第16話 そして彼は
バックカント山荘で発生した魔獣事件は終わりを迎えた。だが、死者も多く出たことから王都の警察署では皆、顔色が暗く事務作業に追われていた。
そんな中、俺は機動隊の指揮官に別室に案内されていた。
「リヴェノ氏、今回はご協力感謝いたします」
指揮官は、俺に感謝を述べた。だが、隊員に殉職者が出てしまったからだろう。どうにも顔色が浮かないにもかからわず頑張って明るく振る舞っている様にも見えた。対する俺も、カルロスさんの訃報を聞いたばっかりで恐らく浮かない顔をしていることだろう。お互い様だ。
「ああ、どうも……」
俺はそっけない返事をしてしまう。
「あなたのご助力がなければ、被害はさらに大きくなっていたでしょう」
俺がこの部屋に呼ばれた理由、それは感謝状を贈呈するためだ。だが、極力内密にしてもらった。
死傷者を出して、魔獣を一匹取り逃がして、とてもじゃないが褒められるべきだとは思っていないからだ。
形式的な表彰を終えると、俺たちはその場で解散となるはずだ。しかし、指揮官はまだ話があるとばかりに近づいてくる。
「そういえば、あなたに会いたいと懇願してきた女性がいます。いかがなさいますか?」
「どんな人です?」
「確か、アバンダに住んでいた経験があると仰られておりました」
「なっ……」
俺はほぼ反射的に動いていた。よくよく考えてみれば、魔獣に襲われて廃村になったとはいえ村人全員が亡くなったわけではない。当時アバンダに住んでいた人は、わずかながらもまだ生きていたのだ。
だが、会いたいとはどういうことだろうか。そりゃアバンダではほぼ全員が顔見知りだったので世間話でも万々歳なわけだが。
「わかりました。彼女は今どこに?」
「警察署の事務室の方かと」
俺は指揮官と別れ、事務室へと入った。
さて、どこにいるのだろうか。
俺は事務室内を見渡すが、警察官の制服を皆が着ている中で一人だけ私服の姿があった。
俺はさらに近づいてみる。
そこにいたのは、車椅子に乗った高齢女性。だが、俺は見たことがあった。彼女の姿を。間違いなくメラルダの、母親だった。
彼女は俺の姿に気がつくと、にっこりと笑ってみせた。
「おや、リヴェノくんかい? 大きくなったねぇ……」
「……。生きていらしたんですね。良かったです」
メラルダのことを思い出したからだろう、途端に目から涙がこぼれ出た。俺は後ろを向き、ハンカチで涙を拭った。こんな顔を人様に見せるわけにもいかないからだ。だが、泣いているのは俺だけではなかった。メラルダの母親も、静かに泣いていたのだ。
「ごめんなさいね。あなたを見ていると、つい娘のことを思い出してしまって」
メラルダとはよく一緒に遊んだ仲だ。思い出してしまっても仕方ないだろう。
「それで、用件は」
やっぱり本題を終えてから談笑したほうが気が楽だ。
メラルダのことも、一応は聞いておきたい。
「そんなに重要じゃないんですけどね、娘もあなたに伝えたかったと思います」
メラルダが何か俺に言いたかったのか。まさか……実は生理的に無理だったとか?だったら聞きたくない。
「伝えたかったというのは……?」
恐る恐る聞いてみる。
「メラルダはね、あなたのことが好きだったの」
「はぁ」
突然十六年前に亡くなったメラルダが、俺のことを好きだったとしても俺にはどうすればいいのかわからなかった。なぜだろう? 本人からじゃないからか?
ただ、感嘆のため息だけをこぼす。
「あの子、行動では迫るくせして本心を口に出すのをずっと憚ってたから。それで義兄に相談しようとしたのが十六年前の例の日」
パズルのピースが、はまったような気がした。
ギードさんは、メラルダの姉の妻。ゆまり、メラルダからすれば義兄だったのだ。本人も、よく言い寄られると言っていた。そして、ミレーラにメラルダの面影を感じた理由もつながった。
「そういうことか……」
気がついたら、涙がこぼれてきた。
最近よく出るなと思いつつ今までを振り返る。
魔獣を倒して、新世界創生会もほぼ壊滅状態。魔獣の敵を討てて、本当にもう俺は何もしなくていいんだって。
「ギードさん……いや、ミレーラを命がけで守ってくれた英雄によろしく言っておいてください」
ギードさんを現在の名前で言ってしまい訂正する。だが、ミレーラという名前も本当の名前ではないが、メラルダの母親は何も気にしていなさそうだった。
「最後の別れ、行かないんですか?」
ぜひ来てほしいと言いたげな瞳だ。
「はい。迷ったんですけどね。子どもたちのためにも、行かない方がいいかと」
確かに、俺の敵討ちは終わった。だが、まだ俺にはやらなければならないことが一つ残っていた。
さて、いつ行こう? いや、まだ忙しいか。しばらくしてから行くとしよう。さんざん迷惑をかけたし、パンケーキの一つや二つ持っていくか……。
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