エピローグ

『天体学概論第二巻』前文より抜粋。


「まずこの本の第一巻が書かれてからやや時間が空いてしまったことをお詫びせねばなるまい。筆者の身の回りでいささか妙な出来事が起こったせいで、ほんの三十年ばかり刊行が遅れてしまった。いまさら続きを書くのもどうかとは思ったのだが、ある読者は筆者に対し『おまえが書かないなら、仕事を辞めておれが書く』などと脅迫じみた感想を送ってきた。かれは政権のさる重要な立場にある人物なのだから、そうそうに仕事を辞めさせるわけにもいかない。加えてその読者はおそろしく冗談が下手な人物である。そのような事情で、筆者はやむを得ずこの本を書く運びとなった」


「さて。近頃、学会を賑わせているのは例の『魔法』というやつである。先日、各国元首の共同声明によって市井に知られることとなったこの奇妙な力。これをいかに解釈するかという点について、頭の硬い学者連中は苦しんでいるようだ」

「だが筆者に云わせればこれはさしたる問題でもない。旧来から理論的に推測できたものの存在が、やっと証明されただけと考えるべきだろう。無論、筆者のこれまでの論文成果は『魔法』の存在と無関係に成立するものであり、研究成果は魔法の有無にかかわらず揺らぎようのないものであることを、読者諸氏も了承していただきたい」

「本書の中では、最新の研究で明らかになった『魔法』理論とそこから導き出される認識理論、そしてさらにそれを発展させた『可変宇宙理論』というものを説明していく。これは従来の学説議論を超克し、学説相互の矛盾を止揚した完成形とも呼ぶべき理論体系だ」


「『魔法』についてはいくつかの発動条件があるとされているが、そのひとつに『夜にしか使えない』というものがある。これはどういうことなのだろう。筆者はこれに関してひとつの仮説を立てている」

「『魔法』は星々の力によって成立しているのではないだろうか。夜というのはすなわち星々が人間の眼に見える時間である。シューマ神話のようにこの星編の世界がひとつの大きな籠であり、星々がその籠の隙間から見える外の世界の灯だとするなら──その灯を知覚することによって、『魔法』の力が発動するのかもしれない」

「これはまだ仮説の域を出ない研究であるので、詳細については読者諸氏の想像に任せることとしたい。だが筆者としては、やはりこの説を強く推したい。シューマ神話のみならず、世界に散らばる信仰が、こうした事象とまったくもって無関係だとは考えにくいからだ」

「むしろ可変宇宙理論においては、ひとびとがどのように考えているのかということがそのまま宇宙の在り方に直結する。この『魔法』の仕組みについても、人間の世界認識それ自体が関わっているように思えてならない」


「本書ではそうした可変宇宙理論について解説している。元々、この本は専門家向けに数式で抽象概念のみで簡潔に説明したものになる予定だった。ちょうど筆者の最初の著作(『天体の運行』は近日中に復刻される予定である)のように。しかしながら執筆中に試読者のひとりから苛烈な苦言が入った。『こんなのわかりづらい』というのである」

「『ではどうしたら良いのか』と問えば、その試読者は筆者の文章に対して次から次へと質問を投げかけ始めた。その質問とそれに対する回答があまりにも長くなってしまったため、その押し問答だけで一冊の本が出来上がってしまったというわけである」

「したがって、学術書としてはいささか異例の処置ではあるが、本書は筆者とその試読者との対話という形式を取っている。結果的に天体に関して素人の読者にもわかりやすい内容になったであろうことは、筆者も満足している。こういう本が一冊くらいあっても良いかもしれない。多忙な学業生活の中でわざわざ付き合ってくれた試読者にはこの場を借りて感謝を述べておこう」


「さて、品書はこれくらいにしてさっそく本文に入ろう。題は『星編のかたち』。その名の通り、本書は宇宙──すなわち星編〈ほしあみ〉の在り方と人間の関係を巡る論考だ。読者諸氏が本書をきっかけに、星編のかたちへと思いを馳せてくれたなら幸いである」


          ──ティエンシャン帝国勅命学府天文学科名誉教授

            イストラリアン王国王立天文台特別顧問

              そして『良き試読者』ポーラの友人

                   テオン・アッシャービア




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星編のかたち よるきたる @gintonicbomber

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