114 明日(最終話)
新藤が低く呟く。
「例のカルサ六のときにな」
「はい」
誰もが初めて目にした希少な兵器。新藤と檜垣が最終的に爆破処理したあの案件だ。
「檜垣に見捨てられた」
「えっ?」
一希は耳を疑ったが、新藤の表情はなぜか幸福そうにすら見える。
「お前がやるなら俺も付き合う、と、あいつなら言うと思った。そう言われちまえば、こっちだって巻き込むのはいやだから安全策を取るだろ」
「そうですね」
危険な選択肢を諦めさせるには、それが一番手っ取り早い。
「しかし、実際にはな」
新藤は懐かしむように目を細める。
「悔いのないようにしろ。そう言われたんだ」
一希は言葉を失った。
「責任者交代の署名をしてやるから、やりたきゃ一人でやれ、と」
――そんな冷たいことを?
いつもにこやかで優しい檜垣に似つかわしくない。
新藤が安全化に未練を残していたのは、映像で見ても一目瞭然だった。そんな様子の親しい同僚にかけたのがその言葉とは、確かに見捨てたとしか思えない。いくら相手の実力を信頼しているとはいっても……。
「まあ、あいつがそんなことを言うとは驚きだったが、それ以上に……俺は自分が迷ってることに驚いた」
一希はあの現場映像を思い出す。長い迷いだった。一体何分かかっただろう。眉をぎゅっと寄せたまま
「よくわからんが、迷いがある以上はやめだと決めた」
一希は改めて安堵に震える思いだった。新藤を突き放して選択を委ねた檜垣を恨みたくなる。
「爆破を終えて家に帰ってみたら……」
新藤の目がこちらを向いた。
「お前が泣いてた」
一希はあの日に引き戻されたような錯覚を覚え、思わず涙ぐむ。
「それを見て……ああ、これだったのか、と」
「え?」
不意に手を握られ、一希は息を呑んだ。
「俺の死ねない理由だ」
「あの晩、お前の夢を見た」
どんな夢ですか、と尋ねる前に思い出した。一希自身が先日見た夢を。
「夢といえば、私も……」
新藤から突然電話があった、あの夜のこと。
夢の中で二人は、当然のように暮らしをともにしていた。一希が台所に立ち、新藤は座敷にあぐらをかいてテレビを眺めながら、たわいない世間話をしている。修業時代に実際にあった光景のようでもあるが、どこか違っていた。これからやってくる明るくて穏やかな何かについて語り合っていた気がする。
同じものを新藤もきっと見たのだ。希望に満ちた未来のような何かを。夢の中で味わった空気が、今ここに流れたように感じられた。それが現実となるかどうかは、まだ誰にもわからない。
新藤は目を伏せ、眉間にしわを刻む。握り合った手に、もう一方の手が
今にも
最悪の事態を今は考えずにいたかった。一希は、内緒話のごとく
「見ちゃいました。とびっきりおいしいコロッケの夢」
新藤の頬にくぼみが生まれ、ぐっと深くなった。
「奇遇だな、俺もだ」
「退院したら食いに行くか」
「はい、ぜひ」
伸びすぎた髪に、こけた
代わりなどいない。この二年でそれを思い知った。自己の半分が失われたようで、寝ても覚めても言いようのない
重ねた手につい力がこもる。
この
ふと顔を上げた新藤の視線を追う。
西の空に、桃色に染まった雲。
[了]
爆弾拾いがついた嘘【改稿版】 生津直 @nao-namaz
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