第8話 孤独と言う牢獄で過ごす日々
組員の知らないはずの情報をもとにがさ入れがなされた。それが、無駄に終わった。万全を期していた。それが水の泡になった。署員の成功の要は結束。誰もが疑わないでいた事実。どう考えても作戦にミスはなかった。だが、破綻した。作戦にミスがない以上、情報の漏洩しか考えが及ばなかった。あり得ないことだった。仲間を疑う苦悩、それは、当たり前のように徒労に終わった。
一線を越えてしまった貴子に明らかな弱みができた。それを放置する程、五十嵐は甘くなかった。その日を境に五十嵐からの要求はさらにエスカレートした。捜査情報を尋ねるだけでなく、五十嵐は、小細工もせず、大胆に小遣いをせびるようになった。額は数万円から数十万円と、どんどん膨れ上がっていった。貴子が大樹に貢いだ金額は、総額で100万円にものぼった。もう、限界だった。金の切れ目は、縁の切れ目。虚しい現実を目の当たりにしていた。
やはり、自分は利用されていただけなの?
貴子の気持ちは急激に冷めた。女性の心は、秋の空。厄介な事に巻き込んだのは五十嵐だ。私が悪いわけではない。そう、自分に言い聞かせた。一旦嫌気がさせば、呆気ない程、潮目が引く。男性程、執着心を後に引き摺らない。貴子は、五十嵐との交際を一方的に解消した。五十嵐もまた相手が相手だけに深追いは、身を滅ぼすことを熟知していた。
新宿署の「ともちん」にとっては高い授業料となったが、本来ならばこれですべて闇の中、で終わるはず話だった。しかし、想定外の出来事が起こった。五十嵐の舎弟の佐藤健太が美人局の容疑で逮捕された。その取り調べで、追い詰められた健太は苦し紛れに、「俺の兄貴はヤクザで、その女は刑事だぞ」と見栄を張った。誰もが最初は、耳を疑った。自慢気に馬鹿げた巨勢を張る健太を落とすことぐらいは、ベテランの捜査員にとっては、赤子の手をひねるように容易い事だった。詳細を聞き出すとすぐに、その女の刑事に該当する対象者が浮かび上がった。
真面目を絵にかいたような女性警察官。その父は、現職の警部。当然ながら、捜査は極秘に行われた。新宿署は、貴子について張り込みも含めた捜査を開始した。
警察署内部の不祥事。
しかも、その親は模範の叩き上げの警察官。捜査は慎重の上にも慎重を期した。捜査過程で新たな事実が発覚する。内偵捜査が入り、貴子の行動確認がなされていた。その最中に現職の警視庁の警察官と貴子が一緒にホテルに入るところを目撃・確認された。その現職警察官は、妻子持ち。いわゆる不倫だった。職務規定違反を犯すほど男に入れあげたのに、結局、利用されただけだった貴子。ポッカリと空いた心の穴。その穴を美味しく頂こうとする者の欲望には、貴子は見逃せない上物に映ったはず。貴子からすれば、他の男性と付き合うことで、心と体の寂しさを埋めようとしても致し方ないことかもしれない。
一度、落ちた者には試練が付き纏う。
急がば回れ。
心の隙を衝かれぬ事。
貴子の落ち込む姿は、飢えた狼には美味しい餌に見えた。優しさと言う隠れ蓑に身を包み、親身になって相談者を演じる。人に言えない苦しみ、犯した罪悪感を脱ぎされる時間をたっぷりとお膳立てし、浸透するのを待つだけで、美しく、程よく熟した高級な女を凌辱できる欲求は、危険を冒しても手に入れたくなる魅力があった。その罠、心の隙には得てして、羊の皮を被った狼が近づいてくるもの。
冷静でいられない時こそ、神は、冷静さを保ち客観的に物事を見られるかの試練が与えられる。この試練こそが、今後の生き方を左右することになる。
暗いと文句を言うより、進んで灯りをつけましょう、と誰かが言った。
貴子は、明らかに灯りの灯し方を誤った。縋る事によって現実逃避を選んでしまった貴子は、底なし沼に足を踏み入れた。
警視庁は、捜査線上に浮上した貴子に事情聴取した。貴子は自分を清算するように、すべてを認めた。その結果、警察内部からの秘密漏洩が発覚した。
新宿署の女性巡査・高城貴子、23歳は、交際していた難葉会三次団体の暴力団組員の五十嵐大樹に捜査情報を漏らしたとして書類送検された。 警視庁は、貴子に停職六ヵ月の懲戒処分を課す。同日付で貴子は、依願退職した。
その後、貴子は実家に引きこもった。暗い部屋の中、ひとり、自分の犯した過ちと後悔と向き合う時間を過ごすことになった。過ちを犯した者が思う事、それは、時間よ、戻れ。その願いは叶わない。
走馬灯のように押し寄せる思い起こしたくない過去の出来事と向き合い、自分自身を責め立てる。与えられた試練の向き合い方を誤ったツケを貴子は、新たな孤独と言う牢獄で過ごすことになった。確かなのは、もう、父のような立派な警察官になるという夢が叶うことはない、と言うことだった。
事件シリーズ アイドル婦警とイケメン893-落ちこぼれた面々 龍玄 @amuro117ryugen
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