第16話 その先へ


 16層の熱帯雨林エリアでモルテシアの群生地で休憩した後、今日中に20層に着くことを目標に動き出した。


 死臭の不快感が気にならない程度に距離を取ってから迷宮酔いを発症。出力が50%になるように調整し、道中のモンスターを狩って魔石だけを回収しつつ下へ下へと進んでいく。



 BuMooo!!!


 威圧するように吠えるオークの群れ


 平地で遭遇したら数の不利に多少手こずったかもしれないけれど、幸いにもこのフィールドは障害物になり得るものが多く存在している。こういうフィールドで群れと遭遇したら死角の多い環境を活かして奇襲で潰す。


 こちらを視認した群れが向かってくるのを確認しつつ、身を隠すように樹々の隙間を縫って走り視線を切る。


 こちらを見失ったオークたちは互いに背中を追わせて死角を補助しながら周囲に目を配っている。


 死角はなくなった...ただ一か所を除いて。


 背中を預けあったオークたちの向かい合った背中の隙間。その唯一の死角に向かって樹を踏み台に大きく跳ぶ。


 そして着地よりも前、落下の最中に手ごろな位置のオーク2体の頭を掴んで既に準備していた凍結魔法を全力で開放した。


「凍結」


 パキンッという氷の砕ける音とグチャッという肉の潰れる音が不協和音になって残ったオークたちの耳に届く。


 でももう遅い。身体ごと回転するように歪な二刀を振り回して無防備に晒されている首を斬り飛ばした。



 #$%^&*()_+!!!


 オークの群れの次に出くわしたのは黄色と黒の警告色でデザインされた巨大な百足だった。


黄黒百足ダンジェ・ミル

 セゥヴァボアほどではないけれど、これまでに遭遇してきた虫類種の中ではトップクラスの巨体を誇るモンスターだ。硬質な外骨格が特に厄介でただ単に硬いというだけでなく、胸部から尾部にかけての外骨格には2種類の毒を含んでいる。外骨格の黄色い部分には細胞毒に似た触れること自体がタブーの毒が、そして黒い部分には出血毒に似た血液に反応する毒が含まれている。頭部にある大顎には人の腕なんて簡単に噛み千切ってしまうだけのパワーもあり、多数の節足による移動はサイズに反してそれなりに速い。


 だからこいつを討伐するときの手段は限られる。毒を持った胸部から尾部は現状の攻撃手段では致命傷は期待できないし、リスクが大きい。だからこその真っ向勝負。最短最速で頭を潰す。


 数多の節足を機敏に動かす移動方法でそのサイズに見合わないしなやかなスピードでこちらに迫ってくる黄黒百足ダンジェ・ミルに対して右手の鉈をハンマーに持ち替えて迎え撃つ。


 タイミングは一瞬――


「ふっ――」


 自慢の顎でこちらを噛み千切りに来た黄黒百足に身を捻って下からハンマーのカウンターを喰らわせる


 怯んだ瞬間、再度身を捻りすかざす左手の斧で頭をカチ割ってとどめを刺す


 ダメ押しにカチ割った頭部を切り飛ばしてやれば、数度の痙攣の末に残った体も動かなくなった。


「んー...魔石は諦めるか。ちゃんとした解体方法じゃないと毒に触る可能性があるし、それに――」


 頭上から飛来する奇襲を鉈で迎撃する。空からの奇襲はさっきと同様に矢燕ストレラチカのものだった。


「たった今、代わりの魔石が手に入ったし」


 まぁ、さすがに等価ってわけじゃないが。今は進むの優先で自分からモンスターを探しに行ったりはしない。それは明日か明後日あたりからもっと深い階層でやればいい。その方が稼げる。



#####



「ゴホッ...ゴホッ...ゲホッ、オ゛ェッ」


 鈍い頭痛と腹の奥からこみ上げてくるような吐き気を感じながら樹にもたれかかって休む。体調が戻るのを待つ間に探索証を開いて時間を潰せないかと試みてみる。


「あ゛ぁ...えっと今いるのは...18層の中腹ぐらい。時間は...15時過ぎ。このペースなら今日中に20層には着けるか」


 周囲の警戒もそこそこにこんな風に呑気に探索証を開きながら休憩をしているのはダンジョンを舐めて油断しているからじゃない。先生からマジックポーチと一緒に(半ば強制的に)渡されたダンジョン内で使える便利な道具を試してみようと思ったからだ。


 正式名称は結界鐘楼バリアベル。名前の通り手のひらサイズの鐘で小規模なバリア?結界?を展開してモンスターからの襲撃を防いでくれる道具だ。さらには展開した結界自体にモンスターからの認識を低下させるような仕組みが組み込まれている。


 道具なんて濁した言い方をしてしまったけど普通に遺物だ。その価値は推して知るべし。こんな感じでダンジョン探索を手助けしてくれそうな遺物がまだいくつもマジックポーチに眠ってる。そりゃ、あんな額にもなるはずだ...ため息を吐きたくなるのも無理ないだろう。


 話を戻して、そんな便利な遺物があるならわざわざ安全圏セーフポイントを探す必要はないと考えることもできる。当然理由はあって一番大きな理由はこの遺物を過信し過ぎてはいけないということだ。


 先生からマスクやマジックポーチと一緒に送られてきた手紙にはマジックポーチ内に一緒に入れられている遺物や道具のリストとそれぞれの簡単な説明も載っていた。その中にはもちろん結界鐘楼バリアベルについても説明されていた。要約するとこんな感じだ。


・小規模な結界をベルを中心に球状に展開する。

・半径2mで地面などの障害物に阻害されない。

・使用には魔石を必要とし、魔石の種類は問わない。

・展開された結界には軽微なモンスターへの認識阻害の効果が付与されている

・展開された結界の強度はそれほど高くないため、自力での結界の破壊も可能


 内容から読み取れるように自力で壊せる程度の強度かつ認識疎外も軽微だから長時間の休憩には向かないわけだ。携帯できるかつソロでも気を張らずにこまめな小休止がとれるってだけでも自分にとっては十分すぎる性能なので文句はないけれど、パーティー全員が使うには狭すぎるのはこの遺物が評価されづらい部分なのかもしれない。


「そろそろ動くか...」


 迷宮酔いの副作用も落ち着いてきた頃、さらに先を目指して移動を再開した。どうしても避けられない戦闘を除いて移動を優先したおかげで夜のうちには20層に到着することができた。


 各階層をつなぐ階段付近に縄張りを持つモンスターは多くないので、階段の半ばほどで夜を明かすことにする。浅い階層なら他の通行人の邪魔になるかもしれないけど20層ともなれば潜れる人間は限られてくるはずだし、一晩くらいは大丈夫だろう。多分。



#####



 目が覚めると薄暗い階段の途中だった。一瞬、思考がフリーズしてしまったがすぐにダンジョンに泊まり込みで来ていることを思い出す。硬い階段を寝床にしていた影響で体の節々が痛む。身体を丹念にほぐすと、手早く朝食の準備に取り掛かった。


 昨日のうちに確保しておいた大食いグルートンの肉。ほとんど余すところなく解体バラすことができたから在庫が有り余っているそれを薄く切り、キャンプ用品のスキレット(小方のフライパンのようなもの)で両面を焼く。しっかり火が通ったことが確認できたら持ってきていた塩を適度に振って味付けし、そのまま口に運んだ。


「ん、シンプルだけど上手いな」


 もはや料理というのも烏滸がましい焼いて塩を振っただけのものだが、元の素材が持つポテンシャル故か十分に美味しいものに仕上がっていた。次の肉を焼きつつ、ロールパンを一つとドライフルーツの袋を取り出す。空腹を満たすだけの量を食べ終えれば、軽く調理器具を掃除して手早く後片付けを終わらせる。


 腹ごなしに柔軟をして体の調子を確認しながら今日の目標を立てる。


「探索期間は4泊5日。今日は2日目、目標到達階層は30層で申請してる。帰りのことも考えれば明日、遅くとも明後日の夜までに30層のヌシを倒す必要があるのか...なら、最低でも今日中に25層のヌシ個体を討伐して26層に通じる扉の鍵を手に入れておく必要があるな」


 目標は決まった。戦闘準備も出来てる。


「行くか」


 マスクの調節ねじを捻り、体内に取り込む迷宮粒子を通常の25%に限定する。徐々に冴え始める感覚を頼りにまずは付近のモンスターを討伐して魔石を稼ぎつつ戦闘勘を研ぎ澄ませることに集中する。



#####



 GOAAaaa!!!


 ダンジョン泊2日目に初めて遭遇したモンスターはこれまで何かと縁があった人喰い鬼オーガだった。2mを優に超える身の丈は筋肉の鎧に覆われており、その体から生み出される膂力は並の生物を一撃で死に至らしめるだけの破壊力を生み出すことができる。

 小規模なコミュニティを形成できるだけの知能を持ちながらも、種族全体が持つ凶暴性は同格以上の存在にも恐れず挑む蛮勇を持たせる。


 中堅探索者と上位探索者を隔てる登竜門として名を挙げられることも多い。明確な強者に違いはない...だがそれと同時に――――すでに何度も討伐経験のある自分にとっては明確なであることにも違いなかった。


 轟っと唸りを上げてこちらに振るわれる木を雑に加工した棍棒を冷静に見極めて躱す。


 掴みかかる剛腕に対し、お留守な膝に渾身の蹴りを入れることで体勢を崩させる。


 崩した体制を立て直されるより早く、無防備に降りてきた顔面に身を捻って回し蹴りを放つ。


 手ごたえは薄く、蹴りつけた感触は樹齢百年はくだらない巨木を思わせるものだった。


「硬...」


 だが、顔を蹴られたという事実にオーガはダメージ以上の衝撃を受ける。猛る怒りそのままに上段から振り下ろされる棍棒。


 GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!


 防御不可、回避を強制させる一撃に対して一段と近く、懐に潜り込む。


 驚愕に目を見開くオーガに対し、あくまでも冷静に。強固な骨もなく、頑健な筋肉も薄い喉へと鋭利な爪を持つ籠手の貫き手を放った。


 ゴポッと口からあふれる血液の滝。激痛と死が近づく恐怖に苛まれながらも自らの懐にいるニンゲンを殺さんとオーガは再度剛腕を振り上げ――


「凍結」


 絶死の魔法が突き破られた喉の奥で弾けた。


「フゥ...」


 突き破った喉から手を抜き、血霜が降りた右腕をそのままに今しがた討伐したオーガに目をやる。きっちり討伐しことを確認し、人間で言う心臓部分にあたる場所に存在している魔石を解体用のナイフで取り出す。


「デカいな...」


 精々が手のひらに収まる程度のサイズだったこれまでのモンスターの魔石に対して、オーガの魔石は成人男性の拳より一回り大きなサイズでズッシリとした重みを手に感じさせるものだった。


「何気にオーガの魔石を見るのはこれが初めてか。これまでは討伐するのに精いっぱいで解体作業までは手が回らなかったし」


 ここから先はこれぐらいのサイズの魔石が手に入ると考えると心が躍る。みはるの学費を稼ぎ終わるのもそう遠くないかもしれない。


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