最終話 新たな道へ(ミレーラ視点)

「次のニュースです。バックカントで魔獣脱走事件を起こした新世界創生会のレリグ氏ですが、本日拘置所内で自殺をしているところを、パンケーキの配膳に来た職員が発見いたしました。遺書が残されており──」


 バックカント山荘事件が起こってから数カ月、いろいろと騒ぎがあった。まず、新世界創生会の飼育施設があった関係でこのバックカントには負のイメージがつきまう。そのせいで連日マスコミが押し寄せ、町は大混乱。子どもたちは皆外に出たがらなくなっていた。マスコミにあられもない質問をされ、他人事の様に報道するのだ。さすがの無邪気な子どもたちも精神的に参ってしまう。そのため、一日のほとんどを屋内で過ごしていた。


 私は、泊まる場所がないということで店に泊まり込みで働いている。店長には感謝だ。


 そんな私は休憩時間ということで、店のバックヤードでテレビを見ていた。このテレビ局は新世界創生会の傘下だったが、毒牙から解放され偏向報道はなくなっている。


「レリグ元会長の自殺ということですが、彼の遺体を司法解剖したところ驚くべき事実がわかりました。実は彼、魔術会議会員にも関わらず、魔法が全く使えなかったようです」


 その事実に、スタジオ内から驚きの声が上がっている。


「番組が独自で調べていたところ、彼は有名な魔法学者の元に生まれ幼い頃から人体実験を受けていたそうです。それが原因で魔法が使えない。そして、そのことが原因で学校ではいじめを受けていたらしく人間への憎悪を募らせていったとのことです。そして、さまざまな政治思想に触れ、思想を確立。宗教を創始したとのことです」


 アナウンサーより語られるレリグ元会長の凄絶な過去。ここまで酷いとは思っていなかったのか、淡々と語っていたアナウンサーも徐々に凄絶な境遇に冷徹さを忘れていた。


 誰だって、危険なことなんてやりたくない。でも、それをやるからにはいろんな苦労があったのだと思う。リヴェノさんだってそうだ。あの魔獣に向けた憤怒の眼差しは、ただ何気ない日常を送っているだけでは絶対に会得できないだろう。警察に捕まったと聞いたが、どうなったのかは知る由もない。

 

 私は残りの仕事を終えると、公民館へと向かった。新しい児童養護施設は現在建設中であり、半年以内には完成するらしい。私は建設地を眺めながら通り抜け目的の公民館へと到着する。


「あ、お姉ちゃん」


 出迎えてくれたのはソウンダだ。あの一件の後、勇気を出して不良たちに別れを切り出したらしい。だが、穏便に済むわけでもなくずっと引きこもっているが、最近はやけに生き生きとしている。


「変わりない?」


「うん。大丈夫、そういえば院長どこにいるか知らない? もうお姉ちゃん出ないといけないから、その記念に写真撮影したいなって」


 ソウンダは照れ臭そうに私に話しかけてくる。私としては問題ないのだが、どうせならお世話になったリヴェノさんも含めて全員で写真撮影をしたい。それよりも、わざわざ院長が出かけるなんてどういうことだろうか?


「え、何で? どこか出かけているの?」

「うん。そうみたい」


 院長は何だかんだで児童養護施設に居ることが多い。子どもの世話をしなければならないし、何よりもう歳なのだ。重要なことでもない限りは……。


「重要?」


 児童養護施設は順調に建設中だ。そしてお金のことに関しても、魔獣で被害を受けた世帯には国から補助金が下りてるし何より児童養護施設への費用をそう簡単に減らしはしないだろう。新たな子どもの受け入れ? だったら子どもを保護している児童相談所の方から来るはず。わざわざ外に出向いたのは……子どもたちに見せないため? ……まさか。


「ごめん、ちょっと行ってくる!」


 私は今児童養護施設に到着したにも関わらず、踵を返した。


「え? ちょ──」


 私の常識外の行動に驚くソウンダをよそに、町の中心部へと向かった。


 だが、宛があるわけではない。必死に院長が居そうな店を探す。


 いつでも駆けつけられるようにそんなに遠くはないはずだ。それに、気軽に会話できるような雰囲気の店。そもそもの話、田舎であるバックカントに店が少ないのは幸いだった。


「あった」


 私が見つけたのは、バックカント中心街に佇むチェーン展開しているパンケーキショップだった。


 院長はこの中にいる。そう勘が激しく主張しているのだ。


 私は店内に入り、店内の様子を探る。


「いた」


 院長が座っているのはテーブル席だった。そして、院長の向かい側には見知った影。──リヴェノさんだった。


「院長、リヴェノさん」


 他の客の迷惑にならないように近づき、私は声を掛けた。


「……。久しぶりだな、ミレーラ」


 とてもじゃないが授業の時間、私のために問題を熱心に解説していた人とは思えなかった。


「まあ、座りなさい」


 私は院長の指示通り、院長の隣に座ったが途端に気まずい雰囲気が流れる。


「リヴェノさん、今度また集合写真を撮るんです。ソウンダも一緒に。だから──」


「済まない、ミレーラ」


 リヴェノさんは私が言い終わるよりも早く、頭を下げた。


「子どもたちの中には、俺が施設を破壊したのを見た子もいる。パニックを起こすこともあるだろう」


「そういうわけだよ。ミレーラ」


 リヴェノさんも、院長も私を諌めようと必死だ。


 だけど、本当にそれでいいの? だって私たちは──。


「駄目です! 私たちは仲間でしょうが!」


 もしこれで児童養護施設の中から私の居場所がなくなったって別にいい。だって、私はもうじき十八歳で退所するのだ。知ったこっちゃない。


 予想外の反応とばかりに、リヴェノさんは目をぱちくりさせていた。


「いや、そうだけれども……。院長からも何か」


「全く、ミレーラは今までわがままも言わず育てやすかったんだけどね……」


 院長は私について嘆いた。だが、笑みを浮かべていてとっても嬉しそうだ。


「そういうことだよ。あんたも諦めな」


 院長を味方につけ、一対二。形勢逆転だ。


「でも俺は……」


 最後まで意地を張るリヴェノさんに何かないかと思案し、とあることを思い出す。


「リヴェノさん……自分を卑下しないでください」


 ストーカーに狙われていると思っていたときにリヴェノさんから言われた言葉だ。


「……そうだな」


 リヴェノさんはすっかり諦めた様子で、こちらを見る。だが彼も、少し笑っていた。


 その後、彼を公民館に招いて早速写真撮影が行われた。一番心配していたパニックを起こす子どもの件だが、あのとき緊急事態というだけでパニックを起こしており泣き喚くか呆然としていたため何の問題もなかった。杞憂に終わったリヴェノさんは、なおのこと意欲的になってくれた。


「じゃ、撮るよ!」


 リヴェノさんがタイマーをセットにし、写真に入るように皆が押し合う。


 私はもうじきこの児童養護施設を出る。そうなれば、このみんなで集えるのは今日が最後かもしれない。そう考えると、どこか胸が痛む。


 けれども、今日は……笑っていよう。


 その瞬間、一枚の写真が撮れた。



    王国魔術会議に任命拒否された俺。辺境の地で楽しくパンケーキを焼きます。 Fin

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王国魔術会議に任命拒否された俺。辺境で楽しくパンケーキを焼きます。 豊科奈義 @yaki-hiyashi-udonn

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