第13話 タダより怖いものはない
先生たちが帰国してから数日、当面の目標がAランクを目指すことになったのはいいけど未だに昇格への見込みは立っていなかった。
まず、大前提としてランク査定は3か月に一回行われる。前回のランク査定から大体1ヶ月ほどが経過したわけだから、次の査定は2か月後になる。それまでにやっておかなければならないことは2つ。
一つは、ダンジョンでの最高到達階層の更新。端的に言えば、どんどんダンジョンの奥深くに潜らないといけない。先生から示された目標階層は50層。現段階での最高到達階層が20層であることを考えると、急がないと次の査定に間に合わないだろう。
もう一つは、集団での護衛依頼を受けること。これは護衛対象も探索者側も複数人の依頼が条件とされている。ここで問題になっているのが探索者が複数人という条件。探索者になってからここまで、ソロでダンジョンに潜ってきた自分にはこの条件を満たすことが難しい。
そもそもフリーで探索者を雇うタイプの護衛依頼自体が少ない。大体は新米の頃に唾を付けた探索者と契約を結んで、その後の依頼をその探索者に任せるやり方が多いからな。まぁ、その方が信頼性が高かったり、色々メリットがあるから当たり前の話だ。
「とりあえず護衛依頼は引き続き探すしかない。豊島さんにも協力してもらってるし、期限が近づいても見つからないようだったら助っ人制度とか使えばいいか。まずは最高到達階層の更新に集中するわけなんだけど...」
ダンジョン内に泊まり込みで潜らないと厳しい。
最高到達階層の更新で一番の難所はこれに尽きる。一番の難所である楓さんとみはるの説得にはものすごく骨が折れはしたけど、一応OKは出してくれたからそこはいい。問題は――
「迷宮酔いの副作用がきつい。探索時間が長くなる関係上、必然的に迷宮酔いの状態も長くなる。モンスターもこれまでより強くなるから迷宮酔いの質?も上げなきゃいけないだろうし...普通に潜ったら今度こそ死にそうだな」
とはいえ、避けようがないのも事実。ダンジョンに潜ってる間ずっと息を止めてるわけにもいかないしホントにどうしよう...
ピンポーン
「? なにか頼んでたか?」
頭を悩ませていると、玄関のチャイムが鳴ったので確認してみると荷物が届いた。頼んだ記憶のない荷物に開けずに捨てようかとも思ったけど、差出人の欄に書いてある名前を見て捨てるのはやめた。
差出人の名前はソフィア・G・ロゥクーラ。捨てる気はなくなったけど、同時に開けたくもなくなった。絶対、借りが増えるだろ...
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Side:エフィーネ・テイミー
「ンフフッ♪シオン、今頃喜んでくれてるかな?」
帰国した私たちは急に申請した休暇によってずれ込んだ仕事を消化しながら、次のダンジョンの探索に向けて準備を整えていた。分かってはいたんだけど、帰国してすぐにダンジョン深層まで潜らなきゃいけないとか...はぁ...先生は先生でアイツの世話ばっかり焼いてるし...さすがにこっちに帰ってきてまで贈り物をするとは思わなかった。
「サービスし過ぎです先生。絶対、苦い顔して開けるの渋ってますよアイツ」
「エフィーもシオンのことが分かってきたじゃん?『これ以上借りが増えるのはいやだー』とか思ってるだろうねぇ」
「送ったはいいですけど、アイツが使わない可能性もあるんじゃないですか?その場合とんでもない赤字になっちゃうんですけど...」
妙なところで頑固なやつだから意固地になってもおかしくないんじゃないかと私は思ったんだけど、どうやら先生は違う見解みたい。
「いや、シオンはちゃんと使うと思うよ。日本人らしく謙虚に見せてたけど、その本質はかなり傲慢だからね。現時点でダンジョンで死ぬことなんて欠片も考えてない。じゃなけりゃあ、初査定であんなことにはなるはずないでしょ」
「まぁ、たしかに初のランク査定で実質Aランクなんてイカレてますね」
最高到達階層の更新って言うのは、当たり前だけどそんなに簡単じゃない。新しい環境だったり初見のモンスターに遭遇するってことは一歩間違えば大惨事になる可能性を常に孕んでいる。ただの死にたがりではない、自分が死ぬことを欠片も考慮に入れてない...?先生はそれを油断とかそういうことではなく、無意識な確信としてアイツが持っていると言いたいのだろうか。
「そうそう、たぶん最終的には『その分稼げば問題ないか』って納得しちゃうんだよ。そういう自信があって、それを実現するだけの実力が今の彼にはある」
だとしたら、追い付かれるのは時間の問題...だったりして。
「...目標階層、50層って先生指定してましたけど、60ぐらい行きそうですね。次の査定前に」
「フフッ...もしかしたらもっと深いかもよ?」
さすがに今の段階でそれはないと思いますけど、と口には出してみたけれど僅かな予感が頭の片隅に残っ...いやいやいや!やっぱりない!さすがにそれはないって。だってそれじゃあ、アイツ一人に全世界が負けたことになっちゃうじゃん。
「あーあ、贈り物が届いたときのシオンの顔、直で見たかったなぁ」
先生の残念そうな声が研究所に反響して消えた。
ダンジョンにおける最高到達階層の世界記録:65層
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先生からの郵便物が届いた。気乗りはしなかったけど、タイミング的にダンジョンに関するものだろうし開けない訳にもいかない...というわけで開けてみたら、入っていたのは黒を基調としたガスマスク?のようなものとウェストポーチぐらいのサイズの麻袋、そして手紙だった。
まずは手紙を読んでみる。なんかやたらとアメリカのPRをされたので要約すると、ダンジョンでの長期探索に役立つ物を送ってくれたとのことだった。
一つ目、顔の下半分から首までを追い隠すようなマスク。下顎の付け根ぐらいの位置にごてごてとした円筒形の金属質な筒(調べたら、
なんと、迷宮酔いの原因である迷宮粒子を濾過して迷宮酔いの発症を抑えられるようになるらしい。左耳にあるつまみは調節することによってマスク内の迷宮粒子の割合を大まかに決めるためにあるんだとか。なんのためにあるのかよく分からなかったけど、手紙に詳しい説明があった。
迷宮酔いは普通、発症したら時間経過とともに症状は悪化の一途をたどっていく。それは単純に体内に迷宮粒子を取り込み続けているからだとされているらしい。単純化するなら体内の迷宮粒子の“量”が増えることで重症化する。そこでこのマスクによって体内に取り込む迷宮粒子の量を調節すると...重症化を防げる、と説明されていた。
例えば、ダンジョン内の空気中の迷宮粒子を100とした場合、マスクのつまみを調節して体内に取り込む迷宮粒子を50に調整してみる。すると、迷宮酔いの重症化を遅延できる仕組みのようだ。当然、その場合の迷宮酔いによる強化効果は半分程度にまで落ち着くことになるわけだけど、その分危険な状態に陥るまでの猶予を長くすることができる。
さらには、ダンジョン内であってもマスク内の迷宮粒子を完全にシャットアウトすることで実質的に迷宮酔いを発症せずに探索ができる。現段階では完全な遮断効果は実現できてないらしいけど、他の発症者がダンジョン内で迷宮酔い発症後に可能な限りマスク内の空気を正常に保つと副作用が現れたという結果もある。
要はこれを使えば、ダンジョンを一々脱出しなくても迷宮酔いの副作用が命の危機に瀕する前にリセットできるようになった、ってことだな。もちろん、副作用がなくなるわけじゃないし
「すごくありがたいけど、外堀を埋められてるみたいでなんか...素直に喜べないなぁ」
これだけでも自分の今後の探索者生活において重宝するのに、まだ贈り物がある。
二つ目のウェストポーチサイズの麻袋。薄々分かってはいたことだけど、俗にいうマジックバッグってやつだった。正確には、サイズ的にマジックポーチというらしいけど、性能は一緒だ。というか、送られた奴は現在見つかってるマジックポーチの中でも最高等級レベルの物らしい...わざとですよね?内部の時間遅延機能とかえげつない機能を備えてる。
内部容量も高層マンションがそのまま入るくらいの体積を収納することが可能なんだと。エフィーの模倣創造によるものではない、天然の最高等級遺物。持っている手が震えているのは気のせいじゃない。しかも、既にこのマジックポーチの中にダンジョンでの野営用の道具を入れてくれているという至れり尽くせりでは済まないサービス満点の所業だ。
「...こんな高級品で揃えなくても、もっと身の丈に合った道具を自分で揃えることぐらいできるのに。絶対わざとだろ...」
手紙の最後は「これは私からの厚意だから値段に関しては気にしなくていい。私だと思って大事に使ってね♡」で締めくくれらていた。
「さすがにやり過ぎなんですけど、先生」
手紙越しに声が聞こえてきそうな気の抜けた文言に力が抜けてしまった。裏面に続きが無いことを確認するためにめくってみると、やたらと長い数字の羅列があった。その横にはアルファベットのSによく似た――――
「...............は?」
とんでもない物を押し付けてきやがった。次会った時、手が出ないように気を付けないと。
『追伸:マジックポーチは中に入れた物を取り出す時には取り出したい物を念じながらじゃないと取り出せないからね。慣れるまで苦労するかも。
あと、中身を全部把握するような便利な機能が実装されたものはまだ見つかってないから、何を入れたか忘れないようにメモを一緒に入れておくことをオススメするよ』
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