第10話 おめでとう、全ての勇者におめでとう

 とりあえず、スライムに軽く、パンチ。

 思ったよりも遠くに飛んでいったみたい。

 うん。

 我ながらよく飛ばしたもんだと思う。

 新記録とは言い難いけど、それなりに飛んだわ。


「あのさ。勇者として恥ずかしくないの? こんな女の子に守ってもらってるのって、男としてどうなの? 人としてどうなの?」

「そ、それを言われるとぼかあ、辛いなあ」


 下手に顔がきれいなのにマリウスさんって……もしかしなくても、弱いよね。

 勇者は強くて、男らしくて、かっこいいものだって思ってたんだけど、何か、違う。

 物語の中の勇者はフィクションであって、実際には存在しない架空上の生き物に違いない。

 少なくとも本物の勇者であるはずのマリウスさんがこれだし!


「でもさ。こうも思うのよ?マリウスさんは男だから、勇者だからって、無理してない? それって、自然じゃないよね」

「無理か。そう見えちゃうかな。僕は勇者なのに何の取り柄もないからね」


 自嘲するように空へと目をやって、遠い目をするマリウスさんはそれだけで絵になってしまう。

 実に残念な人だと思う。

 こんなにもきれいで立っているだけでも絵になる勇者なのに。


「わたしね。決めたよ」

「え? 何をですか?」


 ふとした疑問に小首を傾げたマリウスさんは自然にかわいいって、思える。

 とても年上とは思えない愛くるしさを感じるのは見た目だけじゃないんだろう。

 内面から、溢れ出す彼の人間性がそう見せてるんだ。

 確かに男らしくはない。

 勇者なのに剣を持つ手と膝が震えてるんだから。

 でも、ただ震えてるだけじゃないのよ。

 目の前で起こっている出来事に胸を痛めながらも優しいから、守ろうとする心を忘れない。

 気付かれないようにこっそりと支援魔法かけていたのを知ってるよ。

 どことなく仕草が女の子っぽくて、意気地がないけどマリウスさんは立派な勇者なんだ。


「わたし、このままでもいいんだって、気付いたの。マリウスさんのお陰で気付いた! 女の子だからって、女の子らしくなんて、する必要ないのよ。マリウスさんも勇者だからって、無理する必要ないんだよ?」


 🐺 🐺 🐺


 その後、尻込みしてるマリウスさんの手を引っ張ってゴールまで突き進み、無理矢理クリアした。

 最上階には案の定、したり顔のアンソニーが待ってた。

 『おめでとう、全ての勇者におめでとう』と拍手してきて、さらに苛つかせてくるのは気のせいかな?


 マリウスさんは魂が抜けたように真っ青な顔になってたけど、帰る頃にはとても晴れやかな表情をしていたのが印象的だ。

 『僕も変に無理をするのをやめるよ。僕、君の……』と最後、別れる時に何か、ゴニョゴニョ言ってた気がするけど、聞こえなかったので気にしない。

 わたしは細かいことは気にしないことにしてるの。


 そして、十二歳の誕生日を迎えたわたしが選んだのは……


「レナ。本当にその服でいいの?」

「いいのよ。女の子だからって、ドレス着ないといけないなんて、規則はないもん」


 腰まで伸ばしていた髪はバッサリとカットしてもらって、今は肩までやっとあるくらいのショートボブ。

 黒革のショートパンツを履いて、足は隠さないスタイルにしてる。

 この方が動きやすいし、蹴りやすいからねっ。

 上着はレースのあしらわれた長い白ブラウスの上に太腿まで裾のある黒のアウターを羽織ってる。


「そういうマリウスこそ、攻めてない?」

「無理しないでいいって、言ったの君だよね?」


 淡い桃色のバトラースーツに身を包んだ勇者マリウスが差し出してくれた手にエスコートされて、今日、わたしは貴族学院に入学する。

 女の子として、無理しないで生きていく。

 勇者として無理しないと決めた人と一緒にね!


 わたしはグレモリー。

 愛を求めて、彷徨う魔王なんだから。


 Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王様は今日もわがままを言う 黒幸 @noirneige

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ