漫才台本集「そこ、聞いてンの？」

コロナとストーカー

A　はい、どーもー。

B　いやー、まさか2020年がこんな年になるなんて誰も思わなかったですよね。

A　ホントですね。

B　あなたは、最近どうですか？

A　最近ね。会えてないんですよ、カノジョに。

B　やっぱり。コロナでね。もうコロナコロナで世界中どこも大変ですよ。

A　じゃなくて、ストーカー規制法で。

B　はい？

A　知りません？　ストーカー規制法。

B　いや、聞いたことはあるけど。これからコロナで話を広げていこうかなと思ってたんですけど――。

A　半径二百メートル以内に接近したらダメって言われてるんで。

B　え、あなたが？

A　そう、裁判所に。

B　それマジでヤバいやつじゃないですか。

A　ねー。だからさびしくて。

B　さびしくてじゃないから。ダメダメ、会ったらダメ。もう会えないから。

A　なんで？

B　なんでって。

A　どうしたらいいと思います？　この間オシャレなカフェ見つけて、カノジョと行きたいんですよね。

B　無理無理！

A　連絡しても返事こないんですよ。

B　連絡するな！　それも判決に盛り込んどけ。近づいてもダメ、連絡もしちゃダメ。

A　それじゃ、離れたところから双眼鏡で見たりして――。

B　それもダメ！

A　で、カウンターでカノジョの人数数えたり。

B　野鳥の会か！　カノジョは一人だろうが！

A　でもね、前に旅行行きたいねーとか話してたんですよ。

B　あー、もともとは仲良かったやつ？

A　いや、カノジョとカノジョの女友だちがね。

B　ちょっ、待って。なんでそれをあなたが知ってるわけ？

A　聞いたから。

B　どうやって？

A　どうって。こう、イヤホンして、無線機の周波数を――。

B　それ盗聴！　やめろ！　おれの相方は犯罪まみれか！

A　ダメ？

B　おれもとばっちり食うから！

A　でもカノジョがね――。

Ｂ　だいたいね、ストーカーって訴えられたならカノジョじゃないから。

Ａ　なんで？

Ｂ　うわっ。そこから？

Ａ　ホントに訳わからん。

Ｂ　お前だよ！

Ａ　でもね、２００メートル以内はダメって言いますけど、ということは２０１メートルだったらＯＫってことですから。

Ｂ　まぁまぁ、法律的にはそうなるんでしょうけど。

Ａ　「以内」って２００メートルも入るよな？

Ｂ　そこか！　入るよ。四年生の算数な、それ。

Ａ　細かっ。小学生の算数でいいでしょ。四年生って、わざわざ。

Ｂ　いいだろうが、別に！

Ａ　だからね、常にカノジョとの距離を２００メートルにキープして動いてるわけですよ。

Ｂ　２０１な。

Ａ　なにが？

Ｂ　なにがって、今自分で聞いたでしょうが。２００は判決に違反するやつ。２０１メートル以上離れてないとダメ。

Ａ　うざっ。分かるでしょ、話の流れ的に。

Ｂ　いやいや、自分で２００以内はダメって確認したんだから。

Ａ　はいはい。

Ｂ　うわっ、その言い方、ムカつく。

Ａ　で、それくらい離れて、同じスピードで歩いて、カノジョが立ち止まったらこっちもさっと止まるみたいな。

Ｂ　どこまでもまとわりつくやつだな。

Ａ　目測で正確に距離を測る変な能力ついちゃって。

Ｂ　知らんわ！　だいたい常にその距離キープする必要がどこにあるんだよ。

Ａ　そうしないとチャンス逃しちゃうから。

Ｂ　チャンス？

Ａ　カノジョがくしゃみするでしょ。そしたら２０１メートルのところまで飛んでくるの、飛沫が。

Ｂ　飛ばねーよ！　そんな飛んだらソーシャルディスタンス大変だろうが！

Ａ　だから、いつも２０１メートルのところに構えてて、カノジョがくしゃみしたら思いっきり深呼吸する。こうやって、すー、はー。すー、はー。間接キス、みたいな？

Ｂ　お前そこまでヤバいやつだったか。

Ａ　なんかあれみたいじゃない？

Ｂ　なに？

Ａ　ニューヨークで蝶々が羽ばたいたら、門前仲町で竜巻が起きるみたいな？

Ｂ　バタフライエフェクトみたいにいい感じに言うな！　だいたいなんで門前仲町（モンナカ）だよ。片方ニューヨークなら東京でいいだろうが。そんなマイナーなとこ出す？

Ａ　深川不動尊あるし。カノジョの実家もあるし。

Ｂ　下町か！

Ａ　今は三茶で一人暮らし。

Ｂ　憧れか！　いいからカノジョのことは忘れろ。相手のために。

Ａ　どうしてこんなことになったか、ミステリーだよな？　な？

Ｂ　な、じゃねーよ！　いいから忘れてくれ。

Ａ　さっきからうるさいな。

Ｂ　それがお前のためなんだよ。カノジョのためだし、おれのためでもあるから。

Ａ　それ、ウィンウィンってやつ？

Ｂ　ウィンウィンってなんか感覚おかしい気もするけど、実際そうだから。

Ａ　……そうなのか。

Ｂ　だから忘れろ。忘れてあげてくれ。

Ａ　……分かった。カノジョのことはなかったことにする。

Ｂ　急に物分かりいいな。

Ａ　オッケ、了解。カノジョのことなんてなかった。

Ｂ　いや、忘れるでいいんだけど。色々あったことは事実なんだろうし――。

Ａ　あんな女はもともと存在しない。よし。これでいいだろ？

Ｂ　忘れるってことだな？

Ａ　なかったことになったから、おれの中で。

Ｂ　ちょっとニュアンス違うんだよな。

Ａ　おれ、ほら、他にもカノジョいるし。だから一人くらいいなくなっても平気。

Ｂ　そうなの？　何人も？

Ａ　まぁ。

Ｂ　なんでお前みたいなやつが。

Ａ　芸人だし？

Ｂ　芸人だしとか言うな。イメージ悪くなる。

Ａ　あ、お前も芸人か。

Ｂ　悪かったな、素人童貞で！

Ａ　わー、その言葉言うな。移る移る。

Ｂ　移らねーよ！

Ａ　カノジョのことなかったことにするのがみんなのためとか言ったけど、素人童貞の言うことなんてアテになるの？

Ｂ　お前よりは常識あるから！

Ａ　何を根拠に言うよ？

Ｂ　そこは信じて。

Ａ　まぁ、たった一人の相方だしな。女の子、言ってくれれば回すけど？

Ｂ　やめろやめろ、回すとか言うな！

Ａ　どうせ誰とも直接会えないし。

Ｂ　誰とも？　どうして？

Ａ　全員に接近禁止令出てるから。

Ｂ　お前、全員にストーカーしてんの？　一人くらい普通に付き合え！

Ａ　それがなかなかうまくいかないんだなー。

Ｂ　ビョーキか！

Ａ　ビョーキじゃねーよ！

Ｂ　やめて！　マジでビョーキっぽいからやめて！

Ａ　でもね、それだけ大勢いると、ちょっと街に出たりするのも大変なんですよ。

Ｂ　なにが。

Ａ　それぞれ半径何メートル以内近寄っちゃダメって言われてるわけじゃないですか。

Ｂ　半径何メートルとかそれぞれ違うの？　そこは揃えてもいいんじゃないの。

Ａ　だから、あっちから200系が来た！　わ、こっちからは300系だ！とかなるんですよ。

Ｂ　新幹線か！

Ａ　出た。素人童貞の鉄オタ。

Ｂ　やかましいわ！　だいたい離れてるのに把握してるお前もおかしいけどな。

Ａ　ハンター×ハンターで言う『円』みたいなもんだよな。

Ｂ　自分で言うな！

Ａ　三人くらい迫ってきたら逃げ場がなくなってヤバいの。ちょっとしたサバイバルゲームみたいな？　こう、うまいこと隙間縫うように――。

Ｂ　器用なストーカーだな！

Ａ　みんなに囲まれちゃって幸せな悩みってやつ？

Ｂ　ここはお前のためだけの世界か！

Ａ　高いところに逃げてもダメだからね。半径何メートルって平面じゃないよな？　3Dで言ってるんだよな？

Ｂ　知らねーよ！　3Dって言うな！

Ａ　でも、700系来ちゃったらスカイツリーのてっぺん登ってもアウトだから。上はなしだわ。

Ｂ　それ完全に新幹線！　今年デビューしたばっかりのN700S。SはsupremeのS。最高ってこと。顔がこーんな長いやつ。

Ａ　聞いてない聞いてない。そこまで聞いてない。

Ｂ　だいたい、ウケないから。今の時代にお前みたいなやつ。キモがられるだけ。

Ａ　コラ、そこ！

Ｂ　なに？

Ａ　ウケないとか言うな！

Ｂ　そこは気になるのかよ。今時ね、ストーカーとか聞いたらほとんどの人はドン引きするから。

Ａ　素人童貞だっていい勝負だろうが。

Ｂ　それを言うな！

Ａ　おまけに鉄オタだぞ。

Ｂ　鉄オタで誰にも迷惑かけてないだろうが。

Ａ　電車にかけてます。

Ｂ　電車に？

Ａ　電車たちが言ってるから。「ねぇトーマス。最近、陸橋のところでいつもカメラ構えてる人がいるんだけど」「本当かい、エミリー？」

Ｂ　機関車トーマスか！

Ａ　「こーんな望遠レンズつけて、私のスカートを狙ってるみたいなの」

Ｂ　排障装置。それ、排障装置。線路上に障害物があったときに車体下に巻き込まないように左右にはねのけるやつ。俗称スカート。正面の顔の下の部分についてるあれ。車でいうバンパーみたいなの。

Ａ　キモいくらい詳しいな。

Ｂ　ちなみに、蒸気機関車の頃はカウキャッチャーと呼ばれてました。なぜなら線路上に現れた牛などの大型動物をなるべく傷つけないようにすくいあげて左右にはね飛ばしたから。

Ａ　「いい年して、絶対頭おかしいわ」

Ｂ　撮り鉄で悪かったな！

Ａ　でも不公平じゃないですか？

Ｂ　なにが？

Ａ　おれにまとわりついてくるストーカーは全然規制されないんですよ？

Ｂ　いないでしょ、あなたにそんなことする人？

Ａ　いるいる。いつもライブのあととかどこからともなく現れるキモい女子。自分で焼いたパンとかくれんの。

Ｂ　ライブのあと？

Ａ　そう、出待ちって言うの？

Ｂ　それファンな！　ファンのこと悪く言うのやめて！

Ａ　でもメロンパンだよ？　

Ｂ　メロンパンの何が悪いんだよ。

Ａ　出待ちでメロンパンとか渡す、普通？　しかも毎回。

Ｂ　別にいいだろうが！

Ａ　おれらのライブの度に家で焼いてんのとか思うと、ちょっと怖いだろ。

Ｂ　そう思うんだったら、少しは人の振り見て我が振り直せ！

Ａ　ふりはするけどな。もらって嬉しいふり。

Ｂ　いい、いい。わざわざ言うな！

Ａ　おいしくもないし。一回お前にあげたら「まっず！」って言ってすぐゴミ箱に捨ててただろ。

Ｂ　あれかっ！　あれはひどい！

Ａ　な？

Ｂ　メロンパン、もういらんわ！

ＡとＢ　ありがとうございました！