第14話 バックカント山荘

「立てこもっている新世界創生会構成員に告ぐ! 直ちに武装を解除し投降しなさい」


 バックカント郊外にある新世界創生会の施設。形式上は山荘という触れ込みだが、実際の所は魔獣を飼育するための機関である。一歩間違えれば大量の魔獣が逃げ出すという重いプレッシャーを抱えた警察官や機動隊員は、戦々恐々しながら投降勧告を出し施設を注視していた。

 そして、俺も警察官達と一緒に施設を注視している。


「リヴェノ氏、準備はできましたでしょうか?」


 機動隊の指揮官と思われる人物が俺に聞いてくる。


「ああ、だが──」


 使いたくはない。


「ええ、わかっています」

 

 とはいえ、それはここにいる皆が同じ気持ちだ。言葉にしなくても指揮官は意図を汲んでくれた。


 宰相に依頼された後、俺は直様開発に取り掛かった。開発に関して、拠点にしていた大学の研究室の使用許可が下りるも全て処分していたので開発は難航した。そして、一週間で作り上げたのだ。しかし、実験なんてしてないから想定通りに出力されるかもわからない。使わずに制圧できることを願うのみだった。


「カップパンケーキです」


 立てこもりから一週間が経過するが、警察と新世界創生会は対峙したまま一向に動く気配はない。警察も相当疲れている上、食事は毎回お湯を注いで三分で完成のカップパンケーキだ。精神的な負担は測りしれたものではない。


「警察に告ぐ。われわれはレリグ会長の釈放、新世界創生会が行ういかなる活動も妨害しないこと。及び会員会員への逮捕・拘留の禁止を要求する。さもなくば、われわれは魔獣を世に放つ準備はすでに整っている」


 新世界創生会も負けじと警察に対し、要求を突きつける。

 

「またか……」


 この警察と新世界創生会の要求の応酬は既に何度も行われている。察も、新世界創生会の方も頑な両者ともに譲る気配はなく警察もかなり参っている。


「埒が明かないな……」


 機動隊の指揮官が進展のない状況に対し苛立ちながら呟いた。


「リヴェノ氏、使わないように済むように努力はするつもりだ」


 暗に使うから覚悟しろと言っているのだろう。


 指揮官は機動隊隊員が多く居る場所まで来ると、隊員の方を向いて足を止めた。


「突入する。全員覚悟を決めろ!」


 指揮官は皆を激励するかのように言葉に勢いをつける。


「「はっ!」」


 隊員も勢いよく返事をする。覚悟が決まった目もあればそうでもない目もあった。


 その後、警察の指揮官と機動隊の指揮官、その他諸々が軽く会話をした後突入することが本格的に決まった。そして、突入直前、機動隊の指揮官が俺の元までやってくる。


「リヴェノ氏、もし私が命令したら、例えあの山荘に警察官や機動隊員が居たとしても……使ってください」


 その言葉は、先程の威勢のいいものとはかけ離れていたか細く震えている声だった。


「……はい」


 やはり指揮官とて怖いのだろう。だからこそ、隊員の前では恐怖を絶対に見せていないのだ。俺がこの装置を使うか使わないか本気で悩んでいる様に、指揮官もまた本気で悩んでいるのだ。


 俺は慮りただこくりと頷いた。


 そして、最終調整を終えると警察官と機動隊隊員は持ち場につき掛け声を待った。


「突入!」


 指揮官の一声により、警察官および機動隊隊員が一斉に山荘に突入していった。やがて、先陣を切った隊員が山荘までたどり着くも特に反応はない。何かしらの罠かと俺は訝しむが、その時天を割くかの様な咆哮が辺り一帯に轟いた。

 警察官や機動隊員は一瞬怯むがすぐに山荘内へと突入していった。


 大丈夫だろうか?


 俺は山荘には入らず、ただ遠くから山荘を眺めているだけなので何が起こっているのかはわからない。せめて、警察官と機動隊員には無事であってほしい。そう願うのみであった。


 だが──。


 再び天を割く様な咆哮が響き、それと同時に山荘の壁にヒビが入る。遠くで待機している隊員、そしては俺は何が起こるかを瞬時に理解した。


 壁を壊し、中から現れた魔獣。それは、マンモスの如き巨大な鼻と角を持った怪物だった。放たれる銃弾を物ともせず、警察官や機動隊員へと突っ込む。そして、その魔獣に続くように別種の魔獣がどんどん中から出てきた。


「リヴェノ氏、撃ってくれ」

「……はい!」


 俺は一瞬躊躇ってしまった。だが装置は既に起動済みで魔法を待つだである。俺は全身全霊を込めて魔法を放った。


 大通りの幅に相当するであろう直径を持ったエネルギーはそのまま山荘まで一秒と掛からず直撃した。徐々に衝撃が弱くなったのを確認し、被害状況を確認する。案の定山荘は跡形もの残っていなかった。そして、多くの魔獣もだったが一匹だけ、動く魔獣がいた。それは先程一目散に壁を破壊したマンモスの様な魔獣であった。全身が焦げ付いていることから当たったことは当たったのだろう。しかし、俺たちの期待に反してそのまま走り始めたのだ。


「至急、あの魔獣を追え!」


 苦虫を噛みつぶした様な指揮官は、残りの部隊に対しすぐさま追うように命令する。そして、彼は歯を食いしばりながら亡くなった隊員達に黙祷を捧げた。

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