第6話 助駒氏とは厄介なもの

 「仕事、見つかった?」

 「いや、まだだ…」

 「何か力になれる?」

 「ああ、いや…、大丈夫」

 「何?何かあったのね」

 「いや、大丈夫だ」

 「いいから言って」

 「…」

 「私、隠し事されるのって嫌いなの、だから言って」

 「ああ、実は兄貴が…」

 「その人がどうしたの?」

 「おやじは許しても俺は許さないって。仕事が決まったら邪魔をするって」

 「そんな、何とかならないの」

 「なる事は、なるんだけど…」

 「どうすればいいの?」

 「ケジメに迷惑料を寄こせって…、ああ、いいんだ、働いて用意するから」

 「仕事、決まったの?まだでしょ」

 「ああ、でも、貴子を面倒に巻き込みたくないから…、何とかするよ」

 「何とかって、どうするのよ」

 「分かんないよ、そんなの」

 「分かったわ、幾らいるの?」

 「何言ってんだ、これは俺の問題だ!」

 「もう、私の問題でもあるわ、いいから言って、さぁ」

 「す、すまない。兄貴が言うには五十万だって」

 「五十万?」

 「いいよ」

 「何がいいのよ。それがなければ真面目に生きられないのでしょ」

 「自業自得さ」

 「分かった、私が用意するわ」

 「そんなぁ~。す、すまない。必ず返すから」

 「男なら、簡単にすまないって言わないの」

 「すまない」

 「ほら、またぁ」


 ふたりは、境遇を共用することでひとつとなり、笑い声が込み上げてきた。人目のない公園で待ち合わせ、貴子から金を受け取った五十嵐は、健太を食事に誘った。


 「健太、今日は好きなものを食わせてやるぜ」

 「御馳になります。どうしたんすか、偉く羽振りがいいじゃないですか」

 「お前のお蔭でも、ある。だから、遠慮はいらねぇよ」

 「俺のお蔭…、あっ、あのメイクですか」

 「そう言うことだ」

 「またまたまたぁ。兄貴のことだから、怪我をしたからって、女を騙した?」

 「まぁな。細かい事は気にするな、さぁ、いくぞ」


 健太は、五十嵐の女を誑し込む才能に憧れを抱いていた。

 貴子は、大樹の境遇を憂えていた。金は渡した。しかし、その後の展開が何ら報告されていない。大樹への心配は、連絡のない怒りに変わりつつあった。そんな貴子の気持ちを見透かしたように、大樹から電話があった。


 「すまない、連絡が遅れて」

 「どうしてたのよ?」

 「あっ、ありがとう。あの金で兄貴の怒りは治まったよ」

 「それは良かったわね」

 「金は必ず返すから。そのためにも、早く働き口を探さないといけないから、あちらこちらに当たっていたんだ。なぁ、喜んでくれるか、仕事が決まりそうなんだ」

 「そ、そうなの?それは良かったわね。で、どんな仕事?」

 「配達の仕事さ。まぁ、助手だけどね」

 「真面目に勤めなさいよ」

 「分かってるよ。で、早く仕事に慣れたいから、当分、連絡が取れなくなるけど心配しないでくれ。人間関係ってやつを作るために頑張りたいんだ」

 「そ、そう、それは大事だもんね」

 「ああ、俺にとっては一番の難関かも知れないよ」

 「短気は、損気よ」

 「分かっているって。我慢我慢だろ」

 「そうね」

 「じゃ、落ち着いたらまた連絡するよ、待っててくれるか?」

 「ええ。お金を貸しているもんね」

 「参ったなぁ、ああ、待っててくれ、俺、頑張るからさ」

 「期待しないで、待っていることにするわ」

 「信用ねぇなぁ」

 「はい、信用させてください」

 「おう。じゃぁな」

 「頑張って」


 貴子の怒りはあっさり治まり、胸ときめく期待と希望に変わっていた。


 メールによる近況報告は毎日のようにあった。そのやり取りは、会わずして二人の関係を親密にしていった。一ヶ月程が経ったある日、大樹から電話があった。


 「あら、どうしたの?もう、仕事に慣れた?」

 「ああ、何とか上手くやっているさ…」

 「どうしたの?何か様子が変だけど」

 「いや、大丈夫だ、慣れないことで疲れているだけさ」

 「はいはい、何を強がっているのよ。問題発生って感じよ」

 「わ、分かるのか?」

 「あんた、分かり易よ」

 「そうか。実は問題が出来たんだ」

 「何したのよ、また、喧嘩?」

 「信用ねぇなぁ、俺?そんなんじゃないよ」

 「ごめんごめん。じゃ、どうしたのよ?」

 「会社の業績が悪化して、人員整理の話が噂されているんだ」

 「勤めたばかりなのに?」

 「ああ、詳しくは知らないけど、不当手形を掴まされたみたいで」

 「それでリストラの噂が」

 「ああ、それで助手の俺は危ないって、聞かされて…」

 「何とかならないの?」

 「俺も聞いてみたよ、そしたら運転免許を持っていればって」

 「免許を持っていないの?」

 「持っていない。それに先立つものもないからな。これも自業自得さ、そうなったら諦めるさ」

 「自暴自棄にならないでよ、折角、立ち直ろうとしているのに?」

 「仕方ないさ、ない袖は振れないし、そんな金があったら貴子に先に返すのが男の筋だからな」

 「私のことはいいのよ。それより運転免許があれば何とかなるのね」

 「確実ではないけど、ないよりはましかな」

 「じゃ、取れば」

 「簡単に言うなよ、先立つものがないって言うのに」

 「いいわ、私が出してあげるわよ」

 「何言ってんだよ、幾ら掛かるか知っているのか?」

 「分かっているわよ」

 「しかし、無収入の俺が貴子に借りるなんて出来ないよ」

 「いいから、さっさと免許、取りなさいよ。あんたが免許を取得するのが早いか、会社が耐えきれないかの勝負よ。戦わずに逃げるつもり?それでも男?」

 「言ってくれるじゃないか、面白い、やってやるよ、その勝負」

 「じゃ、あなたは教習所を探すことね。見つけたら連絡して、軍資金を渡すから」

 「すまない、世話ばかり掛けて」

 「乗り掛かった舟よ」


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