第14話 はじめてのダンジョン泊


「気を付けていってらっしゃい」


「はーい!」「いってきます楓さん」


 先生からとんでも郵便物が届いてから二日後、早速泊まり込みでの探索に行くことにした。昨日のうちに携帯食料などの野営に必要な消耗品を急遽そろえたのは今日が月曜日でキリが良かったからだ。予定している探索期間は4泊5日。ちょうど月曜日に出発して金曜日に帰ってこれるように計画した。


「楓さん、みはるを頼みます。みはるも楓さんの言うことちゃんと聞くんだぞ?それと、放課後は道場に行くだろうけど帰り道はなるべくみさきちゃんと二人で帰るようにな?あとは――」


「もーそれ昨日の夜も聞いたよ?おにいちゃんこそ!ダンジョンに泊まるんだから気を付けてよね!怪我したらゆるさないからね!ね!」


「そうよ?一応納得はしたけど、喜んで送りだしてるわけじゃないってこと、忘れないでね?」


 二人の瞳の中で揺れる不安が説得の不完全さを表している。怪我ゼロは難しいかもだけど、二人を不安にさせるような無茶には気を付けないと。それが今後の為にもなる。


「うん...いってきます」「いってきまーす!」


 いつも通りに家を出た。普段と違うのはみはるがご機嫌斜めなことか。ダンジョンへの泊まり込みについて頭では納得はしてくれたみたいだけど、まだ気持ちがついて来ていないのかな。それと、どうやら先生に嫉妬しているらしい。理由は教えてもらえなかったけど。


 不服そうなみはるのご機嫌をあの手この手で取りながら進む通学路はいつもと違って新鮮に感じる。普段はもっと良い子というか、こちらを気遣ってくれる余裕があるというか、ワガママが通らなかった時でも機嫌が悪くなったりはしないんだけど...それだけ離れたくないってことでいいのかな?


 そう思うと、拗ねた態度も可愛く感じられるから不思議だ。世の中の親の気持ちが少しわかる気がする。嬉しさの矛先をみはるの頭に向けてぐりぐりと少し強めに撫でる。


「あぅ...もー、どうしたの?」


「なんとなくね、嬉しくなっちゃって」


「? 変なおにいちゃん...ぁ、学校...着いちゃった」


「...寂しいな」


「当たり前でしょ!もー!元気で帰ってこないとゆるさないからね!いってきます!」


「うん、いってらっしゃい」


 走って行ってしまったみはるの背中が見えなくなるまで見送る。


「フーッ、切り替えていくか」



#####



 スミダ支部について、更新された探索装備に着替えると早速ダンジョン――に行く前に、まずは受け付けに寄る。これまでダンジョン泊をしていなかったからする必要が無かったけど、一泊以上ダンジョン内で野営をする場合は事前にどれぐらいの期間潜るのかを受付に申請しておく必要があるらしい。そうしておくことで、申請した期限を過ぎても帰ってこなかった時に救助隊が救助に向かうことができるのだとか。


 まぁ、救助隊が出向いたところで既に手遅れなことが多いらしいからそんなに信用できるものではないけど。あとは探索証からも救助要請を出せば駆けつけてもらえるんだったっけ?階層によっては結構高額な準備費用なんかを救助後に請求されるらしいから使うつもりは毛頭ないんだけどな。知識として持っておく分には重要だ。ちなみに、救助隊が救助に迎える最深階層は現在は50層だったはず。それ以降に潜ってしまうと救助不可になるらしい。


「おはようございます。石渡さん」


「ん?おぉー!シオンくんじゃん。久しぶりーどうしたの?今日はエリ先輩非番だよ?」


「ダンジョンの長期探索申請に来ました」


「...えぇっ!ちょ、もうそんな段階なの!?いや、Bランクになったってことは人伝で聞いてたけど...相変わらず爆速だね」


「爆速かどうかは分かりませんが、少し急ぎの用事ができてしまったので。なるべく早い段階でAランクに上がらないといけなくて」


「うひゃー...シオンくん、簡単に言ってるけど、探索者の実質的なトップなんだよ?分かってる?っていうか...」


 そこで言葉を切ると、石渡さんはこちらを値踏みでもするようにジロジロと見始めた。


「どうかしました?」


「いや、どうっていうか...なんか、凄い雰囲気出てきたね。装備変わったよね?かっこいいじゃん」


「はぁ...ありがとうございます?」


 雑談をしながらもちゃんとやるべきことはやってる石渡さん。手慣れた様子で長期探索に必要な申請を行っている。


「予定してる探索期間とー、あと目標階層教えて?絶対達成しないといけない訳じゃないけどどのくらい頑張るのか、こっちでも把握しておきたいからさ」


「探索期間は4泊5日。目標階層は30層です」


 自分の言葉を聞いて、石渡さんは大きなため息を吐いてペンを置いた。


「あのさぁ、頑張りすぎなんだって!なんで?なんで初の長期探索で4泊もしちゃうつもりなの?目標階層もいきなり10層分更新しようとしてるしさぁ...なんで?一番びっくりなのは、なんかシオンくんならできそうだなーって思っちゃうことなんだけど!」


「なんでと言われましても...あんまり石渡さんに話すのは気が引けるんですが、更新された装備は自分が鍛冶契約を結んでる虎鉄さんから頂いたものではなくてですね」


「?じゃあ、誰から貰ったの?シオンくんってそんなに交流広くないよね?最近交流があったひと、たち、も...すく、ないし...え、マジ?」


 何かに気づいたような視線と驚愕の表情でこちらを見る石渡さん。この人、接した時の人となりから勘違いしそうになるけど別に頭が悪いわけじゃないんだよな。ちょっと、抜けたところはあるかもしれないけど...


「多分、ご想像通りだと思います」


「え、やば」


 石渡さんの語彙力が死んでしまった。


「でも、それと急ぎの攻略がどう関係するの?」


「その人との約束、いや契約...?みたいなものです。個人的に借りはすぐに返したいですし...まぁ、それを対策されてとんでもない量の借りを押し付けられたんですけど」


「うわぁー...エリ先輩にも話していい?ほぼ専属みたいなもんだし教えてあげたいんだけど」


「専属ではないと思いますけど...お願いします。あぁ、あと『頼んでいた件は難しいと思うので、探すのを切り上げてもらっても大丈夫です』と伝えてもらえますか?」


「んー?よく分かんないけどりょーかい。はぁ...朝からどっと疲れたぁ。もう帰っていいかなぁ?」


「申請ありがとうございます。具合が悪いなら体調には気を付けた方が良いですよ」


「誰のせいだと思ってるの!?って、もう行ってるし...もー!」


 少し不機嫌な石渡さんの声を背中に受けながら、ダンジョンへと歩を進めた。



#####



 Q.探索者になってから大体四か月、ほとんど同じダンジョンに週5で潜り続けたらどうなるか?


 A.浅層がただのランニングコースになる。


 次層への階段までの道のりを最短で駆け抜ける。15層までは戦闘は最小限にとどめて降りてきた。特に珍しいことはなかったけど、しいて挙げるなら――


「このマスク凄いな」


 少しくぐもった自分の声にちょっとだけ違和感を感じながらも先生から送られてきたマスクの性能に感心した。ダンジョン内での呼吸がトリガーとなって発症する迷宮酔い。それを防止するためのマスクは今のところ十全にその効果を発揮している。


 最短距離を降りてきたとはいえ、ここはすでに15層。いつもなら迷宮酔いはとっくに発症してるはずなのにまだその兆候は見当たらなかった。普段よりほんの少し息苦しかったり、閉塞感を感じてはいるけれど、これならさらに深い階層にも潜ることができるようになる。


「まぁ、迷宮酔いで強化された身体能力が無かったから索敵ミスがあったり移動速度も落ちてはいるけど...」


 どうやら思ったよりも自分のダンジョン探索は迷宮酔いに侵食されつつあったようで、道中で普段よりもモンスターの接近に気づくのが遅れたり、危ない時は竹脚蜘蛛チュウ・ジズの縄張りに入りそうになった時があった。あとは、ここに来るまで普段よりも時間を食ってしまっている。


「完全になしはキツイな。ここからは戦闘も積極的にやっていきたいし...25%に調節してみるか」


 左耳の付け根辺りにある調節つまみでマスク内の空気を調整する。それによって、迷宮酔いを本来の約25%の効力で発症するように調整してみる。


 厳密には、迷宮酔いは時間経過とともに症状が重くなっていくものだから完全な調整はできないけど、重症化にかかる時間を引き延ばすことで結果的に軽症時25%の効力を維持している、みたいなイメージだな。


「...うん、普段よりゆっくりだけど効いてきてる。ヤバいな、今までより時間を気にしなくていいから断然快適だ」


 すっきりとクリアになっていく思考と聴覚や嗅覚がじわじわとその効果範囲を広げていく感覚は緩やかだけどはっきりとしていて、戦闘にも意欲的になれる。


「さっそくだな」


 広がっていく聴覚の間合いテリトリーに踏み込んできた複数の足音。微かに香る野性の臭みと脂の匂い。15層の竹林で幅を利かせている肥よくな巨怪の姿を視界に収める。


豚男オーク3体。慣らすにはちょうどいいか」


 小手調べ。まずは距離を取り、こぶし大の氷塊を生成して頭に向かって全力で投げつける。


BOAaa!


 先頭の一匹が持つ原私的な棍棒に阻まれてダメージには至らなかったが十分。


 自らの武器で視界が塞がったオークに素早く接近し、がら空きの土手腹に貫き手を放つ。


Aaaa!


 暴れ出して自ら傷口を広げていくオークAにとどめを刺すべく魔法を発動しようとしたが、Aの後ろにいたBとCが左右から回り込んでこちらを捕えようと腕を伸ばしていたので腕を捻って傷口をさらに広げつつ、引き抜いて後方に回避。


BMOooo! BAaaaa!


 負傷した仲間を庇うように前に出た2体に警戒を向けつつ、さらに後退する。


「いい位置にいる」


 怒りをむき出しにこちらを追ってくる3体とつかず離れずの距離を意識してさらに後退。その先にはケンザンコウが一匹その剣山のような体を丸めて眠っていた。


「お、らぁっ」


 ケンザンコウが完全に覚醒しきる前に剣山の一つをがっしりと掴むとこちらを追ってきたオークたちに向かって遠心力を用いて思いっきりぶん投げた。


Pii! BOAaa!? BMOo!?


 甲高い悲鳴をあげながら飛んでいくケンザンコウと慌てて避けようとするオークたち。しかし、肥えた身体が俊敏に動くはずもなく鈍い音とブシュッという血が吹く音を出しながら4体はもみくちゃになって倒れた。


 体勢が大きく崩れたその好機を逃すはずもなく立て直される前に4体とも危なげなく討伐した。


「んー倒せなくはないけど、普段の倍以上時間がかかるな。でも――」


 マスクを調整して迷宮酔いを止める。若干の虚脱感を感じるがそれだけ、普段の副作用よりも断然楽だ。


「いける。この調子なら余裕をもって30層まで攻略できる」


 今回の探索を始める前にスカーレット・シーカーの皆さんと連絡を取ったところ、人数の関係上まだ20層でヌシ討伐に時間を取られて思ったように進めていないと話を聞いている。他の民間上位パーティーも20層の突破に苦戦しているらしいと教えてくれた。自衛隊みたいな国営の探索者は40層付近で探索しているから鉢合わせることも無い。


「タイミングが良かったな。他人と鉢合わせる可能性が少ないってだけで気が楽でいい」


 そこからは戦闘も交えつつ遭遇したいモンスターがいたのでそのモンスターを探していた。迷宮酔いは階段を探すために軽症で使っていたけど、目的のモンスターは小さいから見つけるのに時間がかかってしまった。静かに流れる小川の近くにソイツはいた。


「あ、いた。爆竹蛍バクチクホタル


 爆竹蛍バクチクホタルはその名前の通り、一定以上の刺激を受けると爆竹のような大きな破裂音を出しながら自爆する蛍によく似た虫類種のモンスターだ。刺激とだけ言うと、簡単に自爆しそうに感じるが死に瀕するようなレベルの刺激だから簡単に爆発するわけでもないから踏み潰したりしない限りは自然に爆発することはない。死に際の自爆だからか、威力もこの付近の階層でも通用するレベルの威力を持っている。


 穏やかな性格というか、攻撃性は高くないので嫌われる要素はないように思うが、実はこの辺りまで潜れる探索者にとってはかなり厄介者扱いされているらしい。大きさは蛍より二回りぐらい大きい程度でモンスターとしてみると、かなり小さい部類に入る。


 この大きさが問題で、大きさのせいで討伐しても取れる魔石が少ないし、そもそも自爆されてただでさえ小さい魔石が粉々になって魔石が取れないんだとか。あとは、戦闘中に誤って踏み潰したりするとかなりのダメージを負う上に大きな破裂音で他のモンスターをおびき寄せてしまった事例もあったらしい。


 では、なぜそんな厄介者を探していたのかというと...


「凍結」


 飛ばれないようにそっと手でバクチクホタルを包むと、そのまま球体に閉じ込めるイメージで魔法を使う。氷塊の強度は脆目に調整する。そうするとあっという間にカプセルに閉じ込めたバクチクホタルが完成する。実は、バクチクホタルは簡易的な投擲爆弾にできるのだ。


 このことに気づいたのは先生たちとの依頼中のことだった。バクチクホタルのサンプルを回収しに行った時に一つのサンプルを間違えて潰してしまった。その時に凍結させていたにもかかわらず、自爆が起きたことから今回の簡易投擲爆弾を思いついた。ちなみにバクチクホタルは一個体あたりのサイズが小さいので大目にサンプルを作っていたから問題はなかった。


 なぜ、凍結中にもかかわらず自爆ができたのかは持って帰ったサンプルを先生が研究中なのでよく分かっていないが今回の場合は非常に有益だった。


「マジックポーチがあるから少し多めにストックしておくか。メモには数も記録して...っと、よしそろそろ16層に行くか」


 普段の探索では時間や副作用の関係もあって深くとも15層にとどめていた。16層に降りるのは初めて20層に到達したときと先生たちとサンプルの回収に潜った時ぐらいだ。


 16層からは熱帯雨林のフィールドが広がっている環境の影響も生息してるモンスターもこれまでのどのフィールドとも違う。一人でこの階層の降りるのはこれが初めてになる。油断なく、進もう。

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