第19話 人vs虎vs狼on鬼
体の奥まで響くような強者の咆哮
濃密な血と死の匂い
足元で絨毯みたいに広がってる
酷くなる酔いを押し殺すように軋むぐらいに武器を握り込む。死の絨毯の上で動く三つの影が衝突する。
GAAaa!!
GRuAaa!!
「チッ!」
こちらに対して振るわれる二つの爪を両の武器でいなす。一瞬だけ無防備になる空中姿勢の二頭。一段と深く
(浅い...!いや、傷にもなってないか!)
どうやら厚い毛皮に阻まれてダメージ未満で抑えられたらしい。全力とは言いづらい体勢からの攻撃、とはいえ無傷というのは引っ掛かる。なにかあるとしたら...
「魔法か」
モンスターが扱う魔法の属性は外皮に“色”として出る。その観点から着地し、こちらを疎ましげに見る二体の外皮は
いつかの指名依頼の時、
(たしか...白系統の色が表すのは氷属性と光属性、だったか。そんで灰色は...無属性)
では、今の硬さ...まとめやすく『防御力』とでもしよう。その防御力に関連してそうな孤狼の属性は――
「光属性か」
(孤狼は光属性、欲虎は無属性、と仮定するとあの防御力は純粋に身体強化の類にあたる魔法ってことになる。だとすれば、攻撃力や機動力にも魔法が
そもそもの話だが、魔法というのは定義が難しい代物である。魔力というエネルギーを用いて実体を生み出す、あるいは事象を引き起こす。どのような形なのか、どのような性質なのか、大きさは?速度は?何に作用する?何に干渉する?
明確な定義が非常に難しいもの――それが魔法。現在定義されている魔法の属性は全て魔石や素材の鑑定で使われている遺物
それですら、詳細を完全に把握しきれるものではない。遺物の等級が低いからか、使い手の練度が足りないからかは分からないが魔法に関しては現時点で世界は発展途上にある。そんな中で定められた属性と色の相関関係、当然完全に信用しきれるものではない。それでも、推測の足掛かりぐらいにはなる。
そこから推測できた光属性と無属性という二つの属性について与えられた知識を掘り起こす。
光属性とは、文字通り光に関する魔法の属性を指す。しかし、ただ光ったりするだけでは終わらない。この属性が持つ解釈は広く、“光”という概念が持つイメージを再現することができる。
具体例を挙げるなら、光⇒明るい⇒清浄⇒癒しという連想ゲームのような広すぎる解釈ができてしまうのだ。その他にも光⇒神聖⇒加護⇒強化みたいなこじつけと言っても過言ではない拡大解釈もできる。
こんな突拍子もない解釈ができてしまうことに対する説として「我々現代社会に生きる人類がそういったイメージを持っているからではないか」という説があるらしいと先生から教えてもらった。
要はゲームなどの創作でこの手のイメージを広げ過ぎたのではないか、という事だ。光属性や聖属性、白魔法や治癒魔法などが持つイメージは大雑把な分類として一致している。傷を癒したり、病を治したり、生者に力を与え、死者に滅びを賜る。大衆が、世界がイメージする魔法のジャンル。それを表現したのが属性という概念。
冗長になってしまったが、そういう説もあるというだけの話。今気にするべきはそれらの話から推測できる敵の手札についてだ。獣類種という種族と光属性や無属性という属性が持つイメージから自分に思いつく限りでは二頭の手札は身体強化魔法の類だと考えられる。
筋力の増強、肉体の硬化、痛覚の鈍化、瞬発力の発達
「さて、どうするか...」
攻めあぐねているこちらと違って二頭の方はやる気満々のようで観察しているこちらを放って
が、直前で感知され避けられた。そしてさらにその隙を突こうと孤狼へ牙を向ける欲虎、へとさらにその喉笛を鉈で潰そうと突き出す、がこれも空振り。そして振るわれる豪爪を後ろに下がって避ける。
GOAAaa...!
GRUU...!
「フゥ...」
状況は完全に拮抗していた。お互いに手痛いダメージを与えられるがゆえに一つに的を絞り切れない。漁夫の利を狙わせないように防御を緩められない。張りつめた糸のような緊張はほんの少し、あとほんの僅かな歪みで崩れそうなところまで来ていた。
#####
徐々に激化していく戦闘の最中、鋭敏化していく感覚が拾っていく情報量の多さに次第に振り回されそうになっていた。
香る血の匂いから鮮やかさが落ちるのが分かった。足元で死に損なったオーガがゆっくり息絶えていく息遣いを聞いた。視界を占める二頭の獣の微細な筋肉の躍動に目を奪われる。低い唸り声が空気の波となって全身を叩く。
目の前の戦闘において必要のない情報の処理にまごついてしまう。
(おかしいな...たしかに迷宮酔いは酷くなってるけど、20層で変異種オーガと戦った時よりはマシのはずだ。なのに、あの時よりも強化された五感に振り回されてる感じがする...)
喉を食い破らんと迫る欲虎の顎を冷静にかわす。横合いからカウンターを喰らわせようとした瞬間を狙いすましたかのように振るわれる孤狼の爪を受け止めて慣性に逆らわないようにその勢いを利用して距離を取る。
(情報量が処理速度を上回りつつあるから、なんだろうけど...じゃあ、あの時はどうやって対処してた...?)
回避を取れないようにと欲虎へとタックルで突っ込んでいる孤狼に対して死角を探りながら距離を詰める。が、こちらを牽制するかのように睨む欲虎の視線を受けて攻撃に移らずにその場に留まった。
(あの時は...重症で、思考も割とぼんやりしてたはず。感じたままをそのままアウトプットしてるみたいな、本能的な動きというか、脊髄反射みたいな思考で...そうか!)
あの時は目の前のオーガとの戦闘だけに意識が集中していた。周りを、それこそ仲間のスカーレット・シーカーの皆さえ意識の外に置いてしまうほど、集中していた。
(つまり、今の自分は戦闘に集中しきれていないってこと。まぁ、それは仕方ない。一対一で正々堂々戦ってるわけじゃないし、目の前の二頭以外のモンスターが乱入してくる可能性も全然あるわけだし)
それなら、どうするか。答えは簡単、一々手動で情報を処理するから間に合わなくなる。だったら
(出来るはずだ...信じて身を任せる。これまで培ってきた経験に、ここまで困難を乗り越えてきた自分に、湧き上がる本能に全部委ねろ)
全身から無駄な力が抜けていくのが分かる。知覚が高まる。狭く、深く、目の前の二頭に獲物に照準を合わせるかのように。
漂白された思考に本能が告げる。
目の前の生を狩りつくせと
衝動のままに――――――野性を纏い、合理を捨てろ
#####
野生の勘、というべきものか。目の前に立つニンゲンの雰囲気がガラリと変わったのを二頭の強者は確かに感じ取った。これまでのただこちらを阻むだけの障害から己を死に誘う狩人へと変貌したのだと。
視界の中央でゆらゆらと惑うようにゆっくりとこちらに歩を進めるニンゲンがそれまでよりも一段深く地面に沈んだ――――次の瞬間には目の間で武器を振りかぶっていた。
!?
$$$$$
緩急をつけた動きで驚愕を誘う
回避されないと悟ると同時に豪快な斧による一撃を繰り出す
ヒット
追撃――中止。反転して突っ込んでくる孤狼にカウンターを合わせる
欲虎がまだ怯んでるのを確認する
大きく開けられた口に合わせるように右手を振るう――途中で軌道を修正。首に
戦線に復帰した欲虎が怒りに吠えると同時に、靄のように身体に魔力が纏わりついたのを視た
魔力が集中しているのは左前脚。回避は――不可
咄嗟に孤狼の下あごを掴んで渾身の力で引き寄せる
そのまま攻撃の軌道上に壁となるように置いて自らも防御姿勢をとる
ガッ!!という鈍い音共に吹っ飛ぶ
負傷軽微。追撃なし...どうやら孤狼との戦闘の方に意識が向いたようだ
孤狼の方も身体に魔力を纏いだした。意識の有無はともかくとしてこれで動きの読みやすさはさらに上がった
「仲間外れかよ」
暴れ狂う二頭へと矢のように突貫する。四方八方から襲い来る致死の一撃を躱す。躱す、躱す、躱す、躱す、躱す、躱す、躱す、躱す、躱す、躱す、躱す、躱す、躱す、躱す、躱す、躱す、躱す。そして――
「まずはお前」
GUAAAaAAAAAaaaaAAA!!!!
当然、暴れ狂う欲虎はそこかしこに乱立する巨木へと振り落とすように身体を押し付け、押しつぶす。
「クッ...ソ!さっさと、死ね!」
打ち付けられた衝撃で緩みそうになる拘束を何とか維持して、全身の力を使って首を折った。
ゴキンッ!
「はぁ...はぁ...」
GaaAAAaa!!!!
乱れた息を整えようとするも、それを待ってくれるほど孤狼は甘くない。好機とばかりに飛び掛かってきた孤狼に動揺――するわけもなく
「知ってるっつーの」
鉈を放り出してハンマーに持ち帰る。その場で一回転することによって遠心力を味方につけ、真正面から脳天をカチ割るようにカウンターを決めた。
ガツッ!!
頭蓋を砕く音と柔らかいものが潰れる感触を最後に壮絶な戦闘は終わりを告げた。
#####
酔いの巡りを少しでも早めるために外していたマスクを戻す。ただ、今副作用を受けたら周囲の警戒もままならないのは分かっているので調節ねじを捻って症状の悪化を最低限に抑えておく。それにしても...
「虚脱感というか、やりきった感が凄いな...」
これでまだ今日中にヌシ戦が控えていると思うとさらに体が重くなりそうだ。とりあえずはダンジョンの分解作用が働く前にモンスターたちの魔石の回収を急ぐ。既に何体か分解が始まっているようだし、ここまで苦労したんだから相応の稼ぎがないと流石にキツイ。
「まずは、孤狼と欲虎、次に
結果的に回収が間に合った魔石は孤狼と欲虎と長オーガの魔石が1個ずつ。通常個体のオーガの魔石は23個回収することができた。取り切れなかった魔石も含めると大体30前後のオーガがいたと考えられる。
続いてモンスターの素材を回収するわけだが...正直、解体がめんどくさい。早く休憩したいし、ここは副作用の悪化を覚悟で凍結魔法で腐敗防止だけ徹底して先生から貰ったマジックポーチに収納しておこうと思う。
ちなみに、マジックポーチは“ポーチ”なのでその大さ自体は腰に下げても邪魔にならない程度のものだ。じゃあどうやって物を収納するかというと、ポーチに施されている魔法陣のような装飾に入れたいものをかざすことで収納しているらしい。
この辺りの仕組みについてはまだ研究中だと先生からの手紙にも書いてあったので、詳細は分からない。
閑話休題
全身余すところなく凍結して収納すると、混沌としていた周囲は
まずは、
二つ目は、長オーガが使っていた趣味の悪い杖だ。いろんなモンスターの骨を継ぎ接ぎして作られたもので分解される前に回収することができた。見た目の趣味は悪いが、性能は馬鹿に出来ないかもしれない。
それというのも、回収しようと杖を手に取った瞬間に長オーガの背丈ほどもあった杖が自分の身長に合わせるかのようにサイズダウンしたのだ。ちょうど、自分の背丈ほどに縮んだということは持ち主に合わせてサイズの拡縮ができる装備だと推測できる。
一種の遺物だな。その他の性能は鑑定してもらわないと分からないけど、相応の価値がありそうで思わず口元が緩んでしまう。
そして最後、三つ目の報酬は宝箱だ。素材の回収の時にいつの間にか近くに鎮座していた。迷宮酔いの影響で知覚能力が上がっていてもいつ出現したのかは分からなかったが、まぁそれはいったん置いておくとして...
「御開帳だな」
前回宝箱を見つけたときは5層のヌシ個体の討伐時だった。その時は、6層へと進むための鍵と
今回はヌシの討伐ではないので鍵が報酬になっている可能性はない。それだけで期待は高まる一方だ。意を決して宝箱を開ける。中から出てきたのは――――
――――機械仕掛けのレンズのようなものと三つの鉄の延べ棒のようなものだった。
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