第2話 5月13日 宇代の頼み

 先ほどまでここに倒れていた女性を乗せた救急車のサイレンが段々と遠のいていく。雨はいつの間にか上がっていた。地面にほっぽり出していた傘を拾い、時間を確認すると、すでに終電は行ってしまっている時間だった。


 歩いて帰るのも面倒だな。……前田に頼むか。


 宇代はスマホを取り出し、大学で唯一の友人といえる前田に電話を掛けた。突然の電話なのに以外にも早くつながった。


「前田!頼みがある!」

「……何?」

「どうした。声ガラガラだな、風邪か?」

「何でもない。頼みってなに?」

「今日泊めて!」


 切られてしまったのでもう一度コールする。


「前田!頼む!」

「却下。」


 また切られてしまった。もう一度だ。


「話をしよう」


 また切られた。電話は取ってくれている、もう一押しだ。もう一度電話をかける。


「切らずに聞いてくれ。終電を逃した理由を。」

「何?」

「人を助けていたんだよ。」

「そうか、それは偉いね。じゃ」

「待て待て待て、待ってください。お願いです。お願いですぅ!泊めてください。この通り!ほら土下座します!どうか!どうか!土下座!どうかぁ!土下座!土下座!土下土下座ぁ!」

「……ふふっ。」

「五体投地するからぁ!雨でぬれた地面にビターンってするから!たのむぅ!」


 電話越しに前田の笑い声が聞こえてくる。ひとしきり笑った後の前田の声はかなり明るいものになっていた。


「はー、久々に笑った。見えないのにこの通りって笑える。それに五体投地は礼拝の方法だわ。……わかった、泊りに来なよ。」

「前田様!ありがとう!」

「ただ、来るなら何か食べ物買ってきてくれ、はら減ってるんだ」

「分かった!ダッシュで買ってくるわ!」


 電話を切り、友人のやさしさに感謝した。前田が彼女と別れて落ち込んでいたのは知っていた。何か励ますきっかけが欲しかったので多少電話越しの声が明るくなっていたのはうれしい。酒も買っていくか、なんて思いながらコンビニへ向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

向こうのほう 三河 @frock6

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ