第15話 安全圏
「今日の鍛錬はここまで!各自で整理運動をしておくように!解散!」
『ありがとうございました!』
学校が終わった放課後の時間、幼馴染のみさきちゃんと一緒に最近通い始めた道場での鍛錬が今日も終わった。鍛錬と言ってもまだ始めったばっかりだから正しい竹刀の握り方とか基本的な動きの反復練習とかそういう簡単な練習なんだけどね。
「おっみはるちゃんじゃん。やっほー」
整理運動をして着替えを済ませてみさきちゃんを待っていると、猫宮 またびさんと白柳
「またびさん、ますみさん、おつかれさまです!」
「おつかれー」「お疲れさま」
猫宮 またびさんと白柳 ますみさん。二人はお兄ちゃんと同じ中学2年生で私たちが通ってる道場の先輩。
ますみさんは道場のそうしはん?の子供で、またびさんはますみさんの幼馴染だって少し前に聞いた。だから二人は道場歴?が長くて大人のひとたちに交じってよく鍛錬をしてる。
道場の中でもかなり年少の私たちのことをなにかと気にかけてくれるいいお姉さんたちだと思ってる。
「みはるちゃんはみさきちゃん待ち?」
「そうです!」
「そっかー。道場はどう?楽しい?」
「またび、そうガツガツ絡まないで。大神さんたちも疲れてるだろうし」
ますみさんは大人の女性って感じで私たちにも丁寧に接してくれる。そのクールなところとかスゴくカッコいいと思うけど、そんなに気にしなくてもいいのに。
またびさんくらい気軽にお話してみたいな。
「ううん、だいじょうぶです!道場はまだ、竹刀の握り方とか簡単な運動とかばっかりだから楽しくがんばってます!」
「おーいいねいいね!懐かしいなぁ」
またびさんが話し初めて真純さんと一緒に聞きながら答える。そんな風にお話していると、帰り支度をしたみさきちゃんがこっちに駆け寄ってきて先輩たちと一緒にいるのに気づいた。
「みはるー、あっ先輩たちおつかれさまです」
「おつかれー」「お疲れさま」
「じゃあ、私たちは帰りますね。さようなら」
みさきちゃんも来たので暗くならないうちに帰ろうとしたらますみさんが首を傾げてポツリと呟いた。それに対して説明しようとするよりも先にみさきちゃんが答えてくれる。
「? 今日はお兄さんはいらっしゃらないの?いつも迎えに来ていたと思うのだけど」
「あーみはるのお兄さんは今日から泊りがけでダンジョンに行ってるんです。そうだったよね?みはる」
「うん、金曜日には帰って来るって言ってました」
そう言うと同時に、今日がまだ月曜日なことを思い出しちゃう。あと3日以上もお兄ちゃんの顔を見れないなんて...奇跡が起こって早く帰ってきたりしないかなぁ?
「...そう、泊りで」
「それって5日も潜りっぱなしってこと?うひゃーみはるちゃんのお兄さんって凄いんだね?」
またびさんの言葉に嬉しくなっちゃう。そうなの!お兄ちゃんすごいの!って自慢したい。けど、急にそんなこと言われても困っちゃうだろうからがまんがまん。
「えへへ...」
「どのぐらい進んでいるのか、とか聞いていたりするの?」
ますみさんもお兄ちゃんのことが気になるのかな?んー...どっちかというとダンジョンが気になるのかな?
「いいえ。お兄ちゃん、私たちに心配かけたくないって言って詳しく聞こうとしてもぜんぜん教えてくれないんです!教えてくれない方が心配なのに!」
「まぁまぁ、お兄さんも多分色々あるんじゃない?ほら、私が探索者なりたいーっていった時は相談に乗ってくれたし、そのおかげで今こうして道場に通ってるわけだし」
「そうなんだ?あれ?でもどうしてみはるちゃんのお兄さんは道場のこと知ってたの?」
「ウチのお爺様とダンジョンで知り合ったらしいわ。
「へぇーじゃあ、雄二さんとか信也さんとか志穂ねぇ、千尋ねぇとも知り合いなんだ」
「知り合いどころか、一緒に探索もしたそうよ。ニュースにもなっていたでしょう?例の民間初の20層攻略の...」
「まじか。あー...じゃあ最近、志穂ねぇたちが鍛錬によく参加するようになったきっかけの“鍛えなおし”って」
「確証はないけど」
...なんだか、難しい話を始めちゃった二人にどうしようとみさきちゃんと顔を合わせる。これ、待ってた方が良いのかな?と思ったらまたびさんが気づいて暗くなる前にって送り出してくれた。
「あっごめんね?話し込んじゃったね。引き留めておいてあれなんだけど、道草食わずに暗くなる前に帰るんだよ?」
『はーい!』
「二人とも気を付けて。あと、できればでいいのだけれど一度お兄さんを迎え以外で道場に誘ってみてくれないかしら?色々聞きたいことがあるの」
「?よく分からないけど、わかりました!帰ってきた後は長めに休むつもりって言ってたからその時に行けないか誘ってみますね!」
「ありがとう」
むむっ!もしかしてライバルのよかん...?
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side:白柳 真純
小さな背中を見送って道場へと踵を返す。隣を歩く幼馴染が何か言いたげな顔でこっちを見ていたので視線だけ向けて先を促した。
「なんか嫌な予感がするんですけどー?」
「不躾ね。どうして?」
「みはるちゃんのお兄さんに聞きたいことがあるってあれでしょ?スカシのみんなの“鍛えなおし”についてでしょ?」
マタビの言う通り、私の知り合いが作ったパーティーのスカーレット・シーカーはここ最近ダンジョンに潜らずに道場内で鍛錬をする日が増えた。
もちろん、まったく潜らない訳ではないしダンジョンの仕様?で20層で足止めを食らってるだけとも聞いてはいる。でも、それだけじゃないことぐらい短くない付き合いなので分かる。
四人、いやもしかしたらお爺ちゃんも含めて五人でナニカについて話をしている様子をここ最近よく見るから。
詳しい内容を聞いたわけじゃないけど、みんなが話し合っている時の表情を見ているとそのナニカっていうのは多分明確の目標のような、もしくは立ちはだかる壁のような...そんな相反する不思議なものだと思う。
知りたい。私もいつかみんなと一緒にダンジョンに潜りたい。国内で最もダンジョンの多い東京で民間探索者としてトップを突き進んでいたみんなと一緒に冒険がしたい、そう思って鍛錬に励んできたんだ。それなのに...
年齢とか親からの承諾がなかったとか、いろんな理由で探索者試験を受けられずにモヤモヤしていた時に私と同い年の子が探索者をしているとみんなから話を聞いた。
憧れ、尊敬しているみんなが楽しそうにその人の話をする度に『私だって!』と思わずにはいられなかった。その矛先を鍛錬に向けて、なんとか親を説得して試験に備えてきた時に起きたのが探索者資格の取得条件の追加。
年齢というどうにもならないその条件が決まったのはとある最年少探索者のせいらしいと風の噂で聞いた。未成年が探索者になる唯一の手段は来年から運営される国立のダンジョン専門の学園に通って卒業すること。あと四年以上、私はスタートラインにすら立たせてもらえない。
「私はそこまで興味はなかったけどさぁ?マスミはスカシで探索者することを目標に全力で突っ走ってたわけだから...私たちと同い年なのに探索者やってるその人のことが妬ましいんでしょ」
「そこまで分かってるならわざわざ口に出さないで」
「ありゃ?否定してくると思ってたんだけど...素直だね?」
煽りの言葉には反応せず理不尽な自覚のある敵意の矛先を大神さんのお兄さんに向けている理由を簡潔に話す。
「大神さんのお兄さんが元凶かもしれないの」
「元凶って...んな、物騒な。ていうかなんの?」
「探索者試験に年齢制限を追加させた、元凶」
「...あっちゃー」
私の答えにまたびも納得したのか、それとも呆れてしまったのか、なにも言ってこなくなった。
「私には、確かめる権利がある。スカーレット・シーカーのみんながダンジョンに潜らなくなった原因、私の夢を阻んだ原因、それを確かめる権利が...私にはあるの」
「そんなこと言ってるけど、スカシのみんなはダンジョンに潜ってない訳じゃないけどね?鍛錬に時間を割いてるってだけで」
せっかく人が決意を固めてるのに...茶々入れないでよ、もぅ!
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「暑い...」
16層から19層に広がっている熱帯雨林によく似たエリアの気候的な特徴はその一言に集約される。とにかく暑い、それもカラッとした照り付ける太陽による暑さではなく湿度の高いじんわりと絡みつくような暑さ。さきほど探索証で気温を計ったら30℃をわずかに上回っていた。
不快感を催す暑さと吹き出すように滴る汗で体力が徐々に奪われていく。ここはそういう階層だ。
初めてスカーレット・シーカーの皆さんとこのエリアに降りてきた時には既に異常事態の最中にあったから普段の様子は分からなかったが、先生たちとサンプルの回収に来た時にはこの不快な気候に全員ぐったりしていた。
探索者、というか人間にとっては快適とは言えない気温の環境だが生物全般からしたら熱帯雨林系の気候というのはかなり恵まれた環境になる。実際、地球上でもこの環境はもっとも生物の多様性が高い環境の一つに数えられているくらいだ。
それはもちろん、モンスターも例外ではなく。
このエリアの気候的な特徴は“暑い”で表される。では、モンスターなどの生態的な特徴はというと――“色鮮やか”そして“デカい”だ。
SYAAAAAAAAAAAAA!!!
何かを擦り合わせた時のような掠れた咆哮がエリア全土に響き渡る。その方向に目を向けてみれば、遠目でも分かるほどの巨体をくねらせている巨大な蛇を見つけた。
「
名前の通り、簡単に説明すると巨大なヘビだ。問題はその巨体。なんと尻尾の先を除いた最も細い部分でも体高にして5m弱になり、全長は1㎞を優に超える。
身体的特徴は体の背面側に生えたいくつもの突起状に発達した鱗。その鱗が密林、正確には熱帯雨林に映えている樹の種類によく似ていることからその名前がついたらしい。
大きさは強さにも直結する重要な要素の一つだ。それがすべてとは全くもって言えないけれど、それでもこれまで遭遇してきたモンスターの中でも群を抜く巨体。
グルートンを丸呑みにできる、というか実施にそうしているのを見たことがある。ちなみにグルートンは生息範囲が非常に広いから大抵のエリアで食料系モンスターとして存在している。
「さすがにアレの相手はできないよな。素材の量はかなりのものになりそうだけど...いや、よく考えたら普通に討伐すると解体中に分解されるか。全身凍結するにも大きすぎて先生でさえ諦めたぐらいだし」
サンプル回収でこのエリアまで潜ってきた時にはセゥヴァボアは対象外だった。まぁ、凍り漬けを依頼されていたら副作用で死んでたかもしれないから流石に断ってただろうけど。
とりあえず遠目に見えているだけだからいつまでも意識を裂く必要はない。今日中にできれば20層まで潜っておきたいし、先を急ごう。と、一歩踏み出した瞬間に横っ飛びで回避行動をとる。
着地と同時に武器に手をかけ、さっきまで自分がいた場所に視線を固定する。そこにいたのは地面に嘴を突き立てた一羽の鳥類種モンスターだった。
嘴が異様に鋭く尖ったツバメのようなモンスターだ。敵目がめて急降下して鏃のように鋭いその嘴で敵を刺し貫く。地球上のツバメは最高速度が50~60㎞/hにまで及ぶらしいが、こいつはそれよりも速い。格上にも文字通り一矢報いてくる厄介なモンスターだ。
地面から嘴を抜いたソイツはこちらを一瞥すると、どこかへと飛んで行ってしまった。奇襲が失敗すれば逃げるだけの知能もある。
普段であれば、特に問題はないモンスターのはずなのに今回は回避がギリギリになってしまった。その原因はおそらくマスクにある。
普段よりも迷宮酔いの出力が落ちている関係上、索敵範囲が狭くなってしまっているようだ。副作用の悪化防止が裏目に出た形だな。
「ここからは出力を上げていかないといけないか」
呟くと同時に、つまみを調節して出力を50%まで上げた。まだ先は長い。この辺りのバランス調整をミスると、副作用が重症化しかねないし
広げた索敵範囲によってお目当ての場所まで真っ直ぐに進んでいく。道中、遭遇した
ちなみに、マジックポーチには保存期間を延長するような機能、例えば冷蔵機能だったり、時間の流れを遅くするような機能はない。だから、自分のように凍結魔法を持っていないと即座に保存食を増やすようなことはできない。普通にマジックポーチの中で腐る。
閑話休題
先生たちと一緒に探索をするまで自分は
セーフポイントという言葉はダンジョン内において「モンスターに襲われない限定的な地域・地形」に対して使われる言葉だと先生は教えてくれた。
ただ、当然どこにでもあるわけではなく...むしろ無いことの方が多い。長期の探索においては当てにしない方がいい、程度の認識の場所らしい。
例えばどういうことかというと...
「あった。モルテシアの群生地...ヴッ臭いな」
急いでつまみを0に戻し外気を可能な限り遮断する。近くに来ると分かりやすいけど目の前に広がっている花の群生地は異常な匂いを発していた。外気を遮断したことで副作用が襲ってくるけど軽度だから無視。周囲の状況に目を向ける。
目の前に広がっているのはモルテシアという大型の花の群生地だ。実在するラフレシアに似た植物だと思ってくれればいい。まぁ、この植物が持つ特性は実在のそれをはるかに上回る凶悪さを持っているわけだけど...
放たれる強烈な死臭は獣類種を筆頭にモンスターの不快感や嫌悪感を強烈に刺激する。これにより、それらのモンスターが寄り付くことが全くない。唯一の例外が虫類種のモンスターで虫類種系統のモンスターはモルテシアの群生地に来ることがある。
それじゃあ、セーフポイントとは呼べないのでは?と思うだろう。実際、先生からその話を聞いたときに自分も思ったのけれど...虫類種モンスターに対してこの花の香りは一種の洗脳のような効果をもつのだと先生が補足を入れてくれた。
この匂いを知覚した虫類種モンスターは一切の闘争心や敵意を持つことができない状態になり、そのまま群生地へと引き寄せられる。この段階なら外部からの刺激によって解除が可能だが、群生地の付近まで来てしまうと洗脳の解除は不可能となるらしい。
そうして群生地までやってきた虫類種モンスターは群生地の真ん中で泥になるまで眠り始める。泥のように、ではなく。
群生地の真ん中には消化液で出来た池があり、深い眠りに落ちた虫類種モンスターはその池の中で溶かされる。そうやって土壌の養分として取り込むことでこの植物は栄養を確保していると語ってくれた。だからこそ、このモルテシアという植物の群生地はモンスターに襲われないセーフポイントに成ったのだと。
ダンジョン産の植物や鉱物にはこのように階層ごとの環境で独自の進化を遂げた種がいくつも存在する。それぞれがセーフポイントであったり、悪辣な罠として根付いていたり...時には採集することで探索のための道具として活用できる種もあるんだとか。
今後も探索者生活を続けていくうえでモンスターだけじゃなく、植物や鉱物にも興味をもっていかないといけないらしい。
死臭漂う花畑で利用できそうな植物・鉱物の知識を思い返しながら小休止をした。
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