第10話 私のけもの
「お、いたいた」
エフィーの使い魔によって見つかった今回の
円盤のような物体を前腕部に取り付けるとそのまま標的に向けて手を伸ばす。
「
簡素に呟かれたその言葉にまるで呼応するかのように円盤から糸が射出された。
「...糸?」
小さな疑問の呟きへの返答は言葉ではなく行動で表された。
変幻自在
まるで自我を持っているかのように樹々を避けながらゴブリンたちへと向かっていく糸は足元まで接近すると、急激に細くなって視認性を劇的に低下させ呆けたように未だこちらに気づいていないゴブリンたちの体へと次々に巻かれていく。
身体に糸が巻かれているというのにまるで気づいた様子のないゴブリン。接近の足音によって気づいた奴らが動き出そうとした時にはすでに終わっていた。
「はいはい、動かないでねー」
周囲の樹を巻き込んで巨大な
「それじゃ、ちゃちゃっとやって見せてよ」
「分かりました。ところでこの糸触っても大丈夫ですか?」
「うん、今は特になんの特性も付与してないから触っても大丈夫」
特性の付与...?よく分からないがこれも遺物の類なのだろう。それはともかく手早く依頼を完了させるためにゴブリンたちのもとへ近づいていく。
近づいてくるこちらに対して睨みつけるか吠えるぐらいしか出来ないようで特に危険は感じない。油断はしないけど。
事前に決めていた通り浮き出た肋骨の下あたりを鉈で浅く斬りつけて傷を作ると、傷に手を当てて凍結魔法を使った。
「凍結」
傷口から零れる血液を伝って肉体が徐々に凍り付いていくのが鋭敏化した感覚によってわかる。血液、血管、臓器、神経、筋繊維など浸透していく魔法は内側すべてに凍み込むと外側にその力を向け始める。
皮膚表面に至るまでおおよそ5分をかけて取りこぼしのないように丁寧に氷漬けにしていく。集中力を保つために閉じていた眼を開くと目の前には氷像のように全体を霜で覆われたサンプルが一つできあがっていた。
「うん、いいね」「これならサンプルとしての価値は十分ですね」
その様子を間近で見ていた二人からの評価も上々のようだ。すぐさま隣のゴブリンのもとへと視線をやれば、これから自分の辿る末路を悟ったのかこちらを恐怖に歪んだ2対の目で見つめていた。
ただ淡々と氷像を作るだけの簡単な仕事はそれから約10分後には終わっていた。
「凍結」
#####
「こんなに綺麗にサンプルを作製できるのかぁ...うん、やっぱり直接来た甲斐があったよ。このサンプルの価値は専門家にしか分からないだろうから。
ありがとねシオン、これからもこの調子で頼むよ」
つんつんと氷像になったサンプルを指でつつきながらその出来栄えに感心したように声を漏らす先生を見てとりあえず今後も依頼をこなすことができそうで安心する。依頼報酬が結構破格だったから続けられるのは正直助かる。
「それで調子の方はどうなの?」
エフィーからそう言われたけど迷宮酔いの最中は魔法を発動した際の精神的疲労はほとんどないため自分でもよく分からない。確認するには一度ダンジョンを脱出する必要がある。
「ダンジョン脱出まではなんとも...ただこれまでの経験からするとこれ以上は使いたくないですね。ホントに死にそうになるので」
「あぁ、そっか。魔法に関しても魔力の前借りみたいな感じになるのね。副作用と一緒に魔法使用後の倦怠感がいっぺんに来る感じか」
「魔力ってやっぱりあるんですか?」
「うん、あるよ」
それまではっきりと聞いたことが無かった単語。“魔力”というものについて聞いてみると一通りサンプルを眺めて満足した先生が腰に下げていた袋を取り出しながら会話に参加してくる。
「といっても現状では多分あるだろう、って感じかな。探索者が魔法を使った後に倦怠感を感じることは周知の事実だし、ゲームとかでよく見る
「...先生達でも魔力を具体的には感じ取れないんですか?」
「具体的に、か...私たちにも無理だね。一応一人だけ心当たりはあるよ」
「...彼女ですか。でも彼女の話は要領を得ないんですよね...」
その一人に当然助手のエフィーも心当たりがあるようだけど、その表情は苦々しいものだった。
「あはは、まぁ不思議ちゃんだよねぇ」
「その人って...」
「シオン、君と同じ迷宮酔いの発症者だよ。そして...現状唯一の一年以上の生還者でもある」
#####
雑談もそこそこにサンプルの回収作業に移る。サンプルを作ったはいいがどうやって運ぶのかと疑問に思っていると、腰につけていた革袋を取り出して二人で協力して袋の口を思いっきり横に広げていた。
あまりにも思いっきり広がっているので最初に見たときはギョッとしてしまったけど、どうやらその革袋も遺物のようでいつかの指名依頼の時に貸し出された
ちなみにあの時貸し出されたアイテムボックスはエフィーの
じゃあ、ずっとそうすればいいじゃないかと思ったけど、どうやらそう上手くはいかないようで...色々複雑な手順が必要だったり時間もコストもバカにならないんだとか。
そんな風に雑談をしながら人気のない階層を求めて下へと降りていく。どうやら人気のない場所を探していたようで無人の空き地探しは13層まで続いた。
「それじゃあ夕方まではここでシオンの迷宮酔いについてちょっとレクチャーしていこっか」
「研究の間違いじゃないですか?」
「フフン♪そうとも言う」
自分の方に
「とはいえ、私たちは罹患者ではないからね。実戦形式でやった方が効率がいいだろう。と、いうわけで...エフィー頼んだ」
「はい、先生。“型”はどうしますか?」
「うーん、とりあえずイーグルでいってみようか」
その言葉に頷いたエフィーが
鎮座した鷲の像を見て説明を求めようと先生の方を向くとこちらの意図を察して解説してくれた。
「
モデルとなったモンスターの危険度によって理解できる指示の複雑さも変わってきたりとか色々面白い機能があるんだけど...ま、それはまた今度かな。今からエフィーがコイツをけしかけるからシオンはコイツを倒すこと」
「壊した場合はどうなりますか?」
賠償請求なんてされたらたまったもんじゃない。だからこの確認はすごく大事だろう。
「ふーん...?自信、あるんだ?いいよ、壊しても大丈夫」
「それじゃ、はじめましょうかシオン。言っとくけど殺す気でけしかけるから」
...その発言に嘘はないのだろう。というか、言われなくてもそんなことは分かっていたと思う。
こちらに向けられる視線が雄弁に物語っている。
でも、それだけだ。その視線の意味は解ってもこれから襲い来る隣の像には1ミリたりとも危機感が湧かなかった。
距離をとる。約5m。
今の自分なら一足飛びに縮められる程度の距離だ。
深く息を吸う。
それだけ。
たったそれだけの動作で一瞬前の自分すら置いてけぼりにするほど強くなれる。
...なるほど、たしかに先生の言う通りこれは呪いだ。
こんな感覚味わってしまったらもう元になんて戻れない。
元から戻る気なんてなかったかもしれないが。
羽のように軽い身体が
木の葉の擦れる音さえ拾う鋭い五感が
透き通った思考が
満ち溢れ零れ落ちそうなほどに高まった膂力が
収まっている身体を突き破ってしまいそうだ。
ぐつぐつぐつぐつ煮えたぎって噴火寸前の火山みたい。
「起動」
目の前で青銅の鷲が翼を広げこちらを標的に見据える。
さぁ、来るぞ
「はj――」
鼓膜が音を拾うと同時、足元の地面が爆ぜた。いや、爆ぜさせたと言った方がいいかもしれない。
一息つく暇すら与えずに青銅の鷲の眼前へと迫る。
意思のない銅像に感情なんてあるはずもなく、無表情のまま戦闘態勢に移行しようとするそいつの横っ面を全力で殴りつけた。
硬いものと硬いものが響くような硬質な音が反響する。
そしてその後、樹がへし折れた轟音とともに頭部を半壊させられた青銅の鷲はピクリとも動かなくなった。
#####
side:ソフィア・G・ロゥクーラ
轟音、轟音、轟音
その戦闘を端的に表現するならその3つで事足りるだろう。
戦闘開始前、5mの距離を空けて向かい合った
エフィーがイーグル起動の準備をしてシオンも準備万端、後は合図を待つだけの状態。
正直なところ、苦戦すると思ってたよ。
ブロンズ・ドールは発見した階層に生息するモンスターを真似て作られる。そして実際のモンスターとも遜色無い能力を有する。
イーグルのもとになったモンスターはアメリカのテキサス州にあるダンジョンの37層に生息する
風に属する魔法を多用する大鷲で階層に見合っただけの身体能力を有し、生え変わりの激しい羽毛を遠距離攻撃の手段にすることもある。
名前の由来通りに突風のような速度で飛行できるほどの飛行能力もある。遠距離攻撃の手段に乏しいシオンの天敵だろう、と。
それがどうだ。始めの合図を告げた瞬間に勝負は決着した。
地面が爆ぜるほどの勢いで接近し、反応することも許さない頭部への強打。しかも青銅を砕くほどの強打だ。見たところ攻撃したシオンの右拳も無事ではないようだが、それを表情に出すこともない...痛みへの耐性も上々だ。
「最高かよ」
現時点での到達階層から見たら圧倒的格上。それを全く感じさせない圧倒的戦闘力。
「骨董品探すくらいの感じで来ただけなのになぁ...」
掘り出し物を探すぐらいの軽い気持ちで日本に来たのだ。特に期待してたわけではなく、ちょっとでもお眼鏡にかなえばいいなぐらいの将来的な打算込みでの完全な休暇気分だった。
実際にふたを開けてみればどうだ?
期待を裏切られた。
もちろん、いい意味で。最高だった。
例えるなら、いつもは行かない少し離れた個人経営のレストランに気分で足を運んでみたら完全に自分好みの最高な料理に出会ってしまったかのような衝撃。
もうこれ運命の出会いだろ。
手元に置いておきたい。手放したくない。
当たり前の感情だろう?誰だってそうするんだ。私だってそうするさ。
だから私が思わず抱きしめちゃったのだって別に何もおかしなことじゃないのさ。
「絶対私のものにするから」
自分でもドン引くぐらい甘ったるい声で愛猫にでも話しかけるように私はそう言った。
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