蛇足・山岸このはの手紙
「そういえば、手紙が来たのですよ」
また、某日のこと。
沙也加はいつも通りのテンションで、僕にそう言い放った。
「だれから?」と問うと「山岸このはさんからです」と答えた。
僕はその名前を聞いた瞬間、心臓を流れる血流が増えたことを自覚した。
山岸このは。
円藤沙也加は彼女の家族から依頼を受けた。異能を用いるカルト団体から彼女を引き離すこと。それが彼女に課せられた仕事だった。
だが。僕は。
彼女とは何の縁もゆかりもない。何も無いけど、決定的な場所で彼女に理不尽な決定を押しつけた。
「正直に言えば、良いことは書いてません」
「……だろうね」
「私には責任がありますし、読まないわけにも行かないので読みました。でも、セキくんは違います。カルアネアデスの板、あるいはトロッコ問題……は大げさにしても、巻き込まれたようなものです。それに、読んだところでどう思うかは人それぞれですからね。直筆の手紙なんてものをわざわざ書いたのです。明らかにこちらを呪う意図を持って書かれたアイテムなわけで、つまり勝手な恨み言として処理することも出来ます。……だから」
だから、読んでも良いし、読まなくたっていい。
この件については僕に選択を委ねる。
沙也加はそう含みを持たせて僕に問いかけた。
僕はその手紙を……
円藤沙也加さん。干乃赤也さん。このたびは、お世話になりました。
少なくとも、両親は世話になったと認識しています。
……そして、私も、そう認識する他ありません。あなたたちは、望まれたことを望まれるまま、執り行っただけなんだと思います。
それに、周囲の状況を理解すると、やはり、そう思うほかありません。
私は、詐欺に騙されていた哀れな被害者で、大久瞑という偽物によって正気を失っていた。わたしは両親のお金を使い込み、無駄なアイテムを購入して、人生の時間とお金を無駄にした大馬鹿もの。そういうことなんですよね。
だけど、だとしても、納得がいきません。
あの日から喪失感しかありません。確かに持っていた繋がりとか、居場所とか、それは偽物の上に成り立つ嘘だったんでしょうし、それで迷惑をかけたりもしていたのでしょうけど、でも、あの瞬間の私には本当でした。
私は、頭がよくありません。両親には無駄なことばかりして、と怒られてきました。学校では浮いている気持ち悪い地味な女として扱われてきました。この世界に良いことなんかない、と思って生きてきました。
でも、少なくとも、あの世界と繋がっている間だけは、私には居場所がありました。生きている実感がありました。生きていく目標がありました。
あの日から、全部なくなりました。
これからの人生は全部無駄です。私の大切なものも、良いと思ったことも、全部。全部全部全部。何にも無いんです。残ってもいないし、思い出すことも出来ないんです。あの日々にあった充実だけが、心の中にポツンと残って、でもそれが良いと思えた心だけが消えてしまっているんです。
私が何をしたんですか。どうして私だけが取り上げられなくちゃいけないんですか。何の権利があって、そんなことをしたんですか。
世間とか、みんなとか、そういう誰かも分からない人の価値観に、どうして私が何かを奪われなければいけないんですか。どうして、そんなことを、頼まれたからというだけで出来るんですか。
あの日々には、私には、大事なものがありました。居場所がありました。
でもあなたたちは、私から大事なものを、削り取りました。
わたしの人生全部を無駄にしてくれました。 それだけは一生許さない
ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイサナイユルサナイユルサナイユルサナイユル
山岸このは
僕と彼女のオカルティズム 佐倉真理 @who-will-watch-the-watchmen
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