ファイル12 猫がいる自販機

 それは夏が終わろうとしていたときの出来事だった。

「すみませーん!ちょっといいですか?」

 背丈から見てハイグレードだろう。

 私はそんな女の子達に声をかけられた。

「どうなさいました?」

 私は彼女達の方へ駆け寄った。

 仕事中ならいつもの事だ。

 おそらく、商品の案内だろうと思った。

 しかし、思わぬ言葉が彼女達から飛び出した。

「あのぅ、すみません・・・キャットフード置いてますか?」

「昔のドラマ見たらドラッグストアに置いてるシーンがあって・・・・」

 ーーーーこれは困ったな・・・・。

 確かに昔は置いていた。それは大災害が起きる前の話だ。

 大災害が起きてからペット飼う事に対し、ルールが厳しくなった。

 それに伴って犬や猫を飼う人はほとんどいなくなった。

 もちろん種の保存のための動物園みたいのはあるが、

 一般家庭に飼われているという話はまず聞かない。

「お客様、大変申し訳ございません」

 私は深々と頭を下げた。

 ないものはないので私はひたすら謝った。

 当然の話だが、専門店でない限り売いれないものは置けないのだ。


「栗原ちゃん、今日キャットフードのお客さん多いね」

 私は休憩室でパートさんと話ししていた。

「不定期にそういう波ありますよね」

「なんでなんかな?」

 おそらくパートの山川さんも同じような事を聞かれたのだろう。

「お疲れ様です」

 和泉さんが休憩室に入ってきた。

「そういえばさっき、栗原さんにキャットフードのことを聞いていたお客さん達、パックの鰹節買っていきました」

「え?」

「なんでも自販機のところにいるネコちゃんにあげると言ってました」

『自販機のところにいるネコ??』

 和泉さんの言葉に私と山川さんは目を丸くした。

 私は、その後キャットフードのことを聞いてきたお客様(大半が中高生だったが)にどうしてキャットフードが必要なのか聞いてみることにした。


「殊城町に不思議な自販機があってってうちの子が言ってたです」

 小さい男の子を連れた若いお母さんは応えた。

「そーだよ。この前、きょうすけくんが言ってたんだ!

 しゃべるネコがいるんだって!!」

「そうなんだ。ボク、面白いことを教えてくれてありがとう」

 私は笑いながら返事をした。

 ーーーー猫がしゃべるとか有り得ないだろ。


「ないんですかー!」

 キャットフードのことを聞いてきたハイグレードの女の子はがっかりした声を上げた。

「申し訳ございません。当店では取り扱いがございません」

 ないものはないのでひたすら頭下げた。

「でも、店員さんが悪くないからいいよ」

「ところでどうしてキャットフードが必要なんですか?」

「実は、うちの近くにある自販機に不思議なネコちゃんがいたの。その子にあげようと思って」

「そうなんですか」

 ーーーーこの女の子も自販機の近くにネコがいるって言っている。

「不思議なネコちゃんってどんなネコちゃんですか?」

「毛がふわふわで不思議な色をしていて、人懐っこくて・・・・」

 女の子は嬉しそうに話を始めた。

「それでね、そのネコちゃんに会えるといいことがあって、んでお話ができた人は、願い事が叶うんだって」

 ーーーーだから、キャットフードを探しているわけか!!


 そんな感じの話を私は数回聞いた後、休みの日にそのネコを探しに行くことにした。

 会えるといいことがあるとか願いごとが叶うとかそういう話を聞いたら有り得ないだろうと思いつつ、興味は湧く。

 仕事から帰って来て家で自分のことをする合間、デバイスやノート型端末でネコがいる殊城町についてちょっと調べてみた。

 殊城町は山を切り開いた街で、昔は猫神神社があったがいろいろあったらしく、今は廃神社になってる。

 ーーーーそこにあった神社の神様が気まぐれで猫の姿で遊びに来ているとか・・・。

 まぁ、それはないか。



 大災害の後、全国に猫神神社、犬神神社が建立された。

 そして、建立された神社では地域の人々の交流も兼ねて年に一回お祭りもしている。

 一部の地域では今でも続いている。

 大災害前はペットブームだったので、犬や猫を飼っていた人はたくさんいた。

 大災害前のドラッグストアではペットフードや動物薬(端的に言えば犬猫用の薬)を取り扱っており、昔のドラマなどでそういうシーンも出てきたりするのだ。

 それで、大災害でペットとして飼われていたたくさんの動物たちが亡くなり、その魂を慰めるためたくさんの神社を建立したと言われている。

 真実はどうであれだ。

 これで地域のお祭りが復活したおかげで昔の風習の保存や地域住民の交流に一役買ったと思っている。



 そして、休みの日。私はバス停の近くにある定食屋でお昼を食べ、バスに乗り殊城町に向かった。

 代わりゆく景色を見ながらいい考えてしまう。

 もし、そのネコに会えたら何を願えばいいのだろうか?

 ・・・・・長い事会ってない従姉妹のかな姉に会いたいと言えばいいだろうか?

 ーーーーなんか頭の中がゴチャゴチャしてきたな。

 気付くとバスは目的地に到着していた。

 私はバスを降りると歩き出した。

 山を開いた街だから曲がりくねった坂道が多い。

 噂の不思議な自販機は少し山の方にあるらしい。

 周りを見ながら私は足を進めた。

 ーーーーだんだん、このまま進んでしまうといつもの生活に戻れなくなる様な変な感覚に襲われる。

私は思い止まり、自分に言い聞かせた。

 ーーーー明日、朝一番からの勤務だったな。もう少し進んだら引き返そう。

 


 その瞬間ーーーー

 ぷるにゃーんと言う不思議な鳴き声が聞こえた。

 そしてーーーー



「さっちゃん」


 耳に入ってきたのは聞き覚えのある声。

 私は声の方に振り向いた。

 長い黒髪のきれいな女性、年齢は私より少し年上だろう。

 私はその顔に見覚えがあった。

 晴れていたはずの視界が曇る。

「・・・・・かな姉!!」

 ずっと前から音信不通だったかな姉がそこにいた。




「で、かな姉は、今何やってるわけ?」

「さっちゃんにはナイショ」

 かな姉はそう言うと自分の人差し指を唇に当てた。

「くるにゃーん」

 かな姉の足元から不思議な鳴き声がした。

 ふと見ると黒いというか灰色というか不思議な色の毛玉がそこにあった。

 ーーーーいや、毛玉ではなくネコだな。毛がふわふわのせいか普通のネコよりちょっとでかい気がする。



 あの後なんだかんだ言いながら、かな姉と話ししながら、近くの居酒屋に入った。

 しばらく積もる話をした。

 今、かな姉は結婚して子供が二人いるらしいが

 旦那さんと折り合いがつかなかったらしく、今は一人で暮らしているそうだ。

 なんでも、かな姉は旦那のことを『マーくん』、長男は『シンくん』、次男は『アッくん』と呼んでいるらしい。

 かな姉は人に独特の呼び名をつける人だから、名前はあえて聞かなかった。


 数日後ーーー。


「すみません〜!」

 どこかで聞いたことある声がする。

 その時、私はカウンター周りで業務していた。

 ふと、声がした方を向くとかな姉がいた。

「いらっしゃいませ」

 かな姉に笑顔に返した。

「あれ?さっちゃん、ここで働いていたんだ」

「へへへ・・・」

 私は苦笑いした。

「これと同じの貰える?」

 かな姉は私に薬の残骸のシートを見せた。

 ーーーーこの薬の残骸、前どこかで見た事がある様な気がするなぁ。

「10錠分だけになるけどいい?」

「うーん!できたら30錠!!」

「ここにかな姉と子供二人の名前を書いて、あとはこっちでやっておくから・・・・」

 私はカウンターの中においていた台帳を出して開いた。

 そして、かな姉に説明した。


 私は閉店作業の一環として台帳をチェックしていた。

 私はここにいろいろ書かないといけないのだ。

 かな姉の話によるとかな姉の旦那さんは、事故かなんかが原因で大怪我をしてしまい、それ以来この薬が必要になってしまったらしい。

 当の本人が病院嫌いだから、なかなか薬を貰いに行かないと言うか行けないらしい。

 なので、かな姉がたまにこういう事をしているらしい。

 ーーーーしかし、かな姉、結婚しても変わった名字だな。

 ・・・・・ん?


『真人』


 かな姉が自分の名前の次に書いた名前を見て私は手が止まった。

 ーーーーかな姉のやつ、間違えて自分の旦那の名前書いたなぁ。

 まぁ、基本見られる事はまずないからこのままにして置くか。



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