見えない物
「ねぇ、この水槽のなかの魚たちにとってさ。水槽と、それ越しに見えるこの部屋が世界の全てなのかしら」
下着姿のまま水槽を覗き込む彼女は、魚に話しかけるように話す。魚たちは、餌を待っているのだろうか。あっちへこっちへ、飛ぶように水槽の中を泳ぎ回っている。
「俺たちにとっても一緒じゃないか?今ここにいる俺たちにはこの部屋しか見えない」
「でも、私は外の世界を知ってる、記憶もある。遠くに住んでる家族のことも、会社のことも」
彼女が振り返る。今更その姿に鼓動が踊ることはない。だが、美しいと思った。
「それに、私は貴方の今見えない場所もたくさん知ってる。貴方も私の」
「…哲学的にいえば、それは今変化してるかもしれないから、確かとは言えないんじゃないか」
寝起きのコーヒーを啜り、煙草の空き箱を弄んでいる僕へ、彼女はゆっくり近づきながら、
「なら、また確認すればいいんじゃない?今、見ればそれは、今においては確かなこと、でしょ?」
「……二度寝のお誘いかな?」
「眠ったら、何も見えなくなるから、どうかしら」
「でも結局、また眠るんだろう」
「ふふ、それはそれ、これはこれ。大事なのは、今見えるか、見えないか。それだけ」
………
掌編集 鹽夜亮 @yuu1201
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。掌編集の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます