第7話 男を信じて賭けに出る
五十嵐は、いっぱしの女たらし。女性の母性本能を甚振る術は熟知していた。それに貴子は見事に嵌った。貴子からすれば、大樹は自分がいなければ上手くいかない、そう思うことで自分の存在を感じ、その快感に酔いしれていただけだった。
免許のやり取りから三日も経たずに大樹から、自動車学校のパンフレットと価格表がメールされてきた。貴子は前回と同じ段取りで三十万円を大樹に渡した。それから数日して自動車学校の看板を前に待機が立つ写真が送られてき、今から学科です、との一文が添えられていた。それからは、学科の授業が眠いとか、教習所内の運転での感想、仮免まで進んだ嬉しさなどが送られてくるようになった。貴子は何の疑いもなく、大樹のメールに応じていた。
五十嵐は、簡単に手に入れた貴子からの金を豪遊で使い果たしていた。金が底を吐きそうになると給与が遅滞しているとか、借金していた返済日が迫っているとか、何かと理由を付けて、金を無心していた。何度か会ってもいた。大樹の行動に不信感を抱いた貴子は、幾度か問い質した。その都度、貴子は、大樹の自分を正当化した高圧的な言動と態度に怯えと不安を抱かされ始めていた。その後、決まって、捨て猫の様に慕い縋りつかれ、貴子は、心と体を強く求められた。それは刺激的だった。真面目な生活を送っていた貴子は、正常な判断を禁断の果実よってなきものにされていたのと同時に、密会を続ける貴子に罪悪感が圧し寄せてきていた。
女性警察官とヤクザの許されざる恋。
仕事一筋だった生活が一変した。もしかしたら自分は利用されているのではないか。いや、一人の女性として、大樹は自分を愛してくれているはず、そう思う事で自制心を保ってた。
いけないことをしているとはわかっていても、気持ちを抑えるのは難しかった。貴子の変調を五十嵐が見逃すはずはなく、そんな気持ちを甚振るように要求は大胆になっていった。
五十嵐は、貴子に「最近、見張られている気がする。自分または組が、捜査対象になっている事件はあるか」と尋ねきた。貴子は、大樹が以前犯した傷害事件の容疑者の一人であることを知っていたが、答えられるはずもなく、曖昧な返事で誤魔化していた。それでも、しつこく聞き続ける大樹に不信感を募り、それは危うさに変化していった。流石に鈍感な貴子も、大樹の執拗な問い掛けに自らの置かれている立場を考えざる得なくなっていた。
「捜査が進めば、自分たちの関係が公になってしまうかもしれない。そうなれば、警察官を続けることはできない」
その裏では、大樹が自分を一人の女性として愛してくれているはず、と思う気持ちは、正常な認識と誤った理想との葛藤を繰り広げていた。
貴子は、大樹を信じてある賭けに出た。
捜査情報を教えれば、大樹は交際の事実を黙っていてくれるのではないか?大樹が自分との関係継続を望んでいるなら、きっとそうするはずだ。危険な賭けだった。まだ、見習いの貴子にはたいした情報は、得られない。でも、自分たちの関係がバレては困る。そこで、上司の目を盗み、こっそりと捜査書類を覗き込んだ。思いのほかあっさり情報は手に入り、ホッと胸をなでおろす。踊る心を抑え、すぐに貴子は大樹に電話をかけ、事件の罪名、捜査の進捗状況を教えた。
警察官が、容疑者に捜査内容を話す。超えてはならない一線だった。
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