第15話 必死に逃げて、向き合って(ミレーラ視点)
「パンケーキ焼き上がったからみんなゆっくり食べてね」
「「はーい」」
バックカントにある公民館。そこを私たちは児童養護施設の代わりにしていた。リヴェノさんの攻撃で施設が破壊された後、院長がバックカントの首長と交渉した結果公民館を一時的に借りることが出来たのです。
「熱いから気をつけてね」
私は熱々のパンケーキを子どもたちに配膳し終え一生懸命頬張っているのを見届けると、そのまま私もパンケーキを食べることにした。
リヴェノさんはどうなったんでしょう……。施設を壊されたとは言え、魔獣を倒すために仕方がなかったのだと私は思っています。
「はぁ……」
私は湿っぽい気分のままパンケーキへナイフを切り込む。しかし、その時またしても防災無線のノイズが響いた。
「町民の皆様に緊急のお知らせです。バックカントにて、魔獣がこちらに向かってきています。町民の皆様は直ちに命を守る様行動してください」
また!?
防災無線を要約すると、山荘より逃げ出した魔獣は、自動車に匹敵するほどの速さでバックカントへと向かっているらしい。魔獣は、耐久力を高めるために他の動物と比べても非常に知能が高く犬に匹敵する。執拗に攻撃してくる警察官や機動隊員よりも、非力な一般市民を狙うことにしたのだろうと推測された。
また、自動車に匹敵する速さで移動しているが自動車で追えるという意味ではない。自動車は道路だけを走ることができるが、あの魔獣は悪路だろうと平気で走れるのだ。実際は自動車よりも速く警察官や機動隊員でも追いつけていないとのことだ。この調子なら十数分で着くだろうとのことだ。
「ミレーラお姉ちゃん、また逃げるの?」
子どもたちは皆不安そうだ。だが、落ち着いていられる子どもだけではなかった。蹲っている子もいた。その子は、以外にもソウンダだった。
「みんな逃げて! パニックになってる子は私が連れ出すから!」
「「わかった!」」
落ち着いている子や年長の子には逃げてもらい、私たちも逃げようとソウンダに近づく。ソウンダは私を一瞥し話しかけてきた。
「……また、みんなばらばらになるの?」
私には答えにくい質問だった。
わからないというべきか、嘘でも安心させるべきか。だが、安心させたにも関わらず公民館が壊されてここに居る子がばらばらになった場合、ゴウンドは私を信じてくれるだろうか?
脅威がすぐそこまで迫っているにも関わらず、私は何も返答出来なかった。
「と、取り敢えず逃げよう?」
どう返答するかはともかく、一番の優先事項はここから逃げることである。私はソウンダに向かって手を差し伸べた。
「嫌だ」
ソウンダは私の手を跳ね除けると、一方的に話し始めた。
「私、虐待されてたの。よく覚えてないけど貧しくて何度も叩かれたのは覚えてる。それでここに来たの。みんなと一緒で幸せだった。でも……。学校では虐待されたときのがトラウマで、人の顔色ばっか窺っていろんな人に阿てる。だからかな……抵抗しないって思われて一部の不良につるまされて……」
そう嘆くソウンダの声は、すっかり涙ぐんだ声へと変わっていた。
「もう嫌だよ! 唯一の居場所すらも壊されて、一体私は何に縋ればいいの? これ以上私から大切な物を壊されたくない! 壊されるくらいなら死んだほうがまし! ミレーラお姉ちゃんが生きたいなら逃げればいい!」
ソウンダは、今まで相当我慢していたのだろう。だからだろう、普段から落ち着いているソウンダとは到底考えられない。それほどソウンダの心情は高ぶっていた。
「別に何もここも壊されると決まったわけじゃ──」
安心させようとするが、不倶戴天の敵を見たかの様にこの言葉に反応した。
「そう言って安心させて、結局施設は壊れたんじゃん。もういいよ……」
どうやら火に油だった様だ。
ソウンダは私に目もくれずそう言い残すと、公民館をそそくさと出ていった。
追わないと……。ソウンダは本気で死ぬ気だ。
私は急いで公民館を出るが、そこにソウンダの姿はない。魔獣が来る前に一緒に逃げなきゃとの思いのまま、私はバックカントの街中を探した。魔獣に襲われるのを願っていたくらいなため、目立ちやすい場所にいるのではと思い方針転換。そうしたら発見までそう時間は掛かからなかった。
バックカントは田舎なので高い建物などそうそう多くはない。ソウンダがいたのは、町の外れにある建物の屋上だ。
「ソウンダ!」
「……来たんだ」
私のこと一瞥すると興味なさげに呟いた。どちらにしろ覚悟が決まっているということだろう。
「早く帰ろう? 今までつらかったかもしれない。でも、さっきはあれだけぶっちゃけられたよね? いじめのことだって学校に相談──」
「それがそう簡単に出来たら苦労しないよ。私ね、ミレーラお姉ちゃんのこと好きだよ」
「な、何急に」
私の発言を遮ってまで放たれたソウンダのとんでもない発言に一瞬私は動揺してしまった。
「私ね、初めてこっちに来た時不安だったんだ。でも、ミレーラお姉ちゃんがいろいろ優しくしてくれのは覚えてる。私が不良になっても、きちんと私を見てくれてさ。感謝してるよ。いや、感謝してもしきれないよ……。だからさ、逃げて……」
その時、地を揺らすような咆哮が起こり私は咄嗟に身を屈めた。
「……もう逃げないと。本当に死んじゃうよ」
ソウンダは焦点を遙か先の一点に集中させたまま喋った。私もその方を向くと、暴走車の様に砂埃を撒き散らして突進してくる魔獣の姿が見えた。この調子ならもうまもなくと言ったところだ。だが、ソウンダを必ず連れ戻さなければならない。
どうすれば……?
「ソウンダが逃げるまで私帰らない」
私はあえてソウンダの隣に座った。無理に連れて帰っても何も変わらないからだ。
「早く逃げなよ。手遅れになるよ」
ソウンダは、自分のことなど気にも留めずただ私の心配をしていた。
私はどうすることもできず、ただ彼女を見るしかできない。そんな時、あることに気づいた。
「ねぇ」
私は、ソウンダの震える手の上に手を重ねた。
「怖いんでしょ? 死ぬの」
耳元で囁くと、手の震えが途端に全身へと移った。
「そうだよ。怖いよ! そりゃ怖いに決まってるでしょ!? 私はただでさえ本音を言うことすら億劫なんだよ? 怖くないわけがないよ! ……できることなら生きたいよ!」
ああ、これが彼女の本音なんだな。
泣きじゃくるソウンダを、私は抱きしめた。
「大丈夫、愚痴でもいっぱい聞いてあげる。相談もしてあげる。つらかったら何でもしてあげるから……ね?」
「ありがとう……。お姉ちゃん」
ソウンダは涙声になりながら私の胸の中で泣いていた。そして、泣かせてあげたかった。だが、私は彼女を蹴り飛ばした。
早速だけど、約束。守れそうにないや……
私は諦めて目を瞑った。だが、瞑ったままでもわかる。目の前に魔獣が居ることくらい。
「ミレーラ!」
その時、必死な聞き覚えのある声が聞こえたと同時に鈍い音が目の前に轟いた。そして、遅れるように銃声が聞こえた。おかしいことに気づいた私はすぐに目を開く。そこにいたのは、血まみれでいくつかの内蔵すら見えている倒れているカルロスさんだった。
そして、近くには大量の銃弾を撃たれた魔獣がふらふらと動いていだ。だが、その直後の発砲された銃弾は魔獣の脳天を貫通しそのまま倒れた。
「良かった……。無事か?」
相当な痛みがあるというのに、カルロスさんは真っ先に私の心配をしだす。
「何でこんなこと……」
「私は最低だ。妻を守れず、記憶を失い大事な愛娘の世話を放り出していた」
彼は過去の彼を恨む様に嘆く。だが、そうとう体力的にも来ているのかどこか優しく語りかける様にも聞こえた。
「……やっぱり」
「気づいていたのか?」
「どこか私と似ていたし、それに院長やリヴェノさんとよく話していたのを見てましたから」
「そうか、ありがとう。そして済まなかった」
「大きくなったな、ミレーラ」
私には、ミレーラではない本当の名前が別にあるのだろう。だが、父はミレーラと言って微笑んでくれた。私が一番慣れ親しんだ名前を。
「はい。お父さん」
全く、私の周りには自分自身を顧みない人が多すぎるよ……。
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