終章

そしてこれから

 江戸へと続く東海道の片隅に、小さな墓標が立っている。墓標と言っても石が並べられているだけで、知らない人にとっては、路傍の石にしか見えないだろう。

 そんな墓標の前で、私は両手を合わせ、目を閉じていた。お供え物として持ってきた花と線香の香りが、私の哀愁を掻き立てる。

 ここは、母の墓だ。

 目を閉じながら、父と再開したことや、仕事のことなど、いろんなことを母に報告した。

 私は今日、どうしても母に言わなければならないことがあって、ここにやって来たのだ。

 ……今まで遠ざけていて、ごめんなさい。

 先生と出会い、母を亡くしたあの日から、私は母をここに残したままだった。あの日を忘れないためという意味合いもあったが、今にして思えば、単に母を亡くした現実から逃げたかっただけなのだろう。

 もちろん盆には毎年仏花と線香を供えていたが、それは死んだ母にしてみれば、言い訳にしかならない。

 今父と一緒に、江戸の寺で母を弔うための準備を進めている。準備が整い次第、母を江戸に連れて行くことが出来るだろう。父も来たがってはいたが、あいにく仕事があるため、今日は来られなかった。次に来るときは父と一緒に、母を迎えに来ようと思う。

 ……これからも、私の事を見守っていてください。母上。

 最後に母にそう言って、私は閉じていた目を開いた。花と線香の香りに後ろ髪を引かれながらも、私はその場を後にする。

 見れば道の脇で、いつもの笑顔を浮かべた先生が、私の帰りを待ってくれていた。

 私は先生の顔を真っ直ぐ見つめ、微笑み返す。

 それからすぐに、私は先生に向かって駆け出した。

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