C-LOVERS at that time

佑佳

color that looks great on is blue

「タバコ吸いに出る。俺居ねぇ方が、着替えやすいだろ」

「んじゃあ俺も出てこよーっと。Signorinaシニョリーナたち、二人のことよろしくねっ」

 ヒラリと残った四人へ手を振り、一目散に良二りょうじの背を追って出ていく俺──柳田やなぎだ善一よしかず

「あ?! なんでテメーついてくんだ」

「生憎出入口がひとつしかないもので」

「嫌味かコラ」

「え? 別に」

 バタン、と事務所のアルミの扉を閉めた俺は、階段を下りる良二を追いかけた。

「良二、どこ行くの?」

「どこだっていいだろ。いちいち詮索せんさくすんな」

「いいじゃん、教えてよう」

「い、や、だ」

「ちぇー、ケチ」

「ルセェ」

 階段を降りきると、右側に俺、左側に良二と並び立った。


 ガキの頃からいつだってこの位置を、俺と良二は守っている。

 わざわざ取り決めたわけじゃない。どっちだって、本当はいいはずだ。でも、俺は右を、良二は左を、無意識的に選び取ってしまう。きっと、胎盤にくっついてた時から決まっていたんだろうと思う。俺は右利き、良二は左利き。そうやって分け合って、母親の腹から出てきたんだから。


 横顔で、互いを窺う俺と良二。

「テメーはどこ行くんだよ」

「どこだっていいだろ? 詮索しないでくださーい」

 良二の真似をして返してやれば、良二は嫌そうに舌打ちをひとつした。

 赤茶の柔らかい頭髪をガシガシと掻いて、良二は俺の目の前を大股で横切る。そのまま、首を前に突き出すような背筋で、事務所ビル一階のコンビニへ入っていった。

 このコンビニは、良二がオーナー……というか持ち主? 大家? まぁとにかく、良二がコンビニの賃料を貰っているんだって。こういうの上手いよなぁ、良二は。

「さて、俺はどうしよっかな」

 秋天を仰げば、白雲に空の薄群青が透けているのが見える。綺麗な空だ、心地いい。

 スッとひとつ鼻で吸うと、鼻先を淡く柔らかい薫りが触って溶けた。

「ん?」

 良二が入っていったコンビニの更に奥。だから、事務所ビルの右隣。そこに、花屋があったことを目視確認で思い出した俺。

 そうだそうだ、お隣さんは花屋だったっけ。

 にんまり、と口角を持ち上げて、俺は花屋へ足を向けた。


 二一歩で、花屋の入口に辿り着いた。

「花屋、マドンナリリー、二号店」

 ということは、一号店があるんだろう。きっとそれなりに手広くやってる花屋なんだな?

 ふぅん、と相槌あいづちを溶かし、薄い灰青ウェッジウッドブルー色レンズのサングラスの位置を正す。

「いらっしゃい」

「あぁどーも、Madamマダム

 あ、しまった。うっかりマダム呼びをしてしまった。だって、『マダム』が似合う容姿をなさってるからさぁ。

 出てきたのは、五〇代のオクサマ。ドリンク缶に似たフォルムが愛らしい女性だから、『シニョリーナ』よりもそっちの方が似合いそうで。どうもいけない。これは俺の悪いところだ。

「あれま。マダムだなんて呼ばれたことないよォ。素敵なお兄さんに呼ばれたんじゃ、うっかりサービスしちゃいそうだね」

 よ、よかった。マダムはご機嫌麗しゅうございました。気にしてるの俺だけ? まぁいいか。

 ニッコリーと笑みを被って、美しく並べられた花々を眺めていく。


 チューリップ、カーネーション、バラ、オンシジューム、カスミソウ。ぶっちゃけこのくらいしか、俺は花の種類を知らない。あ、桜とか梅とか、そういうのもちょっとわかる。ちょっとね、ちょっと。

 花に詳しいのは、俺よりも良二だ。

 良二はマジックをやるのもあって、どんな花を出したら見栄えがいいかを、一生懸命研究してたことがある。

 生物の授業が得意だったのも、きっと起因してるだろうけどさ。良二は理数系が得意なんだ。


「へぇ、青いカーネーション」

 目の前に見えた、真っ青よりも空色に寄ったようなカーネーションを見つけた俺。マダムの目を盗んで薄い灰青ウェッジウッドブルー色レンズをほんとに少しだけ下げて確認したその色は、俺の好み、ド真ん中ストライク。

「お眼鏡にかなったかい、それ?」

「ええ、僕青が好きなんで」

「だからそのサングラスかい。いい色だよねぇ、それも、花も」

「フフ。merci , Madamありがとうございます

 その花が生けてある、白く細長い円柱形の水差しに、ネームプレート様のタグが貼ってある。そこに一輪分の値段の記載があるから、一輪だけでも買ってみようかな。なんか気に入っちゃったんだ。

 言葉をコンマ何秒かの間に選んでいると、マダムに先手を取られた。

「それ、実は着色なんだよ」

 顔を上げ、マダムを向く俺。

「着色?」

「そ。白いカーネーションにね、青い水を吸わすんだ。そうやって咲いたのが、その青いカーネーションってわけさね」

「へぇ……」

 白に青を着色、とはまたこれ、俺とよく被っていらっしゃるじゃないですか。


 もともとは良二と同じ、赤茶の頭髪の俺。一回の脱色で簡単に白くなるその髪を脱色してから、アッシュブルーに染めている。

 目もそうだ。

 俺と良二の眼球は白い。白銀に近い、珍しい色。呪われた目だのなんだのって、小学生のときは忌み嫌われたりした。それが傷になって未だにズキズキ痛むから、青いレンズで俺は隠している。


「遺伝子組み換えで出来た青いカーネーションってのももちろんあるんだけど、あれは青ってより青紫でね。やっぱり純然たる青は、人間の手で生み出すのは難しいのさ」

 サッパリとマダムは笑んだ。それを、惚けるように眺める俺。


 着物も、絵画も、花に於いても、青という色は、昔から憧れや、羨望の色と決まっているんだろう。

 この世の美しい青は、空と海の青さだとされていて、人間には届かない色味だ。それを取り入れたい、そうして美しくなりたい。そんな願望が、人間が青を具現化する一大要因だろう。


 憧れの青を身にまとえば、高嶺の花になれるような気がした。

 憧れの青を身にまとうだけで、背伸びできるような気がした。

 だから、だから俺は──。


「だからこの青いカーネーションの花言葉は、『永遠の幸福』、なんだってさ」

「え」

 マダムのその声で、我に返る。現実に引き戻った感覚に、ワンテンポ反応が遅れた。

「花言葉だよ。いい花言葉だとあたしは思うね。だって──」

 青いカーネーションを一本引き抜く、マダム。

「こんな綺麗な青を想像して、研究を重ねて追い求める姿こそが、その人の永遠の幸福を形作りそうじゃないかい」

「永遠の、幸福」

 なぞり呟けば、マダムが引き抜いた青いカーネーションが、やけに鮮やかに見えた。


 あぁ、そうかもしれないよマダム。理想を求める姿こそが、幸福へ向かうひとつなのかもしれない。

 俺は『理想』である青を纏って、『俺の理想』に近付きたくて仕方がないんだ。青を纏えば、それが叶うような気がしたりしてさ。


 やっぱり、俺にとっては特に魅惑的な色だ。この青という色は。

 ふっ、と肩の力が抜けて、俺は貼り付けていた笑顔ではない笑み方をした。

「マダム。それ、一本譲ってくださいますか」

 一本一本、よく見ると色が微かに違うのが見てとれる。マダムの引き抜いたものが一番俺に似ているような気がして、俺は花を眺め終えてから「それ」とマダムの手の物を指して購入を決めた。

「ふふ、あいよ。ありがとね」

 店奥のレジへおもむき、小銭と一輪を交換。受け取った青いカーネーションを、そっとジャケットの胸へ刺して、するとなんだか嬉しくなって。

「あら? お兄さんがそうしてると、なんだかあたしの知り合いに似てる気がするよ」

 胸ポケットから出ている花弁を眺めていたら、マダムがそうして声を黄色く染めた。

「アハハ。その方も、僕のようにスマートでスタイリッシュです?」

 おどけてみせると、マダムはしかし優しく笑むだけで、俺の言葉を冗談だとは受け取らなかったらしい。

「そうさねぇ。スマートっちゃスマートだけど、えらく不器用で、可愛らしいかね」

 ポヨンと丸みを帯びている顎に手をやったマダムは、俺と知り合いの彼を重ねたり並べたりしているみたいで。上から下までジロジロしてくれちゃって、えーえー、どうぞどうぞ。マネキンになるのは慣れてますよ。

「でもやっぱり似てないかもね! お兄さんとあの子じゃ、まるで正反対さ」

「正反対ですか」

 笑い飛ばすも、正反対という単語が頭にこびりついた。

 まるで俺と良二じゃないか。……なぁんてね。

「ありがとう、Madamマダム。いい花に出逢えてよかった」

「それはなによりだよ。またおいで」

「ええ、是非」

 手を振り別れ、花屋を出る。

「あ」

 同じタイミングで、良二がコンビニから出てきた。

 フフッとつい、笑みが漏れる。こんなことでも嬉しくなるんだから、俺は相当弟のことが好きらしいね。

 小走りで良二の背を追う俺。


 良二には、あっと言ってもらいたい。

 俺の成すことで、良二の幸福を叶えられたなら。


 憧れの青を身に纏って、俺はYOSSY the CLOWNヨッシーザクラウンの仮面と共に夢へと手を伸ばし続ける。






  happy birthday to ODEO's CEO.


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