第9話 世界トップレベルの探索者


 普段通りにスミダ支部へと向かうと、普段とは違って窓口にいた豊島さんに応接室へと案内される。

一言二言、言葉を交わしながら案内された応接室の扉をくぐると中にはここ数日で見慣れた二人組の姿があった。


 二人とも人目を引く端麗な容姿の女性だ。


 一人は腰まで伸びた真っ白な髪を重力に逆らうことなく靡かせながら鮮血を思わせる真っ赤な瞳でこちらを嬉しそうに見つめている。

 少しくたびれた白衣を纏ったその姿は研究者然としていてとても今からダンジョンに行くとは思えない。白衣の内側もいたって普通のカッターシャツにスーツを連想させるレディースのパンツを履いている。


 もう一人は正反対に嫌悪感を隠しきれない表情でこちらを睨んでいる。そのつり上がった瞳からは勝気な雰囲気が伝わってくる。

 ブロンドの髪は動きやすいように束ねられており、身に纏うのはライダースーツとパワードスーツを足して2で割ったような機動性が重視されたものだった。


「や、シオン。今日は絶好の探索日和だねぇ」


「おはようございます」


「うん、おはよ」「...ふん」


 無難な挨拶をすると、先生は軽く返してくれたがテイミー助手はなにが気に食わないのか鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。


「とりあえず装備に着替えておいでよ。そしたら軽く今日の段取りを確認してさっさと潜ろう」


「大神君、こっちです」


 応接室の隣室に通されたので手早く普段の装備に着替える。動きやすいジャージの腰のあたりに多機能ベルトを巻くと右手に鉈を左手に斧を持てるように持ち手が横になるように調整して腰に装備する。右の太ももに沿うようにハンマーを引っ掛け迷宮時計が正常に動いていることを確認する。

 素材や魔石を回収するためのナップザックを肩にかけて迷彩蜥蜴の外套を羽織れば準備完了だ。


 不備が無いことを確認して応接室に戻ると三人の目が一斉にこちらに向けられた。


「ヒュー♪いいじゃん、さまになってるねシオン」


「...まぁ、流石に民間最高記録を更新した最年少なだけありますか」


「はぁ、ありがとうございます。ところで探索に持っていかない荷物を置くためにロッカーに行ってもいいですか?」


「あ、それはこちらでお預かりします。帰還後も今のように応接室に案内することになると思うので」


 そう言って荷物を受け取ろうとする豊島さん。他人に荷物を預けることに抵抗がないわけではないけど文句を言っても仕方がないか、そう開き直って荷物を預けた。


 それを見て早速と言わんばかりに先生が話し始めた。


「それじゃ、依頼の確認ね。依頼内容はモンスターの生態調査。といってもどこぞの動物番組みたいにカメラ回して一日中モンスターの後を追っかけるような効率の悪いことはしない。それは別口でやってもらってるから私たちがするのは解剖が出来るサンプルの入手だ。そこで必要になるのが――」


「凍結魔法、ですか」


「うん、その通り。そういうモンスターを傷つけずに無効化する手段って遺物とか含めてもあんまりないからね。私たちみたいな研究者からしたら喉から手が出るほど欲しいものだね」


 そう言うと先生は妖しげな目つきでこちらを見つめてくる。どうやらまだスカウトを諦めていないようだ。


「しかし、以前にも言いましたけどダンジョン内に生息するモンスターを全て、それも各種10体ずつというのはかなりの時間を必要とします。副作用も怖いですし、もしこき使われるようなら自分はすぐにこの依頼を降りるつもりなので」


「依頼の途中破棄は重大な違反行為だよ?協会からの信頼もがた落ちするけど...それでも?」


「それでもです。ボロ雑巾みたいに使い捨てられて死にたくはないので」


 どこか試すように挑発的な口調で疑問を呈す先生にこちらも皮肉で返す。別に誰かに認められるために探索者をやっているわけではないので全く問題ない。


「頑固だなぁ...ま、昨日の様子じゃあんまり無理はさせられないって分かってたし、こっちも少し欲張りすぎてたからね。反省反省。とりあえず幻想種中心で見ていきたいと思ってるから今日はゴブを3体頼むよ。その後はシオンの様子を見て迷宮酔いについて調べながらゆっくり散歩でもしながら帰ってこよう」


 散歩って...でもその軽い調子から冗談とも言い切れない。


 実際、世界でもトップレベルの探索者であることには変わりないわけで。浅い階層はもはや近所に散歩に行くのと変わらないのだろう。


「...そういえば休暇で来日してるって言ってましたけどいつまでこっちにいるんですか?」


「お?なになに?いつまで一緒にいられるか考えて寂しくなっちゃったの?」


「...」


「ふふっ冗談だよ冗談。そんなしかめっ面でこっち見ても可愛いだけだゾー」


 こちらの頭を撫でようと近づいてくる右手を軽くはたき落とす。

 一体なにが楽しいのか、短い付き合いでもわかる程度にはテンションが高い。なにかいいことでもあったんだろうか?


「それでいつまでこっちにいるんですか?」


 埒が明かないのでテイミーさんの方に聞いてみる。


「それが...昨晩急に長期休暇の申請をし始めて...今はその申請待ちの状態です。本来は後2,3日で終わる予定でしたけど申請が通って長期休暇となると一か月ぐらいは延長されるでしょうね」


「...は?」


「いぇーい!久しぶりの休暇だぁーい!」


 そんなに簡単に長期休暇が取れるものなんだろうか?


「そんな簡単に休んで大丈夫なんですか?」


「大丈夫なわけないでしょ。先生がいないと進まないプロジェクトがいくつかあるし、帰国したらすぐに国営探索者達と合同で最高到達階層の更新予定もあったのに...先生が申請出した後に私にかかってきた上からの電話でどれだけ私が怒られたことか...それもこれも全部あなたのせいよ!」


「いや、それは流石に八つ当たりでしょうに」


 よっぽどその時の電話が堪えたのか取り繕っていた丁寧な口調が剥がれて敵意むき出しでそう言われた。


「八つ当たりじゃないわよ!あなたがさっさとスカウト喜んで受け入れてたら今頃日本でバカンスを満喫できてたのに...ていうかわざわざ先生が自ら足を運んでくださってるっていうのになんで断ってんのよ!感謝に打ち震えて跪いて受け入れるべきでしょ!」


 これ以上取り繕うのは無理だと悟ったのか、これまでの鬱憤を晴らすかのようにマシンガンのような勢いで次々と不満が飛んでくる。

豊島さんも口には出していないがびっくりしているようで目を丸くしている。


「フーッ...フーッ...」


「まぁまぁエフィー落ち着いて。ほら、説明も終わったし続きはダンジョンでやろう。早くしないとせっかく早起きして人気の少ない時間帯を選んだ意味がなくなってしまうからね」


 不完全燃焼、といった表情のテイミーさんだったが先生の言葉に多少は落ち着きを取り戻したのか促されるままにダンジョンへ向かった。もちろん自分も。


 応接室を出る時に豊島さんから同情したような視線が向けられて、思わずため息を吐きそうになったが寸でのところで留める。また、喧嘩腰で来られるとめんどくさいからな。



#####



 道中のモンスターに一切目を向けることなく辿り着いたのは5層。ひとまずゴブリンの痕跡を探そうと周囲に視線をやっていると――


「じゃ、エフィーお願いね」


「分かりました。手ごろなのがいるといいんですけど...」


 そう言うと、テイミーさんは首に下げていたペンダントのようなものに手を伸ばす。そのまま目を閉じて数秒もすると、突如手にしているペンダントが輝きだし一瞬鋭く光ったかと思うとテイミーさんの目の前に手のひらサイズの紫紺色の蝶が現れた。


「じゃ、お願いね」


 テイミーさんがそう呟くと蝶はひらひらと羽ばたきながら樹々の間をすり抜けてあっというまに見えなくなってしまった。


「...遺物ですか」


 突然の光景に少し唖然としてしまったが十中八九遺物の類だろう。


「あれは使い魔の刻印っていう遺物の一種でね。一つの刻印につき一種類の使い魔を呼び出すことが出来る遺物だよ」


「そういう遺物もあるんですね」


「ま、必ずしもペンダントの形をしてるって訳じゃないからね。ほら、協会で魔石の鑑定に使われてる測り知る者オクルス。あれと同じでカテゴリとしては同じだけど姿かたちが違う種類が存在するタイプなんだよ」


「便利ですね。あの蝶はモンスターとして実際に存在してるんですか?」


「ん、いい質問だね。現状では見つかってはいないかな。ただ、他の刻印の使い魔の中にはモンスターとしてダンジョンに生息しているのもいるからまだ発見されてないだけで使い魔として呼び出されるのは全部モンスターだと仮設が立てられてる」


 使い魔の刻印...単純に戦力が増えるのは強いと思うし、便利な遺物もあるもんだな。

なんて物思いにふけっていると先生から声をかけられる。


「とりあえずエフィーの使い魔が索敵を終えるまでにシオンは迷宮酔いの状態になって欲しいんだけど」


「そう言われましてもいつも時間が経ったら勝手になってるのでこちらから意識してなったことはないんですけど...」


「あーそっか...迷宮酔い発症の要因はダンジョン内に満ちている迷宮粒子っていう物質でね。その迷宮粒子が一定以上体内に取り込まれたときに迷宮粒子に対して免疫力が異常に低い人間に発症する症状だから...深呼吸でもしてみたらすぐなれるんじゃない?」


 そんな適当な...と思いながらも他に案があるわけでもないので取り敢えず試してみると...


「...まさかホントにすぐなれるとは」


「まさかだねぇ」


 本当にすぐに迷宮酔いが発症してしまった。


 そんなバカなと思ってしまうけど、冴えわたる思考が、階層全体を俯瞰しているかのように知覚できる圧倒的情報量が、身体中に満ちる全能感が、今の自分の状態を明確に表している。


「いや、流石に発症が早すぎる。異常だな」


「ですね。よっぽど迷宮粒子に対して免疫力が低いんでしょう」


 装備のチェックをしている先生と左目を抑えているテイミーさんの二人から呆れたような驚いたような...まさに何とも言えない、といった表情を向けられた。


「ていうかテイミーさんは――」


「エフィーでいいわ。今更言葉を取り繕うのは止めましょ。敬語とか丁寧な表現とか効率悪いし」


「あ、ついでに私もそうして欲しいな。堅苦しいの苦手なんだよね」


「...名前は分かりました。でも丁寧語は癖なのでこのままでいかせてもらいます。それでエフィーはなぜ左目を抑えてるんですか?」


「まぁいいわ...これはさっきの使い魔と視覚を共有してるの。使い魔とその契約者は一部の感覚を共有できたりするのよ。詳しくは相性とかが関係してくるから一概には言えないけどね」


「なるほど」


「あ...視覚の共有が切れたわね。先生標的見つけました。10時の方向に1.8kmですね」


「よしじゃあ行こうか」


 標的が移動することを踏まえて追い付くために駆け出す。その途中でエフィーがあり得ない行動に出た。

首からかけていた遺物のペンダントをろくに目も向けずに適当な方角に捨てたのだ。


「ちょ...遺物ですよね?捨てていいんですか?」


「ん?あぁ、あれ使い魔が殺されると使えなくなる消耗品なのよ。だからもう遺物じゃないわ。ただのペンダントよ」


 消耗品とはいえ遺物をこんな浅い階層の生態調査に使い捨てるなんて...効率が悪すぎるのでは...?

なんて考えていたら顔に出ていたのだろう少し前を走っている先生がその疑問の答えをくれた。


「あの遺物はタダだから気にしなくていいよ」


「タダって...そりゃ宝箱から入手したなら無料タダでしょうけど...」


「先生が言いたいのはそういうことじゃないわ。あれ、私が作った遺物なの。だからまた作ればいいってことよ」


 その言葉の意味を理解するのに数秒掛かった。クリアな思考ができる迷宮酔いの状態のはずなのにあまりに衝撃的な言葉に止まってしまう。


「...遺物を、作れるんですか?」


「おっいい反応だねぇ。シオンって意外と感情表現豊かだよね」


 その軽口に返す余裕はなかった。


「そういう魔法よ。これでも一応有名人だから調べたら分かると思うから言うけど、私の魔法は模倣創造。この目で一度見てその効力を理解した遺物を再度作り出すことが出来るのよ」


「...なんで研究者の助手なんてやってるんですか?」


 そんな滅茶苦茶な魔法があれば遺物の量産だけであっとう言う間に一財産稼げるだろうに。


「素直ね...そもそもこの魔法を手に入れたときにはすでに先生の助手をしてたし、祝福の果実も先生から譲渡されたのよ。

 他にも数えきれないくらい恩があるし先生は私の憧れなんだから助手を止めるわけないでしょ。

 ていうか、この魔法には結構制限もあって、例えば一定時間の貸し出しは出来るけど譲渡が出来ないとか、元となった遺物の6割までしか効力を発揮できないとか...そもそもダンジョン内でしか魔法が発動できないっていう誓約があるのよ」


 それでも十分...いや十二分な性能の魔法だ。それに比べたら自分の凍結魔法や櫻井 志穂さんの火炎系の魔法は普通な印象を受けてしまう。


 ちらっ...ちらっ...


 国営探索者、それも世界レベルとなるとここまでイカレた性能の魔法も存在するのか...なんて考えているとなにやら聞いてほしそうに先程からチラチラとこちらに視線が送られてくる。


「はぁ...先生も魔法が使えるんですか?」


 そう言うと弾けるような笑顔で先生が会話に混ざってきた。


「えー?気になる?気になっちゃう?そっかーでもなぁ...どうしよっかなー?そんなに聞きたいなら――」


「いえ、言いたくないなら結構ですが」


「もー!そんな意地悪しないでさぁ、もうちょい会話のキャッチボールを楽しもうよ。そんなんじゃガールフレンドの一人や二人作れないよ?」


「はぁ...?特に今のところ必要としてないので困りませんが。それより先生も魔法使えるんですよね?」


「せっかちだなぁ...ま、いいけど。そのとおり、私が使えるのはね...力魔法フォース・マジックさ」


 力...?なんとも脳筋な単語が出てきたことに違和感を感じる。


力魔法フォース・マジック?先生には少し...似合わないですね」


「あっ!さては勘違いしてるだろう? “力”ってのはなにも筋力を指す単語じゃあないのさ」


「というと?」


「 “力”という文字が入る単語や熟語。これらすべてを自由自在に操ることが出来る魔法なのさ...例えば、筋力、視力、脚力はもちろんのこと圧力、浮力、重力、引力などなど...他にも火力や水力、原子力なんかもあるし一風変わったものだと神通力とか攻撃力や守備力、機動力なんかもあるね」


「...それらすべてを自在に操れると?」


「うん、そうだよ?」


「化け物じゃないですか...」


「失敬な。こんなに美しいレディに向かって化け物とは...シオンも遠慮が無くなってきたね?」


 本当にどうして自分なんかをスカウトしに来たのか。あまりにも規格外な能力を持つ世界トップレベルの探索者たちに疑問が深まるばかりだった。


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