第18話 樹海階層②


GAAOOooo!!!


AOOOoooo!!!


 聞いた者すべてを萎縮させる猛々しい咆哮と聞いた者すべてを畏怖させる威厳に満ちた遠吠えが辺り一帯に響き渡る。対峙しているだけで後ずさりしてしまいそうになる程の圧。絶対的捕食者として君臨しているが故の傲慢。二対の目が自分に向いている。


 平静を保とうと触れたマスク越しに自分の口角が上がっているのが分かった。



#####



~約1時間前~


 昼食を済ませて探索を再開した自分は24層で樹鹿ダブロークを探しつつ25層を目指して歩を進めていた。樹海階層の多種多様なモンスターの中で特に樹鹿ダブロークを重点的に探しているのは、その角を加工することで治癒の薬液ポーションの代わりになるからだ。


 ダンジョンでの遺物の発見率は正直かなり渋い。これが浅層ゆえの事情なのか、そうでないのかは知らないが...今潜れる階層程度では遺物なんて滅多にお目にかかれないという事実に変わりはない。現に暫く宝箱を見ていないからな。


 そういう事情もあって、傷を即座に回復できるポーションは貴重品だ。現に自分は5層で宝箱から見つけたポーション一瓶以外は見たことがない。


 そしてそのポーションは孤狼アインズヴォルフとの戦闘の後にあっさり使ってしまっていた。そのせいで以降は怪我をしないように一段と気を遣うことになってしまった。


 まさか、ここまで宝箱の出現率や遺物の発見率が渋いなんて...と使ったことを若干後悔していたくらいだ。


 だからこそ、情報収集の際にダブロークの角に実った花や果実、葉の効能を見たときは思わず乱獲を決意したくらいだった。花の病気や毒への薬効、果実の疲労回復効果、葉を磨り潰して作る外傷への軟膏。ポーション不足の探索者にとってこれほど都合のいいモンスターも珍しい。


 なんなら肉にも疲労回復効果があるんじゃないかと推測している。食料系モンスター以外の肉の試食のために昼ごはんで食べた後からやけに調子がいいし、それまでの疲労が軽減されているような気がする。


 角に実った果実程の効果はないと思うけど、それでもその効能はあるとないとじゃ雲泥の差だ...まぁ、確証はないが。もう一度、食べて本当に疲労回復効果があるのかを確認するためにもぜひ討伐したい。


 とそんなことを考えながら索敵していると、強化された聴覚が複数のオーガの唸り声?を、鋭敏化した嗅覚が血生臭い死臭をそれぞれ補足した。それだけならこのぐらいの階層では間々あることだから気に留めるほどでもないが、違和感を覚えたのはそれらの数。


 唸り声?は2つや3つどころではなく数の判別ができないほどに、死臭もその濃密さから1つや2つ程度ではない多くの死骸が存在していることを想起させるほどだった。


(大規模な群れ...?他のモンスターと戦闘中か?いや、それにしてはオーガ以外の声が聞こえない)


 流石に気になったので、そっちの方へと進路を変更し罠鰐チェンタゥユーや擬態中の樹精霊トレントに警戒しながら進んでいくと――


「マジか...」


 ――そこにはオーガの集落があった。



#####



 乱雑に切り分けられた巨木と獣類種モンスターの毛皮を使って簡易的かつ大雑把に造られたテントのような建築物。中央で煌々と周囲に光を放っているキャンプファイヤーのように大きく組まれた焚き火。周囲の樹々に巻きつけられるようにして張り巡らされた糸のような囲い。


 そして囲いの中で肉を喰らったり、小さな諍いを起こしたりしながらも原始文明的な生活をしているオーガ達。


(オーガってこのレベルで徒党を組む知能があるのか...!ゴブリンやオークなんかの比じゃないな...いや、でも収集した情報の中には無かったぞ?オーガの集落に関する情報なんて)


 既に同化を開始している迷彩蜥蜴の外套に身を包みながら絶対に見つかってはいけないと、外套のフードを引っ張ってより目深に被る。より詳細な情報を得るために木の上に登ったけど今回は裏目に出た。


 さっさと隠密で距離を取るべきだったのに、これじゃあ木を降りて退くにしろ、樹々を飛び移って移動するにしろ、音でこっちの存在に気づかれる可能性が高い。


(...しょうがない。多分気づかれるだろうけど樹を飛び移るより走った方が速い。まずはここを...!あれは...)


 撤退を始めようと動き出す直前、それが目に入ったのは単なる偶然だった。集落内でもひと際大きなテント、そこから出てきたのはもちろんオーガだった。しかし、ただのオーガじゃなかった。


 その体躯は意外にも細かった。傍に付き従うオーガ達の方が遥かにゴツく、厚い。


 その双眸は長たるに足る威厳をしっかりと備えていた。怜悧な目つきには十分な知性さえ伴っている。


 その細腕には異様としか表現のしようがない白い杖が握られていた。身の丈を越える程の長さの杖、スタッフというやつだろう。


 あれは――――骨だ。端から端まですべてがモンスターの骨で構成された悍ましいスタッフをそいつは握っていた。


 その姿を目にして自分の中で逃走の決意が揺らいだのを確かに感じた。せめてボスだけでも奇襲で討伐できるのではないかと。肉体面が強化されたタイプの亜種じゃない。見るからに知能面に突出したタイプ。あれなら討伐できる。


 完全に魔が差している、自覚できているのに抗いがたい誘惑となってこの場から離れるのを躊躇させてくる。


(落ち着け...落ち着け...!冷静になれ...!アレだけ倒してすぐ逃げれるわけじゃない。魔石を回収しなきゃ無意味だ。それに周りのオーガの数は明らかに今の自分じゃキャパオーバーだろ)


 それでもこの場を離れずに済む言い訳を無意識に目で探してしまっていた。そして――見つけた。集落中央に鎮座する大焚火。その傍らに積んである数多のモンスターの死骸、その中に樹鹿ダブロークの角が解体されて積んであるのを。見つけてしまった。


 本来の獲物を。この場で一石二鳥以上の成果を得る未来を。僅かでも、可能性として、見出せてしまった。


(ダメだ...ダメだ...そもそも勝ち切る保証ができないだろ。それに、ここは25層じゃない24層だ。ヌシ個体染みた特殊個体だろうと26層への鍵が手に入るわけじゃない。

 今日中に次の階層でヌシ個体の討伐もしておかないとスケジュール的にも間に合わない。ここは退くべきだ)


 燃え上がり続ける闘争本能を鋼鉄の理性で抑えつける。それでも溢れんばかりの闘争本能、まるで何かに誘われているかのような、おいでおいでと手招きされているかのような――


 ふと、いつだったか先生に言われた言葉を思い出した。


『シオン、君はね。もうダンジョンに毒されてるんだよ。その侵食呪いはもうどうにもならないところまで来てしまっているのさ』


(せめて、オーガの数が今の3分の1以下だったら...)


 それでも何とか暴れる感情を押し殺して未練がましくも撤退しようとした時だった。


 ガサガサ、ガサガサ


 まるで示し合わせたかのように、オーガの集落に来訪者が二匹訪れた。


 一匹はその姿に見覚えがあった。穢れなき純白、強者たる風格、探索者としてまだ新人だった頃、一度だけ討伐した孤狼アインズヴォルフ

 しかし、あの頃浅層で遭遇した個体とは雲泥の差がある。体格も一回り以上大きいし、周囲に放たれるプレッシャーも比にならない。


 それはおそらくあの時よりもさらに深い階層だから、というだけではないのだろう。きっと、浅層で遭ったのはまだ発展途上の、成長途中の個体だったのではないか...今、目の前に突如現れた絶対的君臨者を見てそう思わざるを得なかった。


 もう一匹は初めて遭遇するモンスターだった。とはいえ、その姿は情報収集の過程で目にしたことがあったので全くの未知のモンスターというわけでもない。


 特徴的な灰と黒の模様、三対のあし、威圧感に満ちた低く唸るような息吹。孤狼に負けず劣らずの体躯と目に映る全てを喰らわんばかりの強欲な双眸。そのモンスターの名は――欲虎リュエフゥオジャ。孤狼同様に生態系の頂点に君臨する暴君だ。


GuAAAaaa!!!


AOOoooN!!!


 どこからともなく現れた二匹の絶対者はオーガの集落と目の前の宿敵を滅ぼさんと暴れ出した。






 あまりにも都合が良すぎる


 絶対に退くべきだ


 この混戦の中なら奇襲できる


 いや、でも――


 思考がループする


「...はぁ」


 ループする思考を断ち切るようにため息を吐く。偶然か必然か、それはもうどうでもいい。ここまでお膳立てされて、目の前に餌をぶら下げられて――――退けるわけないだろ。


 再度、観察する。欲虎と孤狼が集落を荒らしまわったおかげでオーガ達は大混乱だ。それでも数は力、オーガ達はそれぞれの絶対者に対して数で対抗している。オーガ達を指揮しているのは悪趣味な杖を振り回して黒い靄のような魔法と地面から骨のような棘を生成する魔法を連発している集落の長と思しきオーガ。


 戦場は今、オーガ有利で進んでいる。原因は明白、ゆえにやることも明確だ。魔法での支援も集団の指揮もアイツを倒せば終わる。頭を失ったオーガ達は混乱を極めて瓦解するだろう。となれば、重要なのはタイミングだ。


 現状、長オーガの傍には二体のオーガが残って護衛をしている。そいつらが離れて確実に奇襲を決められるタイミングかつ、欲虎と孤狼が瓦解したオーガ達を殲滅できる、かつ殲滅後に瀕死の状態であることが最善。


 タイミングが早いとオーガ達を倒した後が面倒だし、逆に遅いとオーガ達が残って面倒になる。


(ギリギリを見極めろ。傍にいるオーガ達が絶対に間に合わない瞬間、二匹の体力...意識が攻撃に傾倒する一瞬の隙は――)


 この場にいる者全ての息遣いを聞く


 数の猛攻を受けて揺らめく身体の軋みを感じる


 それを見て最後の追い打ちをかけようと傍に控えていた二匹がそれぞれ駆け出し始めた三歩目――


(――今!)


 樹上から限界まで貯め込んだ脚力を解放して弾丸のように真っ直ぐな軌道で長オーガへと突っ込む。駆け引きも何もいらない。最速の突進。


 自分へと向かってくる突然の乱入者に反応するよりも早く、構えた鉈で首を斬り飛ばす



 ――――――――――――



 突然自分たちの長が死んだ衝撃にオーガ達の思考が止まり静寂が訪れる。しかし、痛いぐらいの静寂はそう長くは続かなかった。


GAAAAaaaa!!!


AOOOooooN!!!


 それまでのお返しと言わんばかりに蹂躙を始める二匹。混乱し、思い思いの行動で互いの足を引っ張りあうオーガ達。当然、こちらに襲い掛かってくるオーガもいたが冷静に対処。野太い悲鳴や絶叫が場を支配して数分も立たないうちに辺り一面はオーガ達の屍が絨毯のように地面を覆った。



#####



 阿鼻叫喚の地獄のような屍の原で三つの影が互いに向かい合う。


GRRRrrrr......


GaRRrrr...


「少し、早かったか...」


 思ったよりも消耗が少なそうな二匹に自らの未熟な観察眼を呪う。しかし、反省会は後にしなければならない。まだ修羅場を乗り越えたわけではないのだから。


 冷静な思考を取り戻そうとマスク越しに顔を触る。その時、ふと気づいた。




 自らの口角がこれ以上ない程に上がっていることに。


「第二ラウンド...って感じか」


 右手に鉈を、左手に斧を構えて二匹を睨みつける。


GAAOOooo!!!


AOOOoooo!!!


 応えるような咆哮と共に三者三様に駆けだした。


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