幕間
狂想、夢、業火に消ゆ
(参ったな……もう、前が見えねェ)
灼熱の業火に包まれながらも、ケルベロストゥースはまだ倒れないッッ!! 尋常ならざる再生能力によって抵抗しているのだ!
だが身体の内側から燃え盛る炎はどう足搔いても消えぬッ!
ケルベロストゥースは一度、絶酔魔拳奥義を喰らっていたために全身に酒気の波動が浸透していた――! ローリエルはそこに熱暴走状態の魔力を込めた一撃を叩き込んだ!
いまケルベロストゥースの体内では、魔力に灼かれた酒気が暴れ狂って業火を吐き散らしているのだ!!
こうなってしまっては、自慢の再生能力も追い付かぬ――!
(終わったな……どうにもならねぇ……)
ケルベロストゥースは全身が焼かれる音を聴きながら、だらりと腕を下ろした。もう、力が入らない。立っているだけでやっとだ。
(結局なんにも出来なかったな……なんにも……)
人間であることを捨て、ガイヤー化して。
強くなって強くなって強くなって、魔王十壊衆になっても
結局、世界は壊れなかった。
これからも――世界は狂ったまま回っていくのだろう。
誰かが狂った夢を見るような世界が、ずっと続いていく。
終わらない。
終わらないまま、死ぬ。
(シャハハ……最期の最期に焼死とは。これじゃアイツと同じじゃねェか……)
「そうですね。ふふふ、死因。焼死。私とお揃いです」
聞き覚えのある、天使みたいな声。
紅蓮に包まれた視界には――血の色の髪が翻っていた。
「シャハハ……幻聴だけじゃねェ、いよいよ幻覚まで見えてきやがった」
天使の讃美歌みたいな綺麗な声。見る者を落ち着かせる佇まい。すべてが滅茶苦茶な女。
夢にまで見たあの日の姿、そのままで。
――だから今、コイツがここにいるのは嘘だ。
「夢か、幻か、はたまた死神か……まァなんでもいいか……だが一つだけ言っておく。俺はまだそっちには行かねェ。まだなんにも、なんにも出来ちゃいねェんだからよ……」
そうだ。俺はこんな狂った世界をブチ壊してやるんだ。まだ何も終わっちゃいない――始まってすらいない。今までがそうだったように、これからもきっと自分にとって都合のいいことなんて起こるわけがない。
――だから今、コイツがここにいるのは嘘だ。
「こんな、誰かが狂った夢を見るような世界がブッ壊れるまでは、安心して死ねェんだ……だから」
「いえ。あなたの戦いは今日で終わり。もうおしまいです」
顔を上げると、彼女は穏やかに笑っていて。
それが――どうしても許せなくて。
「ふざけんなッッッ! そんな顔するんじゃねェッ……!! アイツは絶対、そんな風には笑わねェんだよ!! 侮辱すんじゃねェッ! そんな風に笑えねェから、あんな風に生きるしか無かったんだ!! ちくしょうッッ!! ドイツもコイツもバカにしやがって!! お前に、アイツの何が分かるッ!!」
「やれやれ。悪夢に
「悪夢……だと?」
「そう、悪夢。だから――」
業火から彼女が少しずつ近づいて来る。一歩、また一歩と、血の色の髪を揺らして。
「だから早く、目を覚ましなさい。こんな狂った夢、いつまで見ているつもりですか?」
「…………夢」
そうか。
そういうことだったんだ。
ここは、狂った夢を見るような世界じゃなくて――狂った夢の世界そのものだったのか。
なんだよ。ずっとおかしいとは思ってたんだよ。
でも、そうだよな。
「こんな悪夢みてェなことが、現実に起こるワケねェもんなァ……」
ならもっと早く教えてくれよ。
俺ァもう、すっかり疲れちまったよ。
「やれやれ。気が付くのが遅いんですよ。これだから約束も守れないお寝坊さんは」
「……約束?」
「ええ。私のことが危なっかしくて、恐ろしくて、放っておけないのでしょう? なら――今度はちゃんと最後まで、しっかり見張っていなければ」
「シャハハ……そんな話もしたっけなァ……」
参ったな。なんてやりとりだ。
懐かしいよ。笑っちまうくらいに。悪夢のくせに。
おかげでもう一つ、約束を思い出しちまったじゃねぇか。
「今度こそちゃんと、お前のために死んでやるよ。最初から、そういう約束だったもんな」
「いい心がけです。では――」
業火に灼かれた掌を、彼女がそっと差し出して。
「起きましょうか。そろそろ」
「あぁ、そうだな」
差し伸べられた手を、ケルベロストゥースはしっかりと掴んだ。
離れないように強く――強く、握りしめて。
一歩、また一歩と前に進んでいく。
「目が覚めたらきっと――きっと、今よりは素敵な世界が待ってますよ」
「……シャハハ。そうだな。そうに違いねぇ」
――そして業火がすべてを飲み込んで、
絶酔魔拳の師弟録! ~最強拳士なのに勇者に棄てられた私、弟子を育てて魔王討伐を目指すにゃ!~ 神崎 ひなた @kannzakihinata
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