第11話 絆され


 力試しに遺物をけしかけられたと思ったら、よく分からないうちに好感度が上がってた。


 ...人間本当に困惑した時は思考が止まるらしい。普段の数倍以上に鋭い思考でもそうなのだから、世の中の真理だと思う。


「それで、迷宮酔いの実験?レクチャー?はどうなったんですか?こんなにすぐに勝敗が決したんじゃ理解も何もないとは思いますけど...」


 実際に自分の限界値を知りたいのならもう少しの骨のあるのを準備して欲しかった。言外にそう言ってみるがどうやら二人は今の一瞬の攻防ですらなにか分かることがあったらしい。


「いやーごめんね。まさかこんな瞬殺だとは思わないじゃん。その人形の元になったのって37層のモンスターなんだもん」


「...は?」


 37層...?ずっと先の階層じゃないか。いや、というかそんな深いところのモンスターをけしかけてきたのか...


「そんな顔しないでよ。苦戦する相手ぐらいの方がデータがたくさん取れると思ったんだよ」


「いや、殺すつもりで行くって言ってたのにその言い訳は苦しくないですか?」


「アッハッハ、ホントに殺すわけないじゃんか。流石に国際問題になりかねないって...シオンはもう少しジョークの勉強をした方がいいかもね?」


「要りませんよ。そんな無駄なもの」


 なんだか、気が抜けてしまった。はぁ...結局具体的に何か分かったわけでもないし、副作用が辛くなっただけじゃないか。


 吹っ飛んだ青銅人形の様子を確認しに行っていたエフィーが戻ってきた後は予定時刻より少し早かったけどそのままダンジョンを後にした...案の定、副作用は20層踏破時以来の最悪だった。



#####



 その翌日以降も指名依頼は続いた。先生の魔性の糸アリアドネでサンプルを捕縛した後に凍結魔法を使うだけの単調な仕事は階層が深くなるごとに移動時間が延びる以外は特に気にするようなものはなかった。


 一日の上限は3体。種ごと個体ごとに身体の大きさには幅があるけれど3体が現状の限界値らしい。


 サンプルを確保した後は、脱出予定時刻まで迷宮酔いの検証のために青銅人形ブロンズ・ドールと模擬戦(壊さない程度)を行ったり、感覚器官にまつわるテストをしてみたり...その他にはランク査定時に昇格できなかった要因の幾つかについて教えてもらった。


 階層毎の地図マップ作成や彼女たちの経験を含めて集団での護衛時に気を付けなければいけないこと、ダンジョン内の自然環境から採取した物の活用方法、モンスターごとの解体のコツなど。


 正直、指名依頼の方よりも遥かにこちらの方が重要だった。彼女たちの膨大な知識量からは学ぶことが多すぎて探索時間があっとう言う間に過ぎ去っていくように感じたほどだ。


 新しい技術の取得に伴って装備にも若干の変更があったし、最初は渋っていたけれどこの依頼を受けてよかった。唯一欠点を上げるとすれば、ダンジョン脱出後の副作用が毎度毎度キツかったことぐらいだろう。


 何度経験しようがいくら事前に心構えを決めようが全く慣れる気配もなく...それどころか徐々になにか、見えない淀みのようなものが精神に沈殿しているのではないかと疑ってしまうほどにじわじわと摩耗していく感覚がある。


 まぁ、そうは言っても今はまだ考慮にも値しないような小さな淀みだ。この有意義な依頼も今日で終わるからこれ以上酷くなることはないだろうし気にしなくてもいいかな。


 依頼報酬も破格だったし、みはるの学費に関しても少し希望が見えてきた。この調子なら近いうちに金銭面での心配は解消できるかも。そうなったら今まで我慢させてた分、わがままを聞かせて欲しいな。


 最後の依頼を終え、ダンジョンを脱出する。副作用に呻いている間にエフィーが諸々の手続きを終わらせてくれており、体調が回復に向かう頃には久しぶりに応接室へと3人で案内されていた。


 案内されると前回と同じように豊島さんとその上司の中条さんも室内の隅に立ってこちらの様子を見守る姿勢を見せた。


 ここまで先延ばしにしていた最後の問題にこれから取り掛からなくてはいけないと思うと少々気が滅入る...これが終われば少し長めに休みを取ろうかな。依頼のせいで休みが少なかったし...あぁ、でも虎鉄さんからの依頼が後回しになってたっけ。まずはそれを片付けないと。


 先生とエフィーが座るソファの目の前のソファに向かい合うようにして座った。


「まずは依頼達成ご苦労さま。報酬はすでに振り込まれているから後で確認してくれよ」


「分かりました」


「どうだった?今回の依頼は?」


「報酬もよかったですし、お二人には色んな事を教えてもらいましたから有意義な時間だったと思ってます」


「うん、そうだろうそうだろう。それじゃあここからが本題――」


 それまでの飄々とした雰囲気から一変、有無を言わせぬ物言いで先生はこう続けた。


「――私と来い、シオン」



#####



 重苦しい雰囲気が漂い始めた応接室、そこから数日前に時間をさかのぼる。


 依頼のない休日の昼過ぎ、普段なら足を運ぶことのないチェーンの喫茶店に意外な人物からの呼び出しを受けて来ていた。


「いらっしゃいませ」


 本来は平日ということもあり店内は少しの客だけが入った閑散とした様相を呈していたため目的の人物はすぐに見つかった。


 そちらに足を進めると向こうもこちらに気づいたようでPCでの作業を中断してこちらに視線をよこした。


「わざわざ呼び出して悪かったわね」


「いえ、大事な話とのことでしたので」


 そこにいたのはソフィア・G・ロゥクーラの助手、エフィーだった。注文を適当に済ませて向かい合うように席に着く。しばらくの沈黙の後、注文が届いて店員が離れるのを確認してからエフィーは口を開いた。


「早速だけど単刀直入に。あんたアメリカに来るつもりはないのよね?」


 それは期待を込めた質問というよりも単なる事実確認のために聞いただけだと、聞く者にも分かりやすい淡々とした口調で聞かれる。


「ですね。家族を残してっていうのはあり得ないです。かといって全員で移住するというのも現実的じゃないですから」


「ま、そうよね。でも先生はあんたを諦めるつもりはないわ。それはあんた自身感じ取れていると思うけれど?」


 その発言に思い当たる節があったため否定することはできない。


「色々教えてもらってますからね。ただの善意じゃないことぐらいは流石に気づきますよ」


 相手がうなずくのを確認して自分の見当が当たっていたことに小さくため息を吐く。


 ここ最近続いている指名依頼をこなす中で、多少なりとも二人の人間性については見当がつくようになってきた。だからこそ分かることだけど、先生は非常に合理的な人間だ。よく言えば効率的、悪く言えば遊びがない。


 そんな人間が自分の時間を削ってまで他者の世話をする。地図作成やモンスター解体などの雑事から自らの研究の結果手に入れた貴重なデータ(無論、全部ではないけれど...)まで他者に提供する。


 合理主義の人間にはあり得ない...とまでは言い切れないかもしれないけれど可能性としては非常に稀だと思う。


 ではなぜそんなことをするのか?


 なぜちっぽけな極東の島国のガキに自分の時間を削ってまでアドバイスをするのか。


 答えは明白だ。自分にメリットがあるから。自分の時間を削るよりも大きなメリットを見出しているからこそ自分なんかにアドアイスを送る。


 そしてそのメリットはこれまでの彼女の行動から容易に推測することができる。


「依頼完了まで残り数日。依頼終了日に先生はもう一度あんたをスカウトする。正真正銘の最後通牒よ。断る手段はないわ」


「もし、断ったら...?」


 その質問に彼女は首を振った。


「前提を間違ってる。そもそも断るという選択肢が用意されてないのよ。多分、あんたがスカウトを渋ったらこれまでのアドバイスに値段でもつけ始めるんじゃない?」


 そんな馬鹿な、とは言い切れないんだろうなぁ。


 ダンジョン研究の第一人者、ダンジョンに関わる人間にとってその肩書はあまりにも偉大過ぎる。理不尽な依怙贔屓ぐらい彼女のためなら多くの人間が躊躇しないということだろう。


 エフィーの推測が正しいとして、問題は自分には対処のしようがないということだ。


 もうすでに自分はそのを聞いてしまっているし、情報の希少性の整理ができない。どの情報が貴重なのか、どの情報が機密なのか、それらは大して重要ではない情報の中に混ぜられることで玉石混交となってしまった。


「いくらぐらいになると思いますか?」


「呆れた。さっさと諦めればいいのに...少なくとも今のアンタには払えないわよ。そうじゃないと吹っ掛ける意味がないんだから」


「ですよね...さて、どうするか」


 既に詰んでいるわけだけどどうにかして打開策を考えないと...このまま流されるわけにはいかないからな。


「...話変わるんだけど、あんた海外旅行ってしたことある?」


「ほんとに脱線しましたね...ないですよ。そんな余裕」


 なにか策を考えようとしてるときに雑音ノイズを混ぜないで欲しい。


「そうよね。今も余裕はないの?」


「あるわけないでしょう?日常生活で手一杯ですよ」


 意図が読めない。この人も先生と同じで無駄話は嫌いだったと記憶しているけど...


「ふーん...私には関係ないけどさ、たまには家族に孝行してあげたら?」


「用が終わったなら帰ります。それでは――」


「待ちなさい」


 無駄話に嫌気がさして席を立とうとすると明確な拒絶の言葉が飛んでくる。ツリ目気味な瞳が真っ直ぐにこちらを射抜く。その視線に諭されて席に座りなおした。


「話は変わるけど、先生は将来的に一つのパーティーを結成したいらしいわ」


 また、話が変わる。


「パーティーですか...」


「そ、世界中の探索者から最も優秀な者たちで構成された世界最強のパーティー。世界の誰よりも早く新しい景色を見に行くために」


 先生にしては子供っぽい夢に感じる。あの人も人間なんだな...それはそうと夢物語が過ぎる気はするけど。


「いや、流石に無理でしょう。現時点で各国の探索者の上位を占めてるのは9割9分国営の探索者じゃないですか。彼らの勧誘なんて国に喧嘩売ってるようなもんじゃないですか。

 引き抜かれる側にも大きなリスクですし、いくら先生でもその夢についていく人間は限られるはずです」


「普段から組むわけじゃないらしいわ。臨時パーティーとして一時的に集まってもらって、普段はそれぞれの国で活躍してもらうとかなんとか...まぁ、先生の中でもまだはっきりと定まったアイデアではないらしいから詳しくは聞いてないけどね」


 話が脱線しすぎだ。結局、彼女は何が言いたいのだろうか?視線でなにかを伝えようとしているのはかろうじて分かったが肝心の内容が分からない。


「はぁ...」


 意図が伝わってないことに彼女はため息を吐く。


「ちなみに私があんたを呼び出してこの話をしていることを先生は知ってるわ」


 その一言でバラバラだった思考が一つに重なった。脱線した話も無駄話ではなかったようだ。


「なるほど...え?でもそれでいいんですか?」


「あんたが頑固すぎて先生が折れたのよ!まったく...なんでこんなのにご執心なんだか。まぁ、探索者として優秀なのは理解できるけれど...」


 海外旅行...最強のパーティー...臨時...


 彼女の話は無駄話ではなかったようだ。ようやく彼女の言いたいことが分かった。先生の考えも。


「とにかく今日の話はこれで終わり。依頼終了日までに家族を説得しておきなさい。最大限フォローはするって先生も言ってたから」


「無茶言いますね」


「お互い様でしょ」


 そうしてその日の話し合いそこで幕を下ろした。



#####



「あなたの下につくことはできません」


 自分の言葉に大層残念そうに先生は目を伏せた。


「...そうかい。なら――「ですが」


「自分の力が必要であればあなたが求める限りは力をお貸しします」


 話を遮って続けた言葉に先生は伏せていた目を再び自分の方へと向けてくれた。


「エフィーから聞きました。先生らしくない荒唐無稽な夢があるそうですね」


 クソ生意気な物言いにも彼女は怒ったりしない。むしろその先に続く言葉に期待していることがまる分かりの表情でじっとこちらを見つめている。


「未熟ではありますがあなたには貸しがあるので。望まれる限りはその夢に付き合いますよ」


「シオンッ!」


「むぐっ」


 まさかここまで感情をあらわにするとは思わなかったので回避に失敗してしまった。しばらく離してくれそうにないのでされるがままにしておいて現状を少し整理してみる。


 端的に言うと、臨時パーティーの一員として先生に協力する形を取ったということだ。あの時エフィーが話してくれたのは自分をこの答えに辿り着かせるためだったわけだ。


 たしかに、これなら普段は日本にいても問題ないし、呼ばれたときに向かう以外は自由に探索者として活動できる。


 まぁ、長期間家を空けることには変わりないだろうけど、こちらが望めば家族も一緒に連れていけるみたいだし、その時が来たら二人には初の海外旅行を満喫してもらおうと思う。


 もちろん懸念点はいくつもあって、そのうち最も大きな障害の一つは先生の夢である世界最強のパーティーにふさわしいだけの実力を自分がまだ持っていないこと。


 そのパーティーの一員にふさわしいだけの実力が今の自分にあるのかと言われれば子供の戯言でしかないわけで。「力を貸す」なんて上から目線で言ったものの、まずは先生にとって有益な存在になるために尽力しなければいけない。


 ...まぁ十中八九、迷宮酔い頼りになるだろうけど、しょうがない。使えるものは使い潰せばいい。


 とにもかくにも先生が落ち着いたら今後の詳細な計画を語ってくれるはずだからそれを聞いて自分の仕事をこなせばいい...早く放してくれないですかね?


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