ことりのぼうやのぼうけん

うさぎのしっぽ

ことりのぼうやのぼうけん


 ことりの ぼうやは、お母さんが だいすきです。いつも ぼうやのために おいしいごはんを よういしてくれて、やさしいこえで こもりうたをうたい、ぼうやがねむるまで ぼうやの羽を なでてくれます。

 ぼうやはいつも、お母さんといっしょでした。なぜなら、ぼうやには お父さんがいないからです。ぼうやは巣の中から、お父さんとあそぶ にんげんの子どもたちを、よく見ていました。


 男の子はお父さんと キャッチボールをして あそんでいたり、女の子はかたぐるまを してもらっていたり。

 ある子はお父さんと、かみひこうきをとばして あそんでいました。またある子は、お父さんと ブランコにのっていました。どの子もとっても たのしそうです。

 ながめているうちに、ぼうやはだんだんと さみしくなってきました。にんげんの子どもたちには みんなお父さんがいます。でもぼうやには、お母さんしかいません。


 ある日、ぼうやは お母さんに聞きました。


「ねえ、お母さん。どうしてぼくには、お父さんがいないの?」


 それを聞いたお母さんは、すこしおどろいたようでした。それでも、やさしいこえで こたえました。


「ぼうや、ぼうや、かわいい ぼうや。ぼうやには お母さんがいるじゃ ありませんか。それで じゅうぶんでしょう?」

「お母さんのことは だいすきだよ。でもぼくも にんげんの子たちみたいに、お父さんとあそんでみたい」


 お母さんの目が まんまるになりました。


「ぼうや、ぼうや、かわいい ぼうや。やりたいことがあるなら、お母さんがぜんぶ やってあげますよ。なにをしたいのか、いってごらんなさい」

「えっと……キャッチボール! あと、かたぐるまも!」


 ぼうやのこたえに、お母さんはこまったように わらいました。


「ぼうや、ぼうや、かわいい ぼうや。わたしたちは ボールをなげられないし、かたぐるまも できないのですよ」


 ぼうやはくちばしを、いつもよりもっと とがらせました。


「じゃあ ぼくたちにも できるあそびを、お父さんといっしょに やりたいよ」


 お母さんはかわらず、うたうように つづけます。


「ぼうや、ぼうや、かわいい ぼうや。お母さんがいくらでも いっしょにあそんであげますからね。さあ、きょうは どんなあそびをしましょう。はっぱで おめんをつくりましょうか? 木の実で おにんぎょうをつくったり、空をとぶ れんしゅうだっていいですよ」


 どれも ぼうやのだいすきな あそびなのに、ふしぎと やりたくありません。


「きょうはいいや。ぼく、おひるねするよ」

「じゃあお母さんは、おちばのおふとんを えらんできますよ。かわいいぼうや、おうちの中でまってなさい」


 お母さんはくちばしで、やさしくぼうやの羽をなでました。それから じぶんの羽をひろげて、巣からとびたっていきました。


 さて、お母さんにあんなことをいわれて、おとなしくまっているぼうやでは ありません。お母さんが でていったのを 見おくると、ぼうやはこっそり 巣をでました。

 ぼうやはことりですが、じつは じぶんだけで空をとんだことが ありません。いつも お母さんといっしょでした。下をのぞいでみると、おもったよりも ずいぶんたかそうです。


 ぼうやは ゆうきをだして、足をほんのちょっと まえにすすめました。それから いつもお母さんに いわれているように、羽をひろげて じょうげにゆらします。パタパタ……ふわっ。ぼうやのからだが、ちょっぴり うきました。


 パタパタ……ふわっ、をくりかえし、ぼうやは おもいきって 外にえいっと とびだしました。さいしょガクンと おっこちそうになりましたが、あわててパタパタはばたくと、なんとかぶじに とべるようになりました。生まれてはじめて、じぶんだけで とべたのです。ぼうやはうれしくて、お母さんにじまんしたくて たまりません。でも、このぼうけんは お母さんにはナイショです。

 ぼうやは お母さんとはべつのほうへ、パタパタとんでいきました。


 ぼうやが いっしょけんめい はばたいていると、べつのとりのむれが とんできました。とりたちは ぼうやを見つけると、「やあ、しんまいかい?」「風にあおられるんじゃないよ」と こえをかけて さっていきました。


 しばらくとんでいると、お父さんとあそんでいる 男の子が見えました。ぼうやは ちかくの木にとまって、ようすをながめました。


「ぼく、大きくなったら パイロットになるんだ」


 おとこのこが いいました。


「そうしたら、お父さんたちを いっぱいりょこうに つれてってあげる!」

「それは たのしみだなぁ」


 お父さんも とてもうれしそうです。

 それから 男の子とお父さんは、男の子のお母さんによばれて、家にもどっていきました。


 ぼうやは げんかんのドアがしまるまで、男の子たちをじっと 見つめていました。


「あの男の子には、とってもすてきな ゆめがあるんだね。ぼくもなにか ゆめを見つけて、お父さんに はなしてあげたいなぁ」


 ぼうやのゆめとは なんでしょう? ぼうやは けんめいにかんがえました。りっぱな家をつくること? いまより もっともっと たかくとぶこと?


「そうだ。ぼくのゆめは、お父さんとお母さん みんなとくらすことだ!」


 もしそれがかなえば、どんなにたのしいことでしょう。夜はみんなで ぐっすりねむり、朝はいっしょにおきて、朝ごはんを さがしにいくのです。昼はお父さんとあそび、空をとびます。くらくなったらお母さんが こもりうたをうたって、またみんなでねむります。弟や妹ができたら、もっとたのしくなります。ぼうやのゆめは ふくらみました。


 ぼうやは ふたたび とびたちました。風が ぴゅうっとふいてきて、ぼうやはあやうくながされそうに なりました。あわてんぼうの風は「ごめんよ」と あやまって、いそいで ふいていきました。


 すこしすすむと、こんどは女の子が お父さんと おしゃべりしていました。ぼうやは また木にとまり、なにをはなしているのか 聞きました。


「おとなになったら、パパとママに おやこうこうするの」


 女の子は はしゃいだこえでいいました。


「だからパパ、げんきで ながいきしてね」

「ああ。パパもママも がんばるよ」


 お父さんは 女の子のかみをなでて、ニコニコしています。


 それを見ていると、ぼうやも おやこうこうが してみたくなりました。ぼうやにできる おやこうこうとは、なんでしょう? 大きな木の実を もってきてあげる? ぐっすりねむるための ねどこをつくるのも いいかもしれません。それとも お母さんみたいに、はづくろいをするのが いいでしょうか。


「そっか、ぼくがやってあげたいこと ぜんぶ、やってあげればいいんだ」


 ぼうやは また羽をひろげて、空にむかいました。

 だいぶ とおいところへ きてしまったきもします。でもぼうやは はばたきつづけました。この空をとんでいったどこかに、ぼうやのお父さんがいるのです。きっと あいにいったら おどろきながらも、「よくきたね」とか「大きくなったなぁ」と いってくれるでしょう。ぼうやは かおもしらないお父さんをそうぞうして、ますますげんきに はばたきました。


 ところが、空がくらくなりはじめ、ぼうやもだんだんと とぶのがむずかしくなってきました。風もすっかりつめたく、羽がうまくうごきません。

 ぼうやはしかたなく、ちかくにあった 木のあなの中に はいりました。風もはいってこないし、やわらかいわらや おちばがはいっていて、あたたかいです。ぼうやは まぁるいかたちの わらの上にすわると、そのまま ついうとうととしてしまいました。


 それから どれぐらい たったのでしょうか。ぼうやは おちばをふむ カサッというおとで、ハッと目をあけました。見ると、あなのいりぐちに だれかがたっています。ぼうやはびっくりして、わらの上で ちぢこまりました。

 そのだれかは ぼうやを見ると、そろそろと ちかづいてきました。


「ぼくの家に かってに はいったのは だれだ?」


 だれかは ひくいこえで いいました。ぼうやはあわてて わらのクッションから おりました。


「ごめんなさい。空をとんでたら くらくなっちゃって、ちょっと やすみたかっただけなんだ。ここがおうちとは しらなくて」

「なんだ、まだ子どもじゃないか」


 だれかは すぐちかくまで やってきました。ぼうやよりも 大きなとりです。ぼうやはあいてを見あげ、くびをかしげました。はじめてあう とりです。でも、どこかで あったきもします。こえも かおも 見たことがないのに、いったいどうしてでしょう。


 かれは ぼうやの羽についていたわらを、ていねいに くちばしでとってくれました。


「きみは どこから きたんだい?」

「むこうの森だよ。お母さんとすんでるんだ」

「お母さんは きみがここにきてることを しってるのか?」


 ぼうやはちょっとまよってから、くびをよこにふりました。かれは あきれたように ためいきをつきました。


「じゃあぼくが 家までおくっていこう。もう だいぶ そとはくらいから、きみは ぼくの せなかに のるといい。わかったかい?」


 ぼうやが こっくりうなずくと、かれは そとにでていきました。

 うしろすがたを ながめながら、ぼうやは ふしぎにおもいました。ぼうやは お母さんいがいに、なかまのとりとは あったことがありません。だから、かれとも あったことがないのです。

 でも、ぼうやより するどいくちばしも、キリッとした目も、大きくてりっぱな羽も、どこかで見おぼえがあるのです。


 ぼうやが かんがえこんでいると、かれが いりぐちから こえをかけてきました。


「さあ、いくよ。ぼくの せなかに のりなさい」


 ぼうやはおずおずと、そのせなかにのりました。ぼうやより ずっと大きなそのせなかは、なぜかとっても なつかしいきがしました。それに、とてもきもちがいいのです。羽がじょうげするたびに、ここちよいゆれが ぼうやをつつみます。ぼうやはまた ねむくなってきそうでした。

 ぼうやが おもわずあくびをしていると、かれがいいました。


「ねむいなら ねておくといい。ちかくについたら、おこしてあげよう」


 それを聞くと、ぼうやは あんしんして、ますますまぶたが おもたくなりました。とろとろ……とろとろ……ぼうやは目をとじて、ゆめの中へいきました。


 ゆめの中でぼうやは、だれかの はなしごえを 聞きました。どこかで 聞いたこえです。


「あなた、見てください。なんて かわいらしい ぼうやでしょう。あなたに そっくりですよ」


 やさしいこえが そういって、ぼうやのあたまを なでています。すると、べつの ひくいこえがしました。


「この小さなくちばしは、きみにもそっくりだ。でも おとなになれば、りっぱなくちばしになるだろう」


 このこえは どこで聞いたこえでしょう。わかりませんが、どうしてか ぼうやの すきなこえです。


「ぼうやのことは まかせたよ。この子が ぼくを こいしいといったら、こう ささやいてあげておくれ。「ぼうや、ぼうや、かわいい ぼうや」と」


「ぼうや、ぼうや、かわいい ぼうや」


 だいすきな やさしいこえがして、ぼうやは 目をさましました。目になみだをうかべたお母さんが、ぼうやを のぞきこんでいました。


「ぼうや、ぶじでよかったわ。いったい どこへいったのかと、お母さんは しんぱいで、しんぱいで」

「お母さん、ぼくだいじょうぶだよ。ぼく、ひとりで空をとべたんだ。それにね、ここまで せなかにのせて、つれてきてくれたんだ。ほら……」


 ぼうやは キョロキョロとあたりを見ましたが、ぼうやとお母さんいがい、だれもいません。お母さんは こまったように くびをかしげました。


「お母さんがきたとき、あなたはここで ひとりで ねてたんですよ、ぼうや。きっと ゆめを見てたのね。さあ、おうちまで お母さんといっしょに かえりましょう」


 ぼうやは こくんと うなずきました。でも、あれは ほんとうにゆめだったのでしょうか? どこからどこまでが、ゆめだったのでしょうか?

 ぼうやは お母さんのせなかに のりました。たとえ ゆめだったとしても、あのとき のったせなかが、お父さんのせなかだったら うれしいな、と おもいながら。



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