心も血も通わない、ただ命令を実行するだけの無人艦隊など、恐れる必要などない。
そしてこの艦隊を潰せば、過去から続く怨念も断ち切られることだろう。
かつて人類だったものたちの想いを呪いに変えた、かつて黄金の時代を生きた鉄の艦たちに眠りを与える為。
「全艦、主砲斉射。目標は過去の遺物。これを撃破する」
リリアンには確信があった。
これが最後の戦いになるはずだと。
だから、彼女の号令に異論を唱えるものはいない。
集結した艦隊は、リリアンの号令を受け、行動を開始する。
そして──
***
地球歴4104年。
地球帝国とオリオン座馬頭星雲宙域惑星サラッサとの間に起きた人類初の星間戦争は終結した。
たった一年。否、過去の歴史を振り返れば数千年もの因縁が紡いだその不幸な出会いが、たった一年で終結したのは一つの奇跡と呼んでもよいだろう。
地球帝国艦隊の勝利に終わった艦隊戦。その後、惑星サラッサへと降下し、降伏勧告を発令。
同時に捕虜となっていたサラッサ星人たちを通じての和平交渉などが行われることになるが、それはもう政治家や王族の仕事であった。
むしろ彼らはここからが忙しくなる。実は惑星サラッサには過去の人類がたどり着きそこで戦争のきっかけとなる事件が起きた。
かと思えば実は黒幕は古代に生きた人類の生き残りであり、はた迷惑な地球帰還作戦を実行しようとしていたと判明すれば、多少なりとも問題は起きる。
極端なことを言えば自分たちの先祖がやらかしたことなのだから。
しかし、そんな問題はもうリリアンたちが絡むことはなかった。あったとしても参考人として証言を求められる程度。
皇帝も平和的な解決を求めた。虐げられていた人類の末裔を救う。それこそがこの戦争の目的であり、大儀であった。
だがそれ以上に1500光年も離れた惑星への遠征は、やはり帝国を圧迫する。
ある意味、たった一年で決着がついたのは彼にしても幸運だったのだ。
もしも、これがあと二年、三年も続けば間違いなく帝国の経済は傾いたことだろう。
戦争の終結というものはどこかあっけない。
だが、これ以上にマシな終わり方はない。少なくとも、ここから六十年以上も続くかもしれない無謀な戦争にならないのかもしれないのだから。
とはいえ、これで全てが終わったわけではない。
当然だが、サラッサ側も全員が納得したわけではない。徹底抗戦を訴える勢力も存在する。それは地球帝国側も同じだ。
しばらくはそういった勢力との折り合いや説得も行う必要があるだろうし場合によっては反乱なども起きるかもしれない。
そうなればまた軍人たちの仕事だ。
リリアンは願わくばそうならないでほしいところだと思う。
リリアンら、第六艦隊のクルーは喜望峰にあてがわれた部屋で各々で休息をとることになった。そもそも旗艦含めた艦が存在せず、事実上壊滅した状態なのだから、仕方がない。
セネカも廃艦が決定するレベルの損傷であった。当然、エリスも回収は不可能となり、ニーチェはニーチェで喜望峰のメインサーバーへと勝手に自身を移していた。
一体いつの間にという話だが、最近このAIも何か独自で行動している節があった。
まぁ……自分やステラにはなついているようなのでそうそう悪いことにはならないだろうと、リリアンはどこか楽観的であった。
正直なところを言えば深く考えるのが面倒になったというのもある。
ニーチェが自我を持っていようが、彼が仲間であることに変わりはない。
とにかく、そのような状況の為、第六艦隊は解散、何かしらの形で再編成されるだろうが、それはまだ暫く先の話となるだろう。
それでも一つ間違いないことがある。それは、あの最悪の戦争が終わったという事実だ。
同時にそれはリリアンの中に一つの不安を感じさせた。
区切りのついたこの人生で、自分はこれから何をしようか。
それは以前にも考えたことだが、またふと不安になったのだ。
今日、このまま泥のように眠って、次目覚めた時、自分は……
「まぁ……いいか」
やることはやった。
自己満足にせよなんにせよ、あの最低な未来を変えることはできた。
それは一つの満足だ。
これから何をしようか、何ができるのか、それをもう一度考えるのは、次起きてからでいい。
だって今はとても疲れた。
明日、目が覚めて、また違う自分になっていたのだとしても、それはそれで楽しいのかもしれない。
そんな風に考えられるようになったのは、きっと……よいことなのだと思う。
「かつてを振り返るのは……もうやめよう」
リリアンはもう、新しい未来を手に入れたのだから。
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