ひとつ屋根の下

尾八原ジュージ

ひとつ屋根の下


 蒔田は、以前付き合っていた彼女に「呪いの人形」を押しつけられたことがある。

 なんでも百年近く前に作られた高価なビスクドールだそうだが、彼自身はそれを見ていない。新聞紙で包まれた上に、紐でぐるぐる巻きに縛られていたからだそうだ。

「今週末お寺に持ってくから、それまで持ってて!」

 真っ青な顔をした彼女は、蒔田にそれを渡すなり走り去ってしまった。こうして彼は呪いの人形と、単身用アパートの狭い一室で同居するはめになった。

(どんな展開だよ)

 などと思いつつ、蒔田はとりあえずそれをベッドの下の収納に突っ込んだ。当時から深くものを考えない男だったのだ。


 その夜、蒔田がベッドで眠っていると、突然ものすごい衝撃を受けて目が覚めた。下から背中を思い切り突き上げられたかのようだった。

 心当たりといえば、くだんの人形しかない。

(これじゃ眠れねーよ)

 蒔田は人形をベッドの下から取り出すと、クローゼットの中に放り込んだ。

 そしてもう一度眠った。


 翌朝、着替えようとクローゼットを開けた蒔田は悲鳴を上げた。

 昨夜放り込んでおいた人形の包みに触れていたシャツに、大きな黒いシミがついていたのだ。シャツを取り出してよく見たところ、どうやらカビらしいということがわかった。

 ベッド下もクローゼットもダメ。蒔田は人形をもて余した結果、バスルームの天井にある点検口から天井裏に放り込んだ。


 その夜、天井裏を走り回るようなドタドタという音が一晩中轟いた。さしもの鈍感な蒔田も、ほとんど眠ることができなかった。

 睡眠不足は辛い。困った蒔田は、今度は玄関の隅っこに人形を移動させた。ついでにお菓子を供えて「どうか大人しくしていてください」とお願いした。

 それが効を奏したのか、その夜は静かに過ごすことができた。彼は一日ぶりの安眠を貪った。


 その次の日は土曜日だった。

「じゃあ、彼女が人形を取りにきたんだ?」

 と尋ねると、蒔田は頭を掻いた。

「いやぁ、それが彼女、死んじゃってさ」

 彼のアパートに来る途中で、車に轢かれて亡くなったそうだ。

「だからまだぐるぐる巻きのまんま、うちの玄関にあるんだよね」

 蒔田はそう言ってため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひとつ屋根の下 尾八原ジュージ @zi-yon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説