第12話 有名人

お待たせしました(・ω・;)


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 結局は先生が落ち着きを取り戻す前に不機嫌になったエフィーが先生を引きはがすことになった。ようやく話を進められる...とエフィーには感謝したけど不機嫌そうに睨まれただけだった。


「とりあえずAランクになれ、シオン」


「...とりあえずで随分と無茶を言ってくれますね。一般的な探索者の最高峰ですよ?一応」


 その言葉を聞いて先生は嬉しそうに呆れ口調で詳細を話してくれた。


「自分で一応って言ってるじゃないか...ま、自覚がある通りこの前のランク査定で“本来ならAランクに相当する活躍だった”と言質があるわけだからね。そんなに心配してないよ。

 必要な知識はこれまでのレクチャーで大体教え終わったし、あとは集団での護衛経験さえ積んでしまえば次のランク査定にはAなんざちょちょいのちょい、だよ」


 猶予は3か月か...ソロの自分が集団での護衛依頼を受ける時ってどうすればいいんだろう?豊島さんとかに聞けば教えてもらえるか?後で聞いてみよう。


「とりあえずAランクを目指せばいいんですね?」


「うん、じゃないと話にならないからね。逆にAランクにさえなってくれれば私たちの下へシオンを呼ぶ方便なんていくらでも作れるから。『最年少Aランクの少年に興味が湧いた』とか『将来的な成長を見込んでスカウトした』とか」


 当面の目標はAランクへの昇格。しかし、なぜだろう...?常人であれば見上げてしまいそうなほどに高いその目標を突き付けられても、さほど焦燥感を感じない。


 きっと、慣れてしまったんだろうな。あの「自分に出来ないことはない」と錯覚させてしまうほど強力な全能感に。全てを知覚することができる感覚、溢れこぼれそうな膂力、鋭すぎる思考。


 それらすべてがこの数週間の間に自分にとってダンジョン探索における当たり前になってしまった。あの絶対的力を知ってしまってから、大概のことが些事さじに感じるようになってしまった。


「それともう一つ...出来るだけ深く潜っといて欲しいんだよね」


「具体的には?」


「んー向こうでは50層は当たり前だから最低でもそのぐらいかな。シオンには踏破階層の記録更新に付き合ってもらうつもりだから深ければ深いほどいいよ」


「今の倍以上じゃないですか...」


 これには思わず顔をしかめてしまう。そんな簡単な話じゃないはずなのに「ちょっとそこのコンビニ行ってきて」みたいな感じで言われると困る。


 難易度的な問題だけじゃなくて時間的にも数日かけての泊まり込みになる点も厳しい。数日も家を空けるのは、たとえ楓さんがいたとしても不安だ。


「どうせ妹さんがいるからとかそういう理由でしょ?大家さんに預かってもらえばいいじゃない」


 何でもない風にエフィーがそう言うが、ちょっと待って欲しい。そんなことまで調べたのか...?


「とにかく!お願いねシオン。色々達成したら連絡ちょうだい。そしたらこっちも迎えをよこすように手配するから」


 その後、二言三言会話を交わすと色々と帰国の準備が必要なようで二人は足早にスミダ支部を後にした。



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side:豊島絵里香


「なんか...凄いことになっちゃいましたね」


 今やスミダ支部の稼ぎ頭の一角へと上り詰めた少年と依頼主の会話を応接室の隅で聞いていた私は言葉に出来ない感情にいってもたってもいられずに直属の上司の中条さんにそう声をかけた。


「はぁ...上への報告が大変なことになりそうですよ」


 中条さんはこの後の報告のことを考えて憂鬱そうにため息を吐いた。渦中の3人のうち2人は既に帰国の準備のために既にこの場を後にしてしまった。そして残った大神君はというと...


「あの、豊島さん」


「はい、どうしました?」


 ロビーまでの案内かな?関係者以外立ち入り禁止になっている支部の裏側は部屋も廊下も入り組んでてすごく分かりにくいから、応接室を使うときは受付嬢が案内する決まりになってるんだよね。


 だけど彼の次の言葉は私の予想とは違った。


「ソロ探索者が集団での護衛依頼を受ける場合ってどうすればいいですか?なにか手続きがあったりとか...?」


「あぁ!なるほど、その件ですか...うーん、どうでしょう?そもそもソロ探索者が珍しい、というかほとんどいませんから。少しお時間を貰ってもいいですか?

 大神君がAランクへの昇格条件を満たせるようなその手の依頼を探してみますね」


「わざわざすいません。お手数ですけどお願いします」


 丁寧にお礼を言ってもらえるとこちらとしても仕事にやりがいを感じられていい。探索者をやってる人ってそこら辺が粗雑な人が多いから大神君みたいに礼儀正しい人は自然と応援したくなる。


「ううん、これが仕事ですから。気にしないでください。とりあえずロビーまで案内しましょうか?」


「お願いします。ここ入り組んでて一人だと迷いそうなので」


 うんうん、すっごい分かる。



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 ロビーまで案内すると大神君はすぐにダンジョンに行ってしまった。


 私も自分の仕事に戻って受付としての仕事をこなす傍ら大神君が受けられそうな集団護衛の依頼を探してみるけど...なかなか見つからない。


 まぁ、そもそも護衛依頼自体最近では減ってきてるし、そんな中で追加でソロ探索者を参加させてもいいなんて懐の深い依頼主はそうそういるもんじゃないんだけど。


「うーん、どうしようかな...」


 次に会ったときにいい報告ができそうにないことに眉をしかめていると隣で作業を手伝ってくれていたインターンシップ中の秋穂ちゃんが見かねて声をかけてくれた。


「えぇっと...絵里香さん。なにか悩み事ですか?」


 良家のお嬢様でお嬢様学校にも通ってたらしい彼女はただの質問の言葉ですらどことなく品が感じられるから不思議だ。なんで受付嬢になろうと思ったんだろう?


「うーん、よく換金を担当する探索者の方から相談受けてね。調べてみたんだけどあんまりいい解決策がなさそうなのよね」


「そうなんですか...ちなみにどういう内容かお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「ソロ探索者が集団護衛依頼に参加する方法、かな。Aランクへの昇格条件の一つに集団での護衛経験っていう項目があるからそれ関連で。普通ならあんまり問題にはならないんだけどね」


「もしかして...大神探索者ですか?」


「あー...やっぱり分かるよね、あはは」


 そりゃAランク査定、ソロ探索者とくればもうスミダには大神君しかいないから当然っちゃあ当然なんだけどね。


「凄いですよね!私よりも全然若いのにもうAランク間近だなんて!」


 スミダ支部の人間にとっては大神君は緋色の獣狩りスカーレット・シーカー幻惑の蝶アネステジア・パピヨンなどの民間上位探索者と並んで有名人だ。それはインターン生でも例外ではない。それどころか最近では他支部でも話題に上がることもあるんだとか。


「...秘匿依頼の時にはご迷惑をおかけしてしまったのでいつかちゃんとお詫びをしたいです」


 秋穂ちゃんにとってはそれ以外にも理由があるみたいだけれど。でもそんなに気にしなくていいと思う。誰だって急に目の前にモンスターの死骸を出されたら叫んじゃってもしょうがないもの。


「――その話詳しく聞いてみたいわね」「あ!私も私も!」


 少し会話に夢中になり過ぎてしまったらしい。窓口にはいつの間にか数人の探索者さんの一団が並んでいた。


「あ、申し訳ございません。すぐに準備します!」


 慌てた様子で換金の準備をしようとした秋穂ちゃんを宥めるように手を振る女性。


「気にしないでいいわ。今日は成果も少ないし...それより噂の彼についてお話聞かせてくれる?」


 蠱惑的な笑顔を浮かべてそう質問してきたのはたった今、話題に上がったばかりの幻惑蝶アネステジア・パピヨンのリーダー、胡蝶こちょう 胡桃くるみさんだった。


「お疲れ様です。本日は...LinPプロダクション様からの集団護衛と教練の依頼ですね」


 胡桃さんの後ろで膝に手をついて息を整えている女性たちを見て胡桃さん達が受けている依頼を思い出し、確認の意味を兼ねてそう聞いた。


「えぇ、今日は私と夏羽で護衛についたわ。他のメンバーは16、7層のあたりで探索中のはずよ。もうすぐ――あら、噂をすればってやつかしら?帰って来たわね」


 胡桃さんの視線を辿ると、その先には今しがたダンジョンを脱出してきたアネステジア・パピヨンの残りのメンバーの方々がいました。


「くるみちゃん!なつはちゃん!おつかれさま!」「私たちの方が少し遅かったですか」


「お疲れ様、ほとんど一緒だったから問題ないわ。こっちは4層で訓練をしてたんだけど、そっちはどう?」


「こっちもボチボチだな。やっぱり全員じゃないと、あれ以上先には進めないよ。スカレの奴らに早く追いつきたいんだけどな」


「私も。依頼の延期とかできないの?」


「夏羽?気持ちはわかるけど、一度受けた依頼を後回しにするのはダメよ。パーティーの評判にも関わるし社会人としてもアウトよ」


 夏羽さんも本気じゃなかったのか、胡桃さんの言葉に突っかかるようなことはせずに渋々納得したような表情を見せる。


「最近のあいつらの様子じゃあ、もうちょいかかると思ってたんだけどなぁ」


「そうね。でもしょうがないわ、全員まだ20層が攻略されることはないと思ってこの依頼を受けたのだし...あっちの方が一枚上手だっただけよ」


 アネステジア・パピヨンの皆さんは緋色の獣狩りスカーレット・シーカーの方々と同じくスミダでは民間最上位のパーティーの一つだから、お互いライバル意識みたいなものを持っていたみたい。風の噂ではパーティー結成以前から交流があったとか...先を越されて少し焦ってたりするのかな?無理をしないといいけど...


「それで、くるみちゃんとエリカさんは何を話してたの?」


 紋白もしろ 桃さんの疑問に話が元に戻る。元々は秋穂ちゃんが紫苑くんに謝りたいって話してたのよね。秘匿依頼の時に大騒ぎしちゃったからって。紫苑くんはもう気にしてないと思うから変に気を使う必要はないと思うけど...秋穂ちゃん、生真面目だから気になっちゃうか。


「スカーレット・シーカー繋がりで噂の彼のことよ。秋穂さんが謝りたいことがあるとか」


「あ、あはは...かいつまんでお話しますと...」


 簡単な説明を聞いてもみんな秋穂ちゃんを責めたりはしなかった。そりゃそうだよね、急に目の前にモンスター出されたら驚くのも無理ないもん。


「それは...仕方ないんじゃない?」「うんうん、そんなに気にしなくていいと思う」「ですね」


「実際、相手の方からも何も言われてないんだろ?逆に蒸し返す方が迷惑になるかもな。その辺どうなんだ?」


 木葉名きばな 秋桜あきおさんの視線が私に向けられる。


「気にしてないと思いますよ?最近は依頼の方が忙しかったようですから、もしかしたらもう覚えてないかも...?」


「依頼?それ、スカレの奴らからの?」


「いえ、別件です。詳細をお教えすることはできませんけど」


 そこで秋穂ちゃんの書類の処理が終わって、話が移る。話を切り上げるべきか悩んだんだけど、幸い後ろに他の探索者さんが並んでいるわけでもないし大丈夫かな?


「はい、手間取ってしまってすいません。LinPプロダクション様への連絡はこちらで行っておきますね。SAWSの皆さんも本日もお疲れさまでした」


 秋穂ちゃんの言葉にそれまで会話に入ることもままならずに息を整えていた四人は疲れた様子で返事をした。


「はいぃ...お疲れさまでぅ」「ひぃ...ひぃ...おつかれさまでしたぁ」


「回復遅すぎ。そんなんじゃ、5層以降で話にならないけど?」


 夏羽さんの辛らつな言葉にしゅんとしてしまう四人。夏羽さんは表現がストレートだからなぁ...もう少しオブラートに包んで励ましてあげて欲しい。


「まぁまぁ、まだ訓練は始まったばかりなんだし始めたてなら上出来よ。ごめんなさいね?悪気はないんだけど、夏羽ったら脊髄で会話してるから...」


「はぁ...?人をバカ扱いしないでよ」


「なら、もっと相手を気遣った言葉選びをしなさい」


「ふんっ」


 一見、険悪に見えるけど胡桃さんたちは付き合いが長いからこれが平常運転なのよね。


「あっそうだ!絵里香さん、さっきの件皆さんに相談してみたらどうでしょうか?」


「え?さっきの件って...いやいや、ダメだよっ。もう依頼は始まってるんだから今から追加はなしだよ。紫苑くんも肩身が狭いだろうし」


「さっきの件って...?」


 あーもう、みんなが興味を持っちゃった。ランク査定は個人情報に引っ掛かっちゃうから説明できないし...んーと...


「紫苑くんに集団護衛の経験を積ませたいんです。少人数での護衛経験ならあるんですけど、紫苑くん自身がソロ探索者なことが原因で大人数での護衛の経験がないんですよ。今後、より上位のランクを目指すなら必要な経験ですから」


「なるほどねぇ...そういえばそろそろ査定の時期かしら?彼がいつから探索者を始めたのかは知らないけど、噂になり始めた時期からしてもう終わっててもおかしくないわよね?どうだったの?」


「それが、凄いんですよ!なんと――んぐっ」


 興奮気味に教えようとした秋穂ちゃんの口を慌ててふさぐ。秋穂ちゃん!?それダメなやつだから!


「ははっその様子ならもう査定自体は済んでるみたいだな。しかも相当いい感じだったらしい」


「あんまりイジメないで上げてください。探索者の皆さんの個人情報が漏れたなんて話になったら大事なんですから」


 脳裏に瑞穂ちゃんが一瞬過ぎったけど、今は頭から追い出す。とりあえず話題をずらさなきゃ。


「ソロ探索者を集団での護衛依頼に追加する方法...皆さんは何か思い当たるものはないですか?」


「探索証の機能の一つにそういうものがなかったかしら?それで臨時メンバーに募集をかけてみるとか?」


「フリークエスト、ですね。うーん...それは私も考えたんですけど、できれば私の方でしっかり精査してからちゃんとした人たちをつけてあげたいと思ってて...皆さんどうかしました?」


 話を聞いてくれていたアネステジア・パピヨンの皆さんの顔が少し困ったような表情に変わったのを見て、首を傾げていると夏羽さんから思いもよらない言葉を貰うことになった。


「過保護過ぎでしょ」


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