彼女
歩きながら、リョウスケはずっと喋り続けた。一度でも口を閉じてしまえば、僕のように、口から笑いしか出てこなくなると思い込んでいるようだった。
――あの日も、僕たちはキスをしたんだ。さっきみたいにね。
みんなが、僕たちを気持ち悪いと言った。よってたかって僕たちをいじめた。逃げ場のない寄宿学校の中で、僕たちは互いの存在だけが救いだった。
酷い雨の日だった……僕たちは、怒り狂った生徒たちに、屋上に追い詰められたんだ。みんな、怒りで我を失っていた。彼らの常識に当てはまらない僕たちが、彼らにとっては耐え難い恐怖だったんだろうね。
だけど、どんなに間違っていると言われようと、どんなに気持ち悪いと言われようと、僕たちはもう離れられなかった。だって、愛し合ってしまったんだから。
この愛が禁忌だと罵られるのなら、僕たちはいっそ死んでしまおうと思った。だから屋上に逃げて、二人で飛び降りる前に……キスをしたんだ。
「そうしたらね、みんな消えちゃった」
リョウスケは、歌うようにそう言った。
「『セカイの中心』っていうのはね、何も関係性の悪化ばかりが、滅亡に繋がるわけじゃないんだ。二人が結ばれることで滅びるセカイもある……僕たちは、知らず選択させられていたんだよ。セカイを取るか、互いを取るか。だってセカイが僕たちの愛を許してくれないのなら、どちらかが滅びるしかないだろう?」
リョウスケの話を聞きながら隣を見ると、ユキが口を真一文字に結んだまま、リョウスケそっくりの表情をしていた。そういえば、二人はよく似ている。そっくりだ。
僕が笑うと、リョウスケはいつものように、「面白かった?」と訊いた。僕が「うん」と言うと、やっぱりいつものように「良かった」と返ってくる。けれど今日はいつもと違ってユキもいるので、途中で「なに笑ってんの」と文句が突っ込まれた。
「だって、面白いから」
「何が面白いの?」
「ぜんぶ」
「あっそ」
ユキは相変わらず冷たい。氷の女王のようだ。だけどずっと見ていると、薄氷のような唇が「ごめんなさい」と動いたような気がした。
「さあ、着いたよ」
真っ白な扉の前で、リョウスケはようやく立ち止まった。先頭を僕に譲り、僕の背中を優しく叩く。
「ここから先は、きみに任せるよ。僕たちは、もう行く」
「行くって、どこに?」
指先でカードキーを弄びながら、僕は尋ねる。「あの本、最後まで読んでもらってないのに」
そうしたら背後から、リョウスケの笑う声が聞こえた。
「自分で読みなよ」
二人ぶんの足音が、僕から遠ざかっていった。とうとう僕は、一人ぼっちになった。予想通り、やっぱり笑いがこみ上げてくる。僕は一人ぼっちだ。ははは。
けれど――……白い扉の奥に、人の気配があった。そして僕の手には、カードキーがある。僕はちょっと迷ったすえに、薄いプラスティックを機械の中に差し込んだ。小さな電子音がして、扉が開かれる。その先にいた人物の瞳が、僕を捉えた。
「……誰?」
色の白い、小柄な少女が呟いた。彼女の頬には、薄っすらと笑いが貼り付いている。僕は自己紹介もせずに、彼女の部屋に一歩入り込んだ。彼女はそれを嫌がりもせず、何が面白いのか、あははと笑った。
「ねえ、誰? 誰なの? どこかで会った? どこかで会うはずだった?」
彼女は僕に手を伸ばした。僕は迷いなく、その手を取った。
僕たちは手を取り合って、部屋の中をくるくる踊り回った。天井の照明が、換気扇の回る音が、固くて冷たい床が、壁が、全てが僕たちを祝福してくれる。
僕たちは笑いながら踊り続けた。疲れるまで踊って、疲れたら二人で甘ったるいココアを飲んで――……それから僕たちはどちらから誘うともなく、二人連れ立って、施設の屋上へ向かった。
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