第20話 修羅場の報酬


 脳みそを直接シェイクされているかのような不快感と眩暈によって引き起こされる吐き気を必死にこらえて横になる。オーガの集落での戦闘の後、近くに小さな水場を見つけたので今日はそこで野営をすることにした。


 いや、せざるを得なかったというべきかもしれない。事前の計画どおりに行動するのなら今日中に25層のヌシ討伐を済ませておきたかったというのが本音だ。しかし先程の戦闘での無理が祟り、強烈な副作用によって動くこともままならない状態になってしまっていた。


 なんとか重い身体を引きずって最低限の野営の準備と結界鐘楼バリアベルによる隠ぺい工作を終わらせて苦痛を逸らすように思考を巡らせる。


(やっぱ、ちょっと無理が過ぎたか...いや、でも総合的にトータルで見たらプラスのはず。オーガの魔石を大量に稼げたから明日以降は階層更新に集中しても問題ないはずだし、貴重な遺物が何個も手に入ったんだ。成果としては上々どころかお釣りがくるぐらいだろ)


 横になったまま気を紛らわせようとマジックポーチから機械仕掛けのレンズを取り出して眺める。手の中で弄りながら眺めていると光の反射によってレンズの中に透明な模様が刻まれているのに気づいた。


(この眼みたいなマーク、どこかで見た覚えがあるな...あぁ、受付で豊島さん達が使ってる鑑定用の遺物のマークと一緒なのか)


 姿かたちが異なる同名の遺物については前々から把握している。つまり、このレンズは観測系の遺物という事だろう。同じマークが刻印されているのだから鑑定することができる遺物かもしれない。


 試しにと思い、左目の辺りにレンズを持ってくる。すると、遺物は左目の視界に重なるように固定されて手を離しても宙に浮くようになった。取ろうと思えば外すことも出来る。思わぬ便利機能に驚いたけど、ひとまずは放置してマジックポーチから矢燕ストレラチカの魔石を取り出して観察してみることに。

 レンズ越しの左目が魔石を認識した途端、脳内に直接鑑定結果が浮かんできた。


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矢燕ストレラチカの魔石

 鳥類種モンスター矢燕ストレラチカの魔石。

 魔力純度:12.3% 属性:無 推定等級:9

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「やっぱり鑑定系の遺物だったんだな...これ売らずに手元に置いておいた方が便利だよな、絶対」


 脳内に直接情報が転写される感覚に違和感を感じながらも読み取れた情報について考える。特に複雑な部分は無いけど気になるのは魔力純度・属性・推定等級の3つの要素についてか。属性はそのままモンスターが持つ属性を指すとみていいだろう。


 等級も久しぶりに見た言葉だけど、意味は知ってる。魔石の買取時の値段を決めるための要素だ。浅層のモンスターはほとんどが10等級最低ランクだったと記憶しているから、それよりも高い価値があるということだろう。


 ただ、魔力純度というものについては聞き覚えがない。というか、魔力自体がまだ未解明の未知の力だったはず。かろうじて魔法や属性に関連したものであるって分かっているぐらい、先生はそう言っていたはずだ。


「明確に情報として出てきたのは初めてじゃないか?」


 魔力の純度...シンプルに考えるなら純度の高さは価値の高さに比例しているように思う。矢燕の魔石は大きさの割に9等級だし...あながち間違ってないのでは?


 矢燕の魔石をポーチに戻して、今度はオーガの魔石を2つ取り出して鑑定してみた。結果は次の通り。


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人喰い鬼オーガの魔石

 幻想種モンスター人喰い鬼オーガの魔石。

 魔力純度:15.4% 属性:無 推定等級:9

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人喰い鬼オーガの魔石

 幻想種モンスター人喰い鬼オーガの魔石。

 魔力純度:15.2% 属性:無 推定等級:9

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 同じモンスターでも個体によって魔力純度に僅かな差があることが分かった。とはいえ、等級に差異が出るほどのものではなさそうなのは少し残念だな。


「それじゃあ本命の鑑定いくか」


 呟きながらポーチからさらに取り出したのは、宝箱で今使っている鑑定遺物と一緒に入手した鉄の延べ棒だ。三つあって、それぞれ色味が異なっている。一つは艶のある墨色、一つは光沢の全くない赤錆色そして最後の一つは透き通るような若紫わかむらさきの色をしていた。


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堅地之とのみ

 武器に対して研ぎの動作を行うことで堅固な性質を持たせる砥石。

 実際に研いでいるわけではないので切れ味が戻るわけではない。

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烈火之とのみ

 武器に対して研ぎの動作を行うことで武器に炎の属性を付与する砥石。

 実際に研いでいるわけではないので切れ味が戻るわけではない。

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夢幻之とのみ

 武器に対して研ぎの動作を行うことで攻撃の際に敵を眠りへと誘う砥石。

 実際に研いでいるわけではないので切れ味が戻るわけではない。

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「鉄の延べ棒じゃなくて砥石だったのか...いや、正確には砥石ではないのか?鑑定結果から考えるに実際に研いでるわけじゃないんだよな...まぁいいか、これも売らずに自分で使った方が良さそうだ」


 どれぐらいの効力を持つのかも調べておく必要がありそうだ。堅地の砥石は効果が分かりにくそうだけど、あとの二つは効果の検証をどこかのタイミングでしておきたい。


「あー...あとはこれも一応遺物だったか」


 砥石を仕舞って今度は長オーガが使っていた杖を取り出す。モンスターの骨で構成された杖は汚れ一つない純白のはずなのにどこか昏さを感じさせる。視界に入れたことでこの杖の情報を読み取った。


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怪骨の杖スタッフオブボーンスター

 モンスターの骨をいくつも組み合わせて形作られた杖。

 死が纏わり憑き負のネガティブな属性の魔術の効力を高める。

 ただし、使用者は幻想種の死に生きる者アンデッドモンスターたちから執着される。

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「...?獲物が向こうからやってくるってことはメリットか?いや、いやいや流石にダンジョンに毒され過ぎだな。普通にデメリットだろ...しかも前提条件に特定の種類の魔法があるし、売りに出してもいいか?...いや、もしかしたら先生が高値で買い取ってくれる可能性もあるか?一旦保留だな」


 どちらにしても自分には無用の長物のように感じる。ここらで鑑定作業には一度区切りをつけるべきだろう。本格的に疲労で意識を保つのが辛くなってきた。見つかりにくそうな大樹の根元を背にして可能な限りモンスターに見つかりにくいように身を隠す。


 本当は襲撃の可能性が皆無な安全圏セーフポイントか階層間をつなぐ階段付近での野営が望ましい...が、今言っても詮無い事だな。襲われないことを祈って目を閉じる。鈍く重い身体のおかげか意識が薄れるのにそう時間はかからなかった。



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「...くぁ」


 疲労の抜けきらない目覚めは最悪の一言に尽きるものだった。カチリとマスクのねじを捻って迷宮酔いの発症を促す。酔いがある程度回るのを待つ間に探索証を開いて時間を確認する。


「...21時か」


 眠りにつく前と変わらない周囲の景色に時間の感覚が狂いつつある。ダンジョン内では基本的に時間の経過が曖昧だ。その理由の最たるものは昼夜の概念が希薄だから。一定の空模様が続き、ごく稀に夜が訪れる階層があっても地上とはズレたタイミングであったり...探索者こちらの体内時計を狂わせるような環境になっている。


 例えば以前に緋色の皆と野営をした時は夜にはならなかったし、それよりも以前に探索者試験で潜った新宿ダンジョンの5層には夜の概念があった。ダンジョンによっても階層によっても時間の流れが違う。めんどくさいことこの上ない。


 寝る前に食事をとっていなかったのを腹の虫を聞いて思い出し、サクッと食事の準備に取り掛かる。取り出したのは初日に討伐したグルートンの肉とパンの残り、そしてオーガの集落で回収した樹鹿ダブロークの角に実る果実だ。


 スキレット小型フライパンでしっかり火を通したグルートンの肉に齧り付き、パンを頬張って口内の油を拭う。このサイクルお腹が膨れるまで何度か繰り返したらデザート代わりに疲労回復効果のあるダブロークの果実を一つ。


 小ぶりな林檎サイズのそれは熟した桃のように柔らかく瑞々しい。かなり酸味が強いが甘みもしっかりと同居していて食べられないというほどではなかった。疲労回復効果にどれぐらい期待していいのか分からなかったので、とりあえず3個食べて様子を見ることにした。


(もうこの辺りの階層は迷宮酔いなしじゃ逃げるのも厳しい場所だ。とにかく索敵を怠らないようにしつつ、酔いがある程度悪化するまでは戦闘は避ける方針で行くしかない)


 擬態している樹精霊トレントや罠を張っている罠鰐チェンタゥユーなど、奇襲を得意とするモンスターへの警戒を強めながら結界鐘楼バリアベルを解除して25層へと向かった。



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 道中は虫類種モンスターの戦闘が数回あったけど、それ以外は比較的平和だった。獣類種や鳥類種、幻想種のモンスターを見かけなかったのは偶然なのか、それとも環境的に夜が来ないだけでもしかしたら生活リズムみたいなものがモンスターにもあってちょうど多くのモンスターが寝ているタイミングだったりしたのだろうか...?


(だとしたら虫類種だけが活動しているのも納得...できるか?虫も休んだり眠ったりする、よな...?いや、今考える事じゃないか)


 気持ちを切り替えて25層へと続く階段に歩を進める。暗い階段を抜けた先はこれまでと同じ樹海エリア、のはずだが――


(なんか...樹が多い?それに今までの階層に比べて樹の大きさがマチマチというか...そのおかげか日の光を遮断しきれてないからこれまでよりも明るく感じる)


 これまでとは違う環境の変化に違和感を感じて周囲をよく観察してみる。


(!...今、樹が動いたな。ということは...)


 マジックポーチから鑑定遺物レンズを取り出して装着してみると、違和感の正体が明らかになった。


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幼樹霊ツリーフォルク

 樹精霊トレントの幼体。擬態に優れている。

 外見上での擬態の判断は困難だが、知能が低く頻繁に動いてしまうため判別は容易。

 自在に動く枝や蔓を使って獲物を捕らえ自らの養分とする。

 属性:木・樹 危険度:D⁺

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「ツリーフォルクってトレントの幼体だったんだな」


事前の情報収集では知り得なかった情報だ。そのまま成体のトレントがいないか確認するため周囲を観察したが、鑑定できる範囲にはトレントは存在しないことが分かった。


(24層との階段付近に生息しているのはそれだけ25層でのツリーフォルクやトレントの生息域が広いと考えるべきか?それともこの階層では擬態に特に注意しろっていう忠告とか?いや、前者はともかく後者は考え過ぎだな。いったい誰がそんなことしてるのかって話だし)


「とりあえず、試し斬りには持って来いかもな」


 ポーチから先程鑑定した砥石のうち烈火之とのみを取り出す。


「研ぎの動作って...こう、刃の上を滑らす感じでいい、のか?」


 正しい研ぎの動作が分からず適当に鉈の刃を水平にして直接触れないように刃の上を滑らせてみると、鉈全体にほんのりと赤みが差し心なし温度が上昇したように感じる。


「...こんなもんか?烈火っていうぐらいだからもっと豪勢に火が燃えるのかと思ってたけど...あぁ、もしかして研ぎの回数によって付与の効力が上がるとか...」


 仮説の検証をするために何度か研いでみると――当たりだ。3度目に刃に火を纏い、5度目には烈火と形容できるほどにその火は苛烈になった。普通なら熱くて持っていられなさそうな程に燃え盛っているけど、柄を掴んでいる右手に感じる温度は暖かいぐらいで武器の持ち主が火傷するようなことはなさそうだ。


「安直だけど...樹には火が効くだろ」


 近場で突然現れた火に対してツリーフォルク達は明らかに狼狽えているようで枝や蔓を鞭のようにしならせてこちらを遠ざけようとしていた。


 一歩ずつしなる枝蔓のバリケードに近づいていく。


 一歩、一歩...


トスッ


ビュンッ!!


 踏み込んだ瞬間にこちらに振るわれる鞭に対して迎えいれるように鉈を置いた。


バツンッ!ヒュンヒュンヒュンヒュン... 


 慣性に引っ張られて飛んでいく鞭の先端の行方を気にする間もなく次が来る。


ビュンッ!!バツンッ!ヒュンヒュンヒュンヒュン...


 次


ビュンッ!!バツンッ!


 次


ビュンッ!!バツンッ!次。ビュンッ!!バツンッ!次。ビュンッ!!バツンッ!次。ビュンッ!!バツンッ!次。ビュンッ!!バツンッ!次。ビュンッ!!バツンッ!次。ビュンッ!!バツンッ!次。ビュンッ!!バツンッ!――――――


 繰り返される高速のやり取りはツリーフォルクが丸太のような姿になるまで続いた。鑑定情報にあった通り知能が低いのか、試行錯誤をしたり別の攻撃手段を試したりすることも無い。鞭のような枝蔓の速度に慣れてしまえば、時間はかかるけれど討伐は簡単だな。


 そう判断して攻撃手段を亡くしたツリーフォルクの頑健な幹に火力が少し落ちた鉈を振るって燃やし斬る。残りの階段付近にいるツリーフォルクも同じように烈火之とのみによって火を付与した鉈と斧でバッサリと切り倒した。


 少し拍子抜けするぐらい単調な戦闘だったけど...いや、戦闘狂バトルジャンキーじゃあるまいしどこ気にしてるんだか...


「鑑定遺物は付けたままにしといた方が良いな。トラップや擬態してるモンスターにも有効なのは便利すぎる」


 入念に索敵をしながらこの階層のヌシを探すために歩き出した。



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あとがき

来週末の更新はないかもです。本作の推敲や他作品の準備をしたいので。

申し訳ない( °Д °;)

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狼は迷宮に酔う~現代ダンジョンで一攫千金を狙います~ 矛盾ピエロ @hokotatepiero

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