第17話 樹海階層①
樹齢数百年、下手すればそれ以上の歳月を重ねていそうな巨木。それが階層の端から端まで、地上に降り注ぐ日の光をその道中で完全に遮ってしまうほどに生い茂った樹海。それが20~29階層までを構築する環境だ。
単純な階層数にして10層分。これだけの階層数を連続して同じ環境が占めているのは初めての体験だ。これまでは多くても5階層程度だった。
「先生曰く、ダンジョンの階層ごとの環境に地域ごとの傾向はあっても法則性は無いってことだったからおかしくはないんだろうな。それに樹海でよかった。10層で経験したことがある環境だから勝手も分かるし...これが砂漠や雪原だったら、環境への適応自体が難しいからな」
世界のダンジョンの中には数十層もの間、砂漠のフィールドが続くダンジョンや雪原、氷河、氷山などの近しい環境が連続するダンジョンもあるらしい。それらに比べれば樹海のフィールドが10層続いたぐらいで弱音を吐くことはない。
いつも通りに次の階層を目指しつつ、周囲への警戒と索敵をしていると地面を踏みしめる足音が近づいてくるのに気づいた。
(足音は...複数いる感じじゃないな。これまでに聞いたことのない足音、初遭遇のモンスターか...)
これまでに経験のない音を拾い、こちらに向かってくるモンスターを待ち受けるようにその場で戦闘準備をする。
「なるほど、鳥類種の足音はあんな感じか」
木陰から姿を現したのは、これまでに遭遇した森雀や矢燕のような小柄で軽やかな飛ぶことに特化したフォルムではなく、ダチョウなどの走鳥類によくある飛ぶことよりも走ることを得意とするフォルムをしていた。一目見てわかるほど特徴的な大きな斧を思わせる嘴を持つ鳥類種のモンスターとの戦闘が始まった。
ダチョウなどの走鳥類、飛行よりも走行を得意とする類の鳥類によく似たフォルムをしている鳥類種のモンスター。強靭な脚には相応に大きく鋭利な鉤爪がついていて、その見た目はもはや鳥の足よりも太古の昔に存在していた恐竜のそれに近しい。しかし、
それが、斧のような形状の
遭遇したアッシュベックはこちらに目を向けた直後には真っ直ぐに突進してきた。あまりにも単調、しかしその豪脚ゆえに強い威圧感を伴う。当然のごとく回避一択、しかしアッシュベックの主な攻撃方法から考えるのであれば余裕を持った回避よりも紙一重の方がリターンが大きい。
後ろの巨木に目をやり狙いにズレが無いように調整した位置取りで待つ
その瞬間は瞬きの間も無く来た
豪脚から放たれる高速の突進。射手が獲物を仕留めるため、弓を引くようにのけ反った長い首
彼我の距離がちょうどのけ反った首と同程度にまで縮まった瞬間――
「ッ!!」
ガンッ!!メキィッ!!
振り下ろされる凶嘴よりも一瞬早く回避行動をとった。と同時、まさに斧が振るわれるかのように鋭利なくちばしが真後ろにあった巨木へと深く、深く切り込んだ。
!?
己の渾身の一撃を避けられるとは思っていなかったのか、傍目にも分かるくらい大きく目を見開いたアッシュベックは次の攻撃へ移ろうと切り込んだ木から嘴を抜こうとする。当然――
「見逃すわけないだろ」
その大きすぎる隙を逃すほど甘くはなかった。息絶えたアッシュベックを前に魔石を取り出そうと解体しながら、ふと思いついたことが口から洩れる。
「食料系モンスター以外の肉って美味しいのか?」
食料系モンスター、そもそも市場で出回ることが少ないぐらいまだまだ希少なそれらの素材は出回ったとしてもかなりいい値段で取引されていることから、その価値に見合うだけの味が保証されている。実際に食べてみても納得の味だしみはるや楓さんも「ほっぺが落ちるぐらい美味しい」と絶賛してくれていた。
では、それ以外のモンスターはどうなのだろう?実は前々から少しだけ興味があった。わざわざ食料系モンスターとして分けられているという事はそれ以外のモンスターは美味しくないのか、そもそも食べることはできるのか。
仮に美味しくなかったとしても食べること自体ができるのであればダンジョン内での食料事情は今よりももっと改善されるかもしれない。無駄に食料を嵩張らせて準備しなくてもすべて現地調達すればいいのだから。というわけで、魔法で凍結保存して肉も少し持って行くことに。
「肉だけじゃなくて素材も少し回収してもいいかもな」
よく考えれば、樹齢数百年はありそうなサイズの樹に深々と刺さるだけの嘴はもしかしたら武器として使えるかもしれないし、強靭な足の骨や鉤爪にも活用方法はあるかも。虎鉄さんへのお土産にもなるし、時間は少しかかるけど少しだけ解体することにした。
#####
その後も、一つのサイクルを繰り返した。モンスターを発見、討伐、解体、発見、討伐、解体...繰り返しながら先へ先へと進んでいく。新しく足を踏み入れた階層という事もあって、初遭遇のモンスターも多く苦戦も多々あったが深刻化する迷宮酔いのおかげもあってか辛くも勝利をもぎ取ることができていた。
まぁ、休憩の度に副作用がしんどくなってしまったが...もうしょうがない。逆にこれだけ長くダンジョンにいてこの程度で済んでるのはありがたいのだと、そう思い込んでこれ以上深くは考えないように別のことへと思考を移した。
今日数回目の休憩、時計を見ればちょうど昼時を迎えていた。食事にしようかとも思ったけれど、副作用のせいか身体を動かすのも億劫だ。バリアベルの結界内で鈍い体を横たえて空を見上げボーっとする。
「...眠いな」
度重なる連戦からか、疲労もピークに達しているが流石にこんな状態で無防備に寝るわけにもいかない。かといって、身体を動かすのは辛いので先程まで戦ってきた今日が初遭遇のモンスターについて考えを巡らせてみることにした。
#####
早速、奇襲を仕掛けようと一歩踏み出した瞬間――急激な地面の隆起に反射的に後ろへと飛びのいた。同時、目と鼻の先で身の丈をはるかに超える焦げ茶色の顎がバツンッと何かを断ち切ったかのような血の気の引く音を立てて閉まった。
「ちっ...気づかなかった」
すぐにでも回避行動をとれるように構えつつ、のろのろと地面から這い出してくる新手を睨む。その体は蛇のように手足のない筒状でその頭部はワニのような凶悪な顎を持っていた。
和名の通り、縄張りで罠を張って獲物を待ち受けるモンスターだ。ワニのように長い顎をトラバサミのように180°開いて地面に埋まり獲物が口内を通過した時に地面諸共かみ砕く。その超破壊的な咬合力と口内にびっしりと生えそろった
「擬態能力が高いな...まさか
その擬態能力の秘密は動かないことにある。獲物が罠にかかるまで身じろぎ一つしない。呼吸も最低限、音を立てず、振動も起こさず、地面に潜り込むことで匂いも消す。ただただ
どうやって仕留めるか...戦闘態勢のまま次の行動について考えていると、こちらを見ていた罠鰐は襲い掛かってくるでもなく、再び地面へと潜り直し自らに土を被せて再び不動のトラップになった。
「...まぁいいか。他を当たろう」
その様子に肩の力を抜く。魔石は惜しいけど、仕留め方が難しい。手持ちに爆弾でもあればそれを投げ込んでみるけれど手持ちにそんなものはない。精々凍結魔法で簡易的な音爆弾に加工したバクチクホタルぐらいだけどあれからそれなりに深くまで潜ってきたし、威力不足な気がする。
討伐は諦めてひとまずは先に進む。
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次に遭遇したのは
体高が2mを超える鹿に似た獣類種のモンスターで植物に由来する魔法を使用することができる。蔓を鞭のように使ったり、花粉を煙幕のように散布したりなど、どれぐらい応用が利くのかの詳細は分かっていないが
また、大柄な体躯に見合った立派な角は植物のように花や果実、葉などをつけるのだが、これが素材としてかなりの価値を有していて、花には病気や毒への薬効、果実には疲労回復効果、葉は磨り潰して患部に塗ることで外傷への軟膏として使うことができるなど...低級ポーションの代替品としても使うことができる。
改めて観察して見ると、ダブロークの足元から円状に小さな花が咲いていて縄張りのようになっている。事前に入手した情報通りならあれは一種の警報だ。踏み込んだ瞬間に音が鳴り接敵に気づかれてしまうだろう。まずはあれをどうにかする必要がある。
弾けた火薬の爆発音が静けさに包まれた樹海で響き渡る。その音は想定よりも大きく響き突然の騒音にダブロークはかなりびっくりしたのか一目散にこちらへと駆け出してきた。あまりの驚き故か一心不乱な逃走に対して周囲を警戒するための花の展開が間に合っていない。その隙を逃さずに奇襲で前脚を一閃。
突然前脚を片方失くしてバランスを崩し、倒れると同時に斧で首を断つ。ダブロークは何が起こったのかを認識する間もなく息絶えた。
「想像以上に上手くいったな」
魔石を抜いて角と肉を解体した。特徴的な角には葉が茂り、花も果実も点在している。買取に出せばいい値段が付きそうだ。肉の方は試食のためなので少量だけ。その他の部位は放置、虎鉄さんがいれば欲しいものがあったかもしれないが素人には分からないからな。
さらに先に進む。
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その後もオーガの群れや背中に植物を背負った蛙のようなモンスター、蔓に擬態した蛇のモンスター、やたらめったらに足が多い鳥類種のモンスター、浅層でも遭遇したショウジョウグマやアインズヴォルフにオーク、クマとフクロウを掛け合わせたような幻想種のモンスターに創作でも定番の
両手じゃ足りないくらい多くの種類のモンスターと戦い通しだった。次はどの戦闘を振り返ろうか、と思案していると設定していたタイマーが休憩の終了を告げる。脳内での振り返りで多少紛れた疲労感をさらに回復させるためにそろそろ昼ご飯の準備をしよう。
マジックポーチから朝もお世話になった
そんなコトよりも実食だ。食料系モンスター以外の肉は美味しいのか、果たしてその結果は――
「なんだ、全然いけるじゃん」
多少野性味に溢れすぎている感じはあるけれど、全然許容範囲。アッシュベックは市販の鶏肉よりも歯ごたえと脂が増した感じ、ダブロークは...どっちかというと牛肉に近いか?鹿肉なんて食べたことないから地球の鹿とは比較ができないけど、それでも全然美味しく食べられる。
食料系モンスターと比べたらたしかに味は落ちるかもしれないけど、ちゃんと美味しいんだな...向こうが味に特化してるってだけなのか?まぁいいか。想像してたよりも美味しい食事になったからか、心なし疲れも取れてきたし、この調子なら午後も頑張れそうだ。
ガッツリ肉体労働をこなしたせいか、自分でも気づかないぐらい空腹だったようで試食として回収していた肉と昨日討伐したグルートンの在庫の半分を食べ終えてようやく満足した。
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