第17話 贖罪③
「お待たせして申し訳ありません。お姉ちゃんの用意は間も無くできますので」
坂道を駆け下りた敷島花梨の第一声は謝罪だった。
旅館での仕事中、彼女の髪は後ろで結んでいた。しかし今は結びを解き、艶のある黒髪を指で遊ばせるくらいには長い。見た目も和風の制服からカジュアルな洋装に変わり、出会って二日しかない花梨へ抱いた印象は大きく一変した。
「おの、幹久さん……わたしの恰好……どこか変でしょうか?」
「いや、変なんかじゃないが……制服の花梨しか見ていなかったせいかな。少し驚いた、やっぱり花梨も俺と同い年の女の子なんだって……」
「あらあら幹久君、それって仕事着の花梨ちゃんは実年齢より老けているって事かしら?」
後方より聞こえた質問に、幹久の胸は高鳴った。あわてて声の主の方を向いたことで、その高鳴りがさらに増していく。
「野々瀬さん!? 俺は別にそういうわけでは……花梨もすまない!」
微笑む野々瀬優子から感じる壮絶な力に気圧されて、幹久は腰から曲げた謝罪を花梨に伝えた。
「い、いえ。私は気にしていませんので大丈夫ですよ。それに……友達からもよく言われちゃうんです。私服だと若く見えるって……あはは……」
「……すまん」
「うふふふ、冗談よ。でも言葉って知らず知らずのうちに誰かを不安にさせたりしちゃうこともあるから、忘れないでね」
首を縦に振って彼女の言葉を胸に刻んだところで、花梨の後ろから迫る人影に目が止まった。
「おまたせ~。ウチ外出なんて久しぶりやから、何着ていこか迷ってしもうてん」
「もぉ、お姉ちゃん! お待たせしたんだから、まずは謝罪を」
「女の身支度は時間がかかるんや、多少は大目に見てもらわなな」
遅れてやってきた月陽だが、その格好を目の当たりにした幹久の感想は「よかった、いつもの月陽だ」の一言に尽きた。
燕尾色の和装が仕事着であるのに対し、今の彼女は桃色の袴に帯を巻いている。和風の容姿が大きく変わったわけではなく、また雰囲気もいつもの調子だったおかげで幹久は不思議と和んでしまった。
「どや幹久、ウチの一張羅。時間をかけただけのことはあるやろ?」
「あぁ、そうだな。似合い過ぎているといってもいいくらいだ」
「お世辞でも嬉しいわぁ。優子も今日はありがとうなぁ、急な誘いやったのに来てくれはって」
「幹久君の歓迎会だもの、身内の訃報でも無い限り参加するわよ」
「とか言って、お酒が飲める上手い口実ができたん知ってるで」
「うふふ、雪乃さんからは〝ほどほど〟にって許可は貰いました」
お酒が飲めることが今から楽しみなのか、優子の口角は上がりっぱなしである。
遡ること一時間、仕事の終わった幹久が夕食をどうするか考えたのがきっかけだった。月陽に相談したところ、旅館の賄いを食べさせてもらえると言われたが、せっかくなので幹久の歓迎会をしようということになったのだ。
行きつけの小料理屋店へ足を運ぶ流れになったのだが、未成年だけでは行かせられないと丁度仕事の終わった野々瀬優子が引率を買ってでた。そして一行は身支度を済ませた後、ここ那須卸売店の前で集合という運びになったのだった。
「よーし、全員揃ったな。そんじゃ行こうか、車に乗ってくれ」
「竜一君、疲れてるところお願いしちゃってごめんなさいね」
「いやいや、いいんですよ。俺も誘ってもらえて嬉しい限りですから」
ワゴン車に乗った筋肉が窓から黒い顔を出し、夜なのにハッキリとわかる白い歯を見せて微笑む。何を隠そう上機嫌の運転手、那須竜一だった。
明日の仕込みに使われる食材などを届けた際、竜一の姿が目にとまった。そして優子が歓迎会の事を伝えたことで、席を共にしようということになり運転手を務めると立候補したのである。
「感謝してるぜ、幹久。なんたって、あの優子さんと食事をご一緒出来る機会を作ってくれたんだからなぁ」
「いや、俺が作ったわけじゃないんだが……」
邪まな耳打ちを聞き流した幹久は、月陽たちの後に続きワゴン車へと乗り込んだのだった――。
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