最終話 それから
「材料、買ってきたぞ」
そう言って、藍の家へとやって来た優斗の持つ手さげ袋には、チョコをはじめお菓子作りに必要な諸々が入っていた。
もはやバレンタインには毎年恒例となっている、二人一緒のチョコ作りだ。
と言っても、一度だけ例外があった。藍が、忙しいからと言って断り、その上でサプライズとして送ったのが、本命だと、ずっと隠していた自分の気持ちを告げたのが、去年の話だ。
「今年はどうしようかと思ったけど、前と同じに戻っちゃったね」
今年も、一人で作って渡そうかとも思ったが、二人で話した結果、一昨年までと同じように、一緒に作ることになった。二回目ともなるとサプライズ効果なんてないし、なんだかんだで、二人とも一緒に作るのが、一番楽しかったのだ。
だけど、全てが前と同じわけじゃない。一昨年までとは、確実に変わったことがある。
「いいじゃないか。一緒に本命チョコを作るって同時に渡すってのも、おもしろいだろ」
「うん──そうだね」
本命。優斗がサラリと言ったその言葉にドキリとする。彼の口からこんな言葉が出てくるなんて、一年前の藍が聞いたら、夢のように思うだろう。
ずっと妹のように可愛がってくれた、お兄ちゃんみたいな人。今年は、そんな優斗と初めて迎える、恋人としてのバレンタインだ。
とはいえ、去年の告白からここに至るまで、何もかもトントン拍子進んだかというとそうじゃない。
「なあ、藍。藍は本当に、俺でいいのか?」
チョコを刻みながら、優斗はふと、そんなことを言ってきた。
「どういうこと?」
「だって、その……前にも言っただろ。俺は、藍が大人になるまで、何もするつもりはないって。立場とかもあるけど、何よりそれが、ずっと藍の兄貴分だったやつとしてのケジメだと思うから」
それは、優斗が藍の気持ちを受け入れる時に、何度も言われた言葉だった。多分藍の知らないところで、優斗は何度も葛藤し、その末に出した結論なのだろう。
「けど、そのせいで藍には寂しい思いをさせるかもしれない。もしそれが耐えきれないと思ったなら、いつでも──」
「待って」
沈んだ表情で、寂しそうに話す優斗。だけどさらに言葉を続けようとしたところで、藍がそれを止めた。
「バレンタインの準備をしている最中に、そんなことを言う? それに、何度も言ったでしょ。ユウ君こそどうなの。私じゃなくて、もっと大人で美人の人がいいって思わない?」
今度は逆に、藍が優斗に対して問う。だけど彼女の場合、その表情に少しも憂いの色はなかった。優斗が何と答えても、見事返してやろう。まるで、そんな自信すら見えるようだ。
「それは、考えたこともなかったな」
「でしょ。わたしも同じ」
ずっとずっと前から優斗を想い続けていた藍にとって、歳の差や立場の違いなんて何度も考えたことだ。そんなのを全て飲み込んだ上で、優斗を好きになったんだ。今さらそんなことを言われたところで、この気持ちは少しも揺らぐことなんてない。
「それより、早くチョコ作ろうよ。何もしないって言っても、本命チョコは作ってくれるんでしょ」
そう言って藍はクスリと笑う。するとそれにつられて、優斗もまた同じように笑った。
「そうだな。作ろうか、本命チョコ」
そうして二人は、再びチョコ作りへと取りかかる。
幼い頃から始まった、バレンタインのチョコ作り。それに込める意味が変わっても、二人にとって大切な日であるのは、今も、そしてこれからも変わらないだろう。
そんな中、優斗はチラリと藍の姿を眺めながら、心の中でこう呟いていた。
(困ったな。大人なるまで待つって言ったし、実際そのつもりだけど、もうとっくに、子供になんて見えないや)
完
手作りチョコをあなたに 無月兄 @tukuyomimutuki
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