Dear K

夢月七海

Dear K


 二月十四日。僕たちマネージャーにとって、一年で一番忙しい日が来た。


「……これで、全部だよね?」

「すみません。あと一箱分あります」


 ジム所の一室、テーブルの上にのった三つの段ボールを眺めていると、去年の四月からの新人がいそいそと部屋から出ていった。

 しばらくして、新人は玄関から運んできた四つ目の箱を、ドスンとテーブルの上に置いた。すべての段ボールの中には、さらに宅配便で送られてきた小さな箱が入っている。


「さすがKさんですね。こんなにチョコをもらえるなんて」

「今年は話題作にも出ていたからねぇ。去年の倍の数、来ているよ」


 新人の言葉に、ついしみじみとしてしまう。売り出し中の俳優・Kさんのマネージャーになって三年目、先輩の俳優たちと比べるとまだまだだけど、やっとここまでこれたかと感じ入る。

 ただ、たくさん贈り物をもらえて良かったね、という話では済まないのが、難しい所だ。僕たちは、これらを一つ一つ、精査していかないといけない。


「えーと、僕はこっち側をやるから、君はそっちね」

「はい。分かりました」


 段ボールを二箱ずつ、新人と分け合う。送ってくれたファンの方々には申し訳ないが、これらのラッピングを解いたり、手紙を見たりして、マネージャーが中身を確認するのがルールだ。


「正直、変なプレゼントとか、手紙とか、あったりします?」

「うーん、ゼロではないけれど、数は意外と減っている方なんだよね。ほら、Kさん、SNSもやってるでしょ? 熱心過ぎる人は、そちらの方へ送ってくるから」

「ああ、なるほど」

「そういう人たちは、Kさん自身でブロックしているね。相談されたことはないから、身の危険を感じるほどのものはないんじゃないかな」


 そんな話をしながら、僕と新人は、一つ一つの小箱を開けていく。それらの殆どには、手紙が同封されていて、ざっと抜き取っていく。数が多いので、一度家に持ち帰って、読んでいく予定だった。






   ▢






Kくんへ


 久しぶり。元気にしてた?

 って、訊くのもなんかおかしいね。私は、K君が出ているテレビや映画は必ずチェックしているから、Kくんが元気にしているのを、嬉しい気持ちで見ているよ。


 私も元気だよ。色々あって、就職したけれど、仕事は楽しくて、毎日が充実している。

 夢を追っていた時よりも、今の方が幸せって感じるかな。変な話だけどね。


 今でも、Kくんといっしょだった時間を思い出すよ。

 もう、あれから六年が経つというのも信じられないくらいに、鮮明に。それくらい、美しくて濃い毎日だったんだ。


 無名の小劇団に入ってきたKくんが、私たちの前で初めて自己紹介した時の目のギラめき。正直、ちょっと怖かった。何が何でも、ここでトップになってやるという気概を感じられて。

 でも、最初に話したときは、物腰が柔らかくて、驚いちゃった。ただ、先輩を褒めたり、ダメ出しを喰らったりしている時も、ずっと目の奥は最初のギラめきが残っていて、「ああ、この人はずっと本気なんだな」と、密かに思っていたよ。


 Kくんが、この先、俳優として成功するはずだと確信したのは、入団して約一年後、初めてKくんが主役になった時だった。

 オーラとかとは関係ない、純粋な演技力の凄みで、お客さんも私たち劇団員も、目も肥えていた関係者も、飲み込んでしまった。あの瞬間、私は私ではなくなって、あの時の役に、心からなりきれたと思う。


 そんな経験、あれ以来無かった。だから、私は劇団を辞めたんだよ。

 辞めたと言えば、Kくんが突然、劇団を辞めたと言ってきた時も、大分揉めたよね。ある先輩からは、今から事務所に入っても無理だと言われてさ。


 でも、私は信じていたよ。Kくんの演技が生み出す世界を、Kくんの演技の強さを。

 Kくんが退団する日、意気地なしだった私は、そう言えなかった。でも、どんな時も自信で満ちていたKくんが、誰かからのエールを欲していたのではないかってことに、気付いたのは本当に最近のことだったんだ。


 今更、そんなことを言われても困るよね。あの時の先輩、「Kは自分が育てた」って自慢しているらしいけれど、それと一緒になっちゃう。

 ただ、同じ舞台に立っていた一人の女優として、Kくんの才能を間近で感じ取れたことは、私の一生の誇りになったよ。それだけは、伝えさせてね。


 昔の話をダラダラとしてごめんね。これからも、私はKくんを応援してるよ。

 この前、ベルギーに旅行した時に買ったチョコレートを一緒に送るね。Kくん、チョコレート好きだったから。


 また、いつの日かどこかで会えるといいね。


                                  R.S.より






   ▢






「Kさん、ちょっといいですか」

「どうしたの?」


 とあるテレビ局の楽屋。僕は、スマホを眺めていたKさんには話しかけた。


「公表していないけれど、実は小劇団に所属していたことってありますか?」

「いや、ないよ」


 Kさんは即答して、眉をちょっと顰めた。


「誰かから訊かれたの?」

「まあ、そんな感じですね」


 頬が引き攣らないように気を付けながら笑うと、Kさんは軽く頷いただけでスマホの方へ視線を戻した。

 ベルギー産のチョコレートと一緒に入っていた手紙のことを思い出す。あの手紙のことは、絶対にKさんに言えないなと思った。









































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Dear K 夢月七海 @yumetuki-773

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