十六 ちょきん
やあ。
このところ、例の流行り病のせいで、外出がしにくくて困るね。
私の周りでは特に、床屋や美容院に行くのが気が引けると言う人が多いよ。
密接する上に狭い屋内だしね。
密を回避するにも、席の間を仕切ったり、間隔を空けたりと、お店の負担も大きいそうだ。
そのせいで一度に入れる枠が減って、予約が取りにくくなった、なんてことも聞くよ。
私は物心ついた頃には自分で髪を切っていたから関係ないけれど。
うん。
美容院に行ったことはあるんだ。
でもイメージを伝えるのがうまくいかなくて、変な髪型にされてしまってね。
幸い手先は器用だったから、自分で切った方が早いし、安上がりだと気付いたのさ。
それ以来ずっと自分で切っているよ。
そうそう。
髪を切る、といえば、以前不思議な話を知り合いがしていたよ。
何でもその家には座敷童のような守り神がいるらしくてね。
誰も姿を見た事はないけど、親族全員が会っているし存在を信じているそうだ。
肝心の会い方だけど、これは相手の気分次第らしい。
決まっているのは、眠りに就いた深夜であるということだけ。
知り合いが会ったのは10歳ごろだと言っていたかな。
普段はちょっとやそっとじゃ起きない性質の知り合いが、ふと脈絡もなく目が覚めてしまったらしい。
そして、寝ている頭の奥の方から、ちょきん、とはさみで何かを切る音がする。
守り神の話はその時すでに聞いていたから、怖さはなかったそうだ。
知り合いはすぐに寝たふりをして、しばらくちょきん、ちょきん、という音に耐えていた。
音のする間は絶対に眠ったふりをしないと、守り神が驚いて逃げてしまって、ご利益を受けられなくなる、と伝わっているそうでね。それはもう必死にじっとしていたということだよ。
その内音がしなくなると、自然と眠りに落ちていたということだけど、朝起きたらとてもびっくりしたそうだ。
何があったと思う?
なんと肩口まで伸ばしていた髪の毛が、耳元くらいまでに切り揃えられた、きれいなおかっぱ頭にされていたんだ。
これには怒って母親に言いつけたが、母親は逆に喜んで、散らばった娘の髪の毛を集めて神棚に備えたそうだ。
そうすることまでがご利益を受ける儀式だということだ。
知り合い曰く、
「髪を切るのは構わないけど、髪型は指定させて欲しい」
との事。
もっともだね。
それで、肝心の御利益については何かというと、髪が絶対に痛まなくなるそうだ。
枝毛も乾燥もなんのその。脱色等色々無茶をしても、後に残らないで瑞々しいままなんだ。
それは高齢になっても続くようでね、彼女の親族で白髪の人は一人もいないんだ。
世の女性にはなんとも羨ましい加護だよね。
そのための試練が「おかっぱ」というのも可愛らしいじゃないか。
きっと自分と同じ髪型にしてみたかったんだろうと思うよ。
世の風習には、成人と認められるために、自分の髪の毛を一房切り取って呑み込まなければいけない、なんて辛い試練もあるそうだからね。
こっちの方がっぽど嫌だろう?
さて、暑くなってきたし、私もそろそろ散髪をしようかな。
君ももし自己散髪に挑戦するとしたら、指を切らないように気を付けて。
じゃあ、またね。
あやし あやかし スズヤ ケイ @suzuya_kei
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。あやし あやかしの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます