重言
星浦 翼
重言
犯罪を犯した偽物を捕まえた
彼の家には犯行に使われた拳銃が残されている
許されざる者を速やかに裁け
怪盗ファントムシーフ
***
警察署の前には縄でぐるぐる巻きにされた男が放置されており、その傍らにはこのような文面のメッセージカードが置かれていた。
「先輩、どう思われますか?」
俺はカードから顔を上げ、新人の問いに答えてやることにする。
「どうもこうも、こいつが警備員殺しの真犯人だったってことだろ?」
時代錯誤も甚だしい〝怪盗ファントムシーフ〟は、現代日本を脅かすコソ泥である。ただ、その犯行の矛先に上がるのは〝横領した政治家〟や〝法では裁ききれなかった上級国民様〟であり、盗み以外の罪は犯さない。また、盗んだ金を被害者へと分け与えるために、民衆からの支持は高い。まるで鼠小僧のような義賊を謳う世論に対し、警察としては肩身が狭いのが実情である。
しかし、そんな奴の人気を粉砕する事件が起きたのは一週間ほど前だ。
ファントムシーフが盗みに入ったお屋敷で、警備員が銃殺されたのだ。
当然のことながら盗みに入ったファントムシーフが警備員殺しの犯人であると疑われたが、どうも殺人犯は目の前の男であり、ファントムシーフはその犯行に巻き込まれたらしい。
……もちろん、このカードの内容を鵜呑みにする気はない。
これから徹底的に調べ上げ、真実を明るみに出さなければならない。
「でも、やっぱりファントムシーフってカッコイイっすよねぇ」
新人の呟きを聞いて、その後頭部をひっぱたく。
「いてっ! 何するんすか!」
「犯罪者を褒めるなんてのは警察のやることじゃねぇぞ! 日本語も書けない奴にカッコイイもくそもあるか!」
「日本語も書けない?」
「ほらよ」
新人は俺に手渡されたメッセージカードを覗き込んだが、いまいち理解できていないらしい。
まったく、親の七光りはこれだから困る。
「犯罪を犯したって書いてあるだろ? そもそも罪を犯すと書いて犯罪なんだよ。頭痛が痛いと同じで、こういう言葉は重言つって日本語としては間違いだ」
「……先輩って、細かい事にうるさいっすよね」
「うるさいのはテメ―だっ! さっさとこのカードを鑑識に回してこい!」
「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃないっすか! 行ってきます!」
文句を垂れながらも駆け足になる新人を見送りながら、俺は自分が必要以上にイラついていることにも気づいていた。
そして、その理由は確かに、俺が細かいことまで考えてしまうタチだからだ。
わざと新人には伝えなかったが、あの日本語は間違いとは言い切れないのである。
あのメッセージカードには〝犯行を犯した〟と書かれていた。犯行を犯す。確かにそれだけを見れば重言であることは間違いない。しかし、ファントムシーフが誤字ではなく、わざと〝犯行を犯した〟と書いたのであれば話は変わってくる。
奴は間違いなく、自らの犯行に美学を持っている。
誰も傷つけず、悪い奴にしか盗みを行わない。
だから、奴の〝犯行〟という美学を〝犯した〟者を許せなかったのだろう。
……。
まったく、いけ好かねぇ野郎だ。
ふざけやがって。
必ず後で、後悔させてやるっ!
重言 星浦 翼 @Hosiura
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