第37話 クオールの街

 エスハイゼン領クオールは、周辺を山で囲われた場所に位置する。そのため、領民以外の出入りが少ない特別な地域になっている。領民の生活基盤は軍関係者が街で落とすお金が殆どとなる為、こうした行動が正当化されている。


 この日は昼からフィン隊がクオールの街の警備当番になっていてルーウェンたちは軍用車に乗り込み街に来ていた。


 隊員たちは到着すると自由に買い物に行き、飲み食いをしている。まるで修学旅行に来た生徒のようだ。しかし、学生と違うのは現在連れて来られている場所が酒場であるということだった。


 ルーウェンは注意をしようと考えたがフィン中尉も隊員もごく当たり前のように振る舞っているので、初めて着任したルーウェンが知らないだけでもしかしたら問題のない行動かもしれない。


「ルーウェン少尉は酒を飲めるのか?」


「まだ未成年なのですみません」


「そうだったな。失念してた」


 フィンは、タバコに火を点け息を吐き話し始めた。


「さっきから浮かない顔をしてるが、考えいることくらいわかる。こうやって任務中に酒場で酒を飲むのは軍規に違反してると思ってるだろ。でもな少尉、この街は軍人が金を落とすことで成り立っている。少尉がどう判断するかは知らんがそう言う事だ」


 もっともらしい話しを聞かされ「はい、わかりました」と言って良いのか疑問だった。しかし、ルーウェンはシェリの心配そうな顔を思い出しこの件は見て見ぬ振りをすることにした。


 ルーウェンは出されたコーヒーを一杯飲み酒場を後にした。折角ここまで来たので買い物でもしていこう。


「軍人さんだね。安くするから買っていっておくれ」


 恰幅の良い元気なおばさんが声を掛けてきた。どうやら屋台で串ものを売っているよう。美味しそうなので1本買うことにした。


「いつもありがとね。軍人さんたちのお陰で街も賑やかになったよ」


 悪い事ばかりじゃないようだ。嬉しそうに話すおばさんに裏などないと感じた。他の領民もルーウェンがすれ違うと挨拶をしてくれる。ルーウェンにも領民と軍人が普段から仲が良いと手に取るようにわかった。


 しばらく街をぶらつきルーウェンは酒場に戻る。


「戻ってきたか」


 フィンは手招きしてルーウェンを横に座らせた。


「ずいぶんとスッキリした顔で戻って来たな。しばらくは中隊に居るんだろ。ゆっくり考えても遅くない」


 戦争では善悪は立ち位置によって変わる。帝国での暮らしに慣れてしまってルーウェンは忘れかけていたが、そもそもこちらはルーウェンにとって悪とされる側だ。


 ゴアは元気にしてるかな。帝国の少尉になったと報告したらどんな顔をするだろうか。まとまった休みが出来たら一度ユーエンに行ってゴアに探そう。

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マルス王国物語 田中実 @tanaka363

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