僕たちのセカイ
屋上へ続く扉の鍵は、僕がカードキーを使うまでもなく開いていた。それがおかしくって、僕たちは顔を見合わせて笑って、それから屋上へ出た。
久しぶりに吸い込む、外の空気。今日はよく晴れている。太陽って、こんなに温かかったっけ。木々の香りが鼻腔をくすぐる。気持ちいい。僕たちは大笑いしながら、屋上を走り回った。
「ねえ、見て!」
彼女がフェンスから身を乗り出して、下を指差した。そこを見てみると、遥か下の地面に、大きな赤い丸があった。よく見るとそれはひとつの丸ではなくて、ふたつの丸が混じり合って、大きなひとつの丸になっているようだった。
「あれ何だろうね? 面白いね!」
彼女が笑う。
あれはきっと、リョウスケとユキだろう。遠すぎてよく分からないけれど、二人は抱きしめ合っているようだった。良かった。良かったね。良かったのかな?
分からなくなって、僕は笑った。良かったね、リョウスケ。ユキ。おめでとう。おめでとう!
僕は笑いながら拍手をした。彼女も真似をして、拍手をしてくれた。僕の中には喜び以外の感情があったはずで、二人にはそれを向けるべきだというのは分かっていた。だけど、もう僕にはどうしようもないから、僕はひたすらに拍手をした。二人のために――かけがえのない、僕の友達のために。
外の世界は、なんだか拍子抜けするほど普通だった。
隔離施設は山の上にあるから、見晴らしがすごく良い。遠くの街がよく見える。高架の上を電車が走る。車が渋滞している。信号の色が変わると、たくさんの人々がいっぺんに移動する。普通の人間の世界が、あそこにある……。
僕は、閉ざされた僕の世界を思った。あるはずだった未来を思った。
僕は受験をして、高校生になって、母さんはシイタケの入っていないちらし寿司を作ってくれる。僕は彼女に出会って、もっとたくさんの人たちにも出会って、泣いたり怒ったり、悩んだりする。今はもう永遠に失われてしまった、僕の世界。
僕には、どんな未来があったのだろう。隣で笑っている彼女には、どんな未来があったのだろう。
「ねえ」
彼女に呼びかけると、彼女は微笑みを浮かべたまま、僕の方を向いた。桜色の唇が可愛らしいな、と思った。
「キスしようか」
大きく傾いた午後の日差しの中で、僕たちは触れるだけのキスをする。
ピシッ。亀裂の入る音がした。地平線に閃光が走り、雷よりも低い轟音が空気を奮わせた。地面が大きく揺れる。遠くの山が火を噴いている。大気を突き破って、鉄の塊が地上に降り注ぐ。
僕たちはセカイの中心だ。
鳴り響く防災サイレンの中、僕はもう一度、彼女の唇にキスをした。
<終わり>
ぼくたちはセカイの中心 深見萩緒 @miscanthus_nogi
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