第18話 贖罪④


 歓迎の催し会場にたどり着いて一時間、当初は美味しい料理に舌鼓を打っていた幹久だったが、今は隣席に座る酔っぱらいの介抱に手を焼いていた。



「幹久くん、ほら。お酌お酌、私のグラスが空いちゃってるわよぉ」


「野々瀬さん、少し飲みすぎですよ……もうこの辺で控えた方が……」


「まだ熱燗の徳利五本目じゃない、序ノ口でしょ?」


「いやいや、徳利の前にビール瓶八本と焼酎瓶一升を空にしてるじゃないですか! どれだけ飲めば序二段へ上がれるんですか!」



 酒癖が悪いとまでは言わなくとも、野々瀬優子が酩酊するとこうなるのだと痛感した。絡み酒に頭を悩ませつつも、幹久は六本目の徳利を注文する。



「堪忍なぁ、幹久。優子お酒が入ると誰彼構わず絡んでくるから驚いたやろ?」


「驚くも何も……まぁ、野々瀬さんもいろいろ苦労してるんだろうしなぁ」



 アルコール飲料を摂取することで人間の心に影響を及ぼすことがあるとするならば、彼女のように自己の抑圧を解放するのも一つなのだろう。

 

 未成年の身である幹久だが、プライベートと仕事で溜まったストレスがお酒でおいしく洗い流せるなら大人が飲酒を美徳とする理由も理解できた。



「私、お酒の匂いって苦手なんです……。駄目ですよね、旅館の仲居なのに」


「そんなことないだろ、プールは好きだけど海で泳ぐのは苦手な人はいる」



 フォローのつもりで言ったが、花梨は愉快そうに笑ってくれた。


 カウンター席の右から優子、幹久、月陽、花梨の順に座っている。 入店した時は竜一を加えて五人だったが、彼は今この場にいない。



「あ……うぁ……、くっ……はぁはぁ……」


「竜一くん、お帰りなさぁい。随分お手洗いが長かったけど、大丈夫ぅ?」


「こ、これくらい……なんともないっすよ……ははは……」



 そう言って那須竜一は野々瀬優子の隣に腰をおろす。笑っていたが眉尻は下がり顔面蒼白、その表情は明らかに苦しそうだった。



「月陽……やっぱり竜一にはお酒、飲ませない方がよかったんじゃないか?」


「せやかて、あんなに飲みたそうな顔してたら旨いもんも不味くなるわ。」



 運転してくれた竜一は、当然帰りも運転することになっていた。

 しかし店で食事を始めて数分、お酒を飲んで愉しむ優子を竜一は寂しそうな瞳で見つめているのである。


 幸いなことに月陽も運転免許を持っているということで、彼女が帰りの運転を買って出たおかげで竜一は晴れてお酒を飲むに至ったのだ。



「ウチは飲んでいい言うたけど、どこまで飲むんかは本人の匙加減や。無理して優子に付き合った竜一のことまで面倒見きれんよ」


「……いいか月陽。男って生き物は、好意を抱く相手には無理をしてでも良い所を見せたいもんなんだよ」


「なんやそれ、それで嫌われたら本末転倒やん。まぁ、優子は別にそれくらいで竜一のことを嫌いにはならんと思うけど」


「優子さん、お酒を飲んだ日の事ほとんど覚えてないですから大丈夫ですよ。竜一さんの記憶にはバッチリ残りそうですけど……」



 だろうなぁ――と内心思いながら、竜一は優子に笑いながら注がれるビールを苦笑いで飲み干す竜一に頑張れとエールを送った。



「……改めて、今日はありがとう。俺の歓迎会なんて開いてくれて」


「ええよ、お礼なんて別に。ウチがやりたいって言うたんやから」


「幹久さんこそ、初日で体は疲れてませんか? お姉ちゃんの急な思いつきに付き合ってくれてありがとうございます」


「急な思いつきとは失礼やな、従業員を労うのは雇用主として当然やん」


「従業員の皆さんにだって予定はあるんですから、雇用主ならもっと前もって計画しないとだめですよ。当日に声かけたってすぐ来られるわけじゃないんですから」


「優子が着てはるやん」


「いや、優子さんは例外です……」


「わかったわかった、今度はもう少し計画的にするから。幹久もウチらより他の従業員と親睦を深めてもらわなあかんし」


「いや、今日一日の反応を見る限り……他の従業員は俺と親睦を深めようとは思っていない気もする……特にあの唯って女は……」



「「唯(さん)は……仕方ないかなぁ(ですねぇ)」」



何かを察したかのように、月陽と花梨の二人は同時に言葉にした。



「そもそも、どうして唯は俺を目の敵にするような態度をとるんだ? 悪いことをしたならわかるが、まったく心当たりがないんだが……」


「……唯さんにも理由があるんです。だから唯さんを嫌いにならないでください」


「嫌いになるなって言われても……その理由がわからないとなぁ。そこを知らなきゃ納得の仕様がないだろ」



 そこまで言うと、幹久はコップの水を飲み干す。

 ここは唯の男嫌いの理由を知るチャンスだと思い、視線は月陽へと向けた。



「……お姉ちゃん、どうしよう? 私も幹久さんの言う通りだと思う、唯さんのこと、ちゃんと話してあげないと」


「うーん、それはそうなんやけど……ウチから話すのは筋が違う気がするし」


「俺と唯、このままの関係が続くことが職場のためになるかどうか……それを考えるとどうだ? 雇う側としては放っておけないんじゃないか?」


「むぅ……痛い所を突くなぁ、幹久。……よし、わかった。ちゃんと説明する!」


「お、おう。是非そうしてくれると助かる……」


「でもその前に……店員さーん! 冷奴と鰤のお刺身追加、お願いしまーす!」


「あ、私も熱燗追加しまーす! 竜一君も一本どう?」


「お、お供いたいます……ぐふっ!」


 店員へ伝えたことで、話の本題は注文が来てからになったのだった――。

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湯ノ花温泉奮刀記 播磨竜之介 @sasapanda-EX

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