Ⅳ.

 学院アカデミアが根城としている古城は、広大な湖の中心にそびえ立つように存在している。


 外との行き来は正門と対岸を繋ぐ橋を渡るか、船に乗るしかない。東西戦争で直接互いに戦火を浴びせかけていた頃は、防衛の関係上、橋が落とされていたこともあるという。


 城自体は元々島であった地面の上に建てられているから、水面に直接城が乗っているわけではない。鋭く空に向かって伸びた地上階層にばかり注目が集まる学院アカデミアの城だが、実は地下階層もそれなりに深く広いため、全容は外から見る以上に複雑だ。


 ──ひとつ見目を裏切らない点を挙げるならば、湿気が多いという部分だな。


 アルザックの死体が発見された現場に向かって地下階層の階段を降りながら、ミスリルは滑りそうになる足元に顔をしかめていた。


 滅多に人が近付かないエリアであるせいか、周囲はろくに照明設備も備えておらず、闇の中に沈んでいる。外界もすでに日暮れを迎えているが、夜の闇とはまた違う深淵の中に身を沈めていくような心地がした。


「そろそろ到着します、お師匠様マイロード


 魔動カンテラを掲げるミスリルの前を歩きながら、ミーネが朗らかに声を上げた。


 ミスリルが湿った古い階段の段差を確かめるように降りていくのに対し、ミーネはここでもピクニックを楽しむかのような弾む歩調を崩していない。ミスリルより夜目が効くミーネにはこの状況でも周囲が見えているのか、先を歩くミーネは魔動カンテラが照らす範囲よりも先へ体の輪郭を溶け込ませていた。


「あと二歩で階段が終わります。足元にお気をつけて」

「ああ」


 カツン、と一際高い音が、己の足元から上がる。


 その音で自身の足が階段を降りきり、死体発見現場に踏み込んだのだと覚ったミスリルは、小さく溜め息をついてから己の頭上へカンテラを掲げた。


 背後には自分達が降ってきた古びた階段。人が一人何とか歩けるかという幅の階段が途切れた先には、ミスリルが顔をあおのかせても天井高が測れない、高さも幅も奥行も広大な倉庫が広がっている。


学院アカデミアで消費される資源の多くを貯蔵している倉庫になります。主な貯蔵物は魔力資源や科学薬品、実験用品など、主に研究用途の資材になります」

「そんな場所に、なぜ掃除夫が?」

「科学薬品の中には、掃除用洗剤として転用が効く素材があると聞いたことがあります」


『研究室によっては、資材の運搬を懇意の掃除夫に頼むこともあるそうですよ』と言葉を続けながら、ミーネは踊るような足取りのまま奥へと踏み込んだ。


「しかしいずれにせよ、教授ロードの地位を持つ御方が訪れるような場所ではありませんね」


 その歩みに導かれるように、ミスリルもミーネの後ろに続く。


 空間が広すぎるためなのか、自分達の足元から革靴が立てる音は聞こえるのに、不気味なくらいに反響音が聞こえなかった。


 まるで知らない間に、魔物の胃袋の中に放り込まれてしまったかのような。そんなありもしない幻想が一瞬、ミスリルの脳裏をぎる。


「だが、わざわざここまで死体を運搬したと考えるのも、不自然なのかもしれないな」

「もっと簡単に遺棄できる場所が、他にもたくさんあるから、ですか?」

「ああ」


 妄想とまで言える物思いを軽く首を振って打ち捨て、ミスリルは改めて進む先へ視線を向けた。その上で紡いだ言葉に、ミーネが打てば響くような切り返しを見せる。


「わざわざあえてこの場所に死体を遺棄する利点が、かけた労力以上にあるのかはなはだ疑問だ」


 城は広い。その上構造が複雑だから、窓越しにすぐ傍に見えている場所まで移動するのに小一時間かかるようなこともザラにある。


 そんな不便を解消するために、城内には空間転移の魔術陣がいたるところに設置されている。この城の中で行動している人間ならば、誰でも自由に使える魔術陣だ。


 ミスリルとミーネは、魔術薬学研究室に設置されている魔術陣から、まずこの場所に一番近い陣まで飛んできた。それからひたすら自分の足で道を進み、階段を降り、それなりの労力と時間をかけてここまで来ている。この場所はそれだけ城の主要部から外れた位置にあるということだ。


 つまりアルザックはどこか別の場所で殺さており、後に犯人が遺体をここまで遺棄しに来たということになれば、犯人も同じ道筋をわざわざ歩いたということになる。さらに言えばミスリルとミーネはただ歩いただけだが、犯人はアルザックの死体を抱えていたはずだ。


 わざわざ死体遺棄にそこまでの労力をかけたとなれば、それなりの理由が必要だ。人が訪れない場所など、それこそこの城の中にはごまんとある。もっとお手軽に死体を投げ込める場所など、それこそ掃いて捨てるほどあるはずだ。だからこの場合、『人気ひとけが少ない辺鄙な場所』という条件は『それなりの理由』には当たらない。


『理由』が見つからないとなると、アルザック自身がここで死んだと考えた方が自然、ということになる。


 ──そうであった場合は、アルザックがわざわざこの場所に来なければならなかった『理由』が必要になるわけだが。


 どちらがより自然な『理由』となるか。焦点はそこになりそうだ。


「ミーネ、君はあの検体に投与された魔術毒は、一体どのような系統のものだったと考えている?」


 現状、どちらの仮説に対しても、その『理由』を探し出せそうなデータは手元にない。


 ならば、とミスリルは思考の方向性を変えた。


「理論式から術式の全容を読み解くのは少々骨が折れそうだ。だが検体の様子から、何かしら仮説は立てられただろう。君の所見を聞かせてくれないか」

「喜んで、お師匠様マイロード


 ミスリルが呼びかけると、ミーネは足を止めてミスリルを振り返った。


 その顔にフワリと、咲きほころぶ薔薇のごとき麗しい笑みが浮かぶ。ミーネの体を包み込むかのように翻ったローブの動きも相まって、ミーネはさながら闇の中に咲いた一輪の花のようだった。


「私は、一酸化炭素中毒に似た症状を引き起こす理論式が投与されていたのではないか、という仮説を立てました」


 まるで『嬉しくて嬉しくて仕方がない』と語りかけるかのような笑みは、ミスリルに仮説を所望されたことで浮かんだものなのか。


 あるいは、毒と死について思考を巡らせているから浮かんだものなのか。


 そのどちらであるのか、ミーネの内心をはかることが、どれだけの年月を重ねてもミスリルにはできない。


「まるで眠っているかのように血色の良い検体でした。直接触れたわけではありませんが、喉の腫れや、生前苦しんだ痕跡も見受けられませんでした」


 さらに言えば、検体には外傷らしい外傷も見当たらなかった。ざっと見たところ、目立つ場所に刺し傷等もなかったという。


 じっくり見なければ分からないような場所に他殺に繋がる傷ができるとは考えにくい。ならば魔術毒の理論式は経口摂取された可能性が高い。


「苦しむ間もなく意識を失っており、あれだけ自然死に近い検体。その上で病死等などでないならば、高濃度一酸化炭素中毒を疑うのが妥当と考えます」

「さらに言えば、集中的に脳を狙う形で、か?」

「はい。あ」


 笑みとともに淀みなく答えてから、不意にミーネはコテリと首を傾げた。ミスリルを見上げたまま目をしばたたかせるミーネに、ミスリルもわずかに首を傾げる。


「どうした?」

「一酸化炭素中毒は、毒殺ではありませんよね?」

「発生させる理論式を刻んだ物体を生態に投与し、魔力を流入させることにより投与体を死に至らしめた場合は、魔術毒で死んだという判定になるのではないか?」

「いえ、そうではなく」


 ミーネが何を疑問に感じているのかが掴み切れず、ミスリルはさらに大きく首を傾げる。対するミーネは、素朴な疑問に気付いた、といった雰囲気で問いを続けた。


お師匠様マイロードを高濃度の一酸化炭素の中に突き落とした場合、お師匠様マイロードは一般人と同じく死ぬのでしょうか?」


 ──そこか。


 思わずミスリルはカクリと肩を落とした。どんなことにも興味を抱くのは良いことだが、発想が常にそこに起因するのもどうかと思うミスリルである。


 しかし真摯に問われたならば、己が持ちる知識と思考力をもって、相手に真摯に答えなければならない。


 それがミスリルとミーネの師弟の間にある暗黙の了解だ。


「私に効かないのは、あくまで毒だ。高濃度の一酸化炭素の中に突き落とされれば、恐らく一般人と同じく、普通に死ぬ」

「そうなのですかっ!?」

「外傷および病気等でも普通に死ぬはずだ。一度大量出血で死にかけたことがある」

「えっ」


 ミスリルから与えられた答えに一度顔を輝かせたミーネだが、その輝きは後ろに続いたミスリルの言葉を受けてスッと消えてしまった。常とは違う反応に、ミスリルは肩を落としたまま首を傾げる。


 ──いつも私の新しい基礎データを知ると、種類を問わずに喜ぶんだが……


「そ、それは……」


 輝きが消えた後のミーネの顔にあったのは、戸惑いに近い表情だった。困惑に微かな怒りや痛みを混ぜ、瞳を揺らしながら、ミーネはミスリルを見上げる。


「事故などの、予測不能な事態で発覚したのですか? それとも……」


 だが戸惑いの理由を表す言葉は、途中でフツリと切れた。


 ミスリルが見つめる先で、ミーネの視線がスイッと横へ流れる。そのことにミスリルが疑問の声を上げるよりも、ハッと何かに気付いたミーネが身を翻す方が早い。


ご主人様マイロードっ!!」


 ミーネの口から飛び出した『マイロード』という呼称が、『師』を呼ぶものではなく『主』を呼ぶものだと気付いた時には、銀の閃光が闇を切り裂くように走っていた。その輝きに思わずミスリルが目を瞬かせた時には、すでに第二の剣戟音が響いている。


「お下がりください、ご主人様マイロード


 言われずとも反射的にミスリルは数歩後ろへ下がっている。


 そんなミスリルの視線の先。低く身構えたミーネの両手には、いつの間にかそれぞれに大振りのナイフが握られていた。


「敵襲です」


 ミスリルを背後に庇い、『弟子』ではなく『従者』……ミスリルの護衛としての顔を見せたミーネは、感情が消え失せた声で端的に告げた。そうでありながら宝玉のごとき美しさを湛える瞳には、トロリと深く笑みが溶けけ込んでいる。


 暗殺者としての本性をさらしたミーネが、そこにいた。


「撃破までは考えなくていい。安心して撤退できるだけの安全性を確保しろ」


 そんなミーネを前にしても、ミスリルの声は微塵も揺らがない。


 東西が戦争を始めて久しい。そして戦争という代物は、総じて人命を軽くする。


『自分にとって不都合な人間を殺して消そう』という考え方は、東西が直接戦火を交わさなくなった今なお根深い。『学院アカデミア』という組織の中にいようとも、それは同じだ。いつ誰が、どんな風に、どこから命を狙ってくるかなど、分かったものではない。


 だからミスリルはに備えて、常にミーネを己の傍に置いている。


 暗殺者としての戦闘能力を備えた、稀代の毒の天才を。


 ミスリルを『己の毒を以て殺す得物』として捕捉しているミーネは、他のいかなる脅威からもミスリルを守り通す。


 この誰がどんな形で自分を害するようになるか分からない物騒な世界の中で、これ以上に信頼できる『護衛』は中々いない。


 ──もっとも、私はその『護衛』に一番暗殺されかかっているんだがな。


 そんなことを頭の片隅で考えながらも端的に指示するミスリルの声は、ミーネと同じく淡々としている。


 ミスリルは左手で魔動カンテラを高く掲げると、右手をカンテラの底に這わせる。そこに刻まれていた理論式に魔力を流し込むと、カンテラはまるで真昼の太陽の輝きを分け与えられたかのように眩く周囲を照らし出した。


「何とかなりそうか」

「お任せを」


 光と闇の境界線に、異質物の輪郭がわずかに見える。資材貯蔵のための箱などでは決してないその輪郭は、雰囲気だけで言えば人に近いのかもしれない。


 ──誰かが張り込んでいた? いや、そうであったならば、ミーネはもっと早く気付けたはず。


 照明役に徹しながら、ミスリルは冷静に状況を観察する。


 そんなミスリルの視線の先で、闇の輪郭線を歪ませているがジワリとさらに輪郭線を変える。


 その、瞬間。


 ミスリルの視界の端でジリッと足を前へ滑らせたミーネが、次の瞬間そこから姿を消していた。


「っ!」


 無音の気合と、金属同士がかち合うような耳障りな高音。光と闇の間を行き来しながら、ミーネはボールが跳ね回るかのように両のナイフを振るい続ける。


 ──敵は複数。ミーネが一撃で降せないということは、武装しているのか?


 敵はミーネが誘い込んでも光の中まで出てくる気配はないようだった。一度牽制するかのように闇に深く踏み込んだミーネが以降動き回る範囲を狭めても、相手は斬撃の先をわずかに光にさらすだけで本体をさらけ出そうとはしてこない。


ご主人様マイロード、どうやら向こうは生身の人間ではないようです」


 観察を続けるミスリルの視線の先で、タンッという軽やかな足音とともにミーネが口を開いた。一旦ミスリルの前まで下がったミーネは、油断なくナイフを構え続けながら己の所感を口にする。


「においと気配がありません。形は人型をしているようですが、動きも生身の人間にしては不自然です。装甲兵を疑い、ナイフの刃先が内部にまで届く部位に攻撃を加えましたが、ナイフに塗布していた毒が効いた気配もない。以上より総合して考えると、魔動兵士のたぐいかと」

「なるほど」


 魔動兵士とは、自立型の理論式が刻まれた兵士の人形のようなものだ。魔術師が魔力を注入して起動させれば、生身の人間の代わりに戦闘をこなす。東西戦争の激化を受け、戦力拡充のために生み出された『人の形をした兵器』だ。


 ミーネがナイフに仕込んでいる毒のえげつなさは、ミスリル自身が身を以て知っている。どれだけの強者つわものであろうとも、生身の人間であればまず今の時点で無事ではいられない。ミーネの毒を受けても平然としていられるならば、ほぼ間違いなく相手は無生物だ。


 ──魔動兵士であるならば、動力になっている魔力を抜いてしまえば動きを止めるはず。


 ミスリルは闇を見据えたままカツリと革靴のかかとで床を叩く。その音に呼び起こされたかのように、地下空間の空気がユラリと揺れた。


「ミーネ、敵の腕一本くらいならばもげそうか?」

「かなり装甲が硬く、こちらの攻撃はほぼ向こうに通用していません。傷ひとつついた気配もない。ですが」


 フルリ、と。


 ミスリルが起こした波紋のような揺れに怯えたかのように、今度は空気に含まれた水気が揺れた。


 その揺れの中にたゆたわせるかのように、ミーネは笑みを含ませた声を落とす。


ご主人様マイロードがお望みならば、何とかしてみます」

「頼んだ」


 ミスリルの愛想のない声に、やはりミーネは嬉しそうな笑みをこぼした。その瞬間だけミーネの表情が、常の恋する乙女のようなそれに戻る。


「お任せください、マイロード」


 そんな幸せそうな顔のまま紡がれた『マイロード』という呼びかけは、弟子としてのものだったのか、従者としてのものだったのか。あるいはどちらでもなく、本当に『恋する乙女』のものだったのか。


 確かめる術もなければ、ミスリルには確かめる意思もない。


 ただその声を合図に、ミーネの体が弾かれたかのように前へ飛び出す。


 その動きに合わせるように、ミスリルは右足の革靴の踵で、つま先で、靴底全体で、リズミカルに床を蹴った。


 その音と振動に共鳴したかのように、ユラユラと空気が踊りだす。ミスリルの意思に従い、世界を織り成す事象が組み替えられていく。


「『解析陣を起動』『範囲定義:中心より半径10m』『解析定義:(魔力⊅ミーネ・ミスリル)∩(魔力⊅自然力)』」


 ミスリルが最も得意としているのは、魔術毒を式で扱う形だ。


 だがミスリルは決してそれだけでしか魔術を振るえないわけではない。


「『解析陣を捕縛陣へ変換』『抽出条件合致の物体を捕捉』」


 ミスリルが範囲を定義した床に、淡く水色を帯びた光が走る。瞬きをする間に複雑な式を床に走らせた光は、ミーネがナイフを振るっている間に標的を捕捉すると、まるで蛇が得物に這い上がるかのように標的に絡みついた。カンテラの光から逃げ続けてきた標的達は、ミスリルが操る陣から解けた光によってその全容を露わにする。


 ──確かに、人型だな。


 四肢を光によって縛られた標的は、目に見えて動きを鈍らせた。その瞬間を待っていたかのように高く跳躍したミーネは、一番手前にいた機体の腕を狙ってナイフを振り下ろす。真上からミーネの全体重とナイフの重みをかけて振るわれた刃は、あやまたず肘の部分に叩き込まれた。いかに高強度の装甲といえどもその一撃は有効だったのか、淡青色の光に彩られたパーツが床に落ちる。


しまいだ。『補足した物質より魔力を吸収』『吸収した魔力を自然力へ放出』」


 それを確かめてから、ミスリルはパチンッと右手の指を鳴らした。まるでその衝撃に撃ち抜かれたかのように、敵機は揃ってビクリと体を奮わせ、次の瞬間ガクンッとその場に倒れ込む。


 ミスリルはそのまま用心深く機体を観察する。だが数秒観察してみても、機体が再び動き出す気配はない。


 その事実をさらに呼吸数回分確認し、ミスリルはようやく展開していた魔術陣を解除した。ついでにカンテラの底に指を這わせ、カンテラの光度を元に戻す。


「さすがです、お師匠様マイロード!」


 ひとまず難を逃れられたことに、ミスリルはホッと息をついた。そんなミスリルの元に闇の中からピョコリとミーネが帰還する。


「鮮やかなお手際でした。眼福です!」

「君もこれくらいのことはできるだろう」

「確かにできはしますが。お師匠様マイロードが実験以外の場で魔術を行使する姿を見るのは、久しぶりでしたから」


『普段からもっと腕をふるってくだされば良いのに』やら『お師匠様マイロードの魔術は、展開された理論式もスッキリと整っていてとても美しいです!』やらと頬を上気させてミーネは熱弁を振るう。


 だがミスリルの関心はそんな弟子ではなく、弟子の両手の上にフワフワと浮いている物体に向けられていた。


「保存してくれて助かった」


 杯を作るかのように両手を合わせたミーネの手のひらの上には、巨大なシャボン玉のような球体が浮かんでいた。ミーネの魔力が満たされた球体の中には、敵機から切り落とした肘先が収められている。


 ミスリルが魔力を抜き取るよりも早く機体から切り離され、ミーネの魔力の中に収められたパーツは、いわばまだ『生きている状態』だ。しかるべき専門家に解析を依頼すれば、それなりの手がかりを得ることができるだろう。


 ──さて。誰が適任か。


「ミーネ、しばらくその状態を維持することは可能か?」

「はい!」

「転移魔術での移動にも耐えられそうか?」

「お任せください!」


 ミーネの朗らかな返答も合わせて、ミスリルはふむ、としばらく考え込む。


 結論はそう時間をかけることなく得ることができた。


「では、来なさい」


 ミスリルは身を翻すと、先程降ってきた階段に足をかけた。今度はミスリルを前にして、二人は現場を後にする。


「どちらへ向かいますか?」

「魔術科学研究室だ」


 端的に答えたミスリルは、足を止めないままチラリとミーネを振り返る。階段の段差のせいで常よりも高い位置にあるミスリルの顔をキッチリと見上げながら、ミーネは軽く首を傾げていた。恐らくその意味は『こんな夜分にお邪魔しても大丈夫なのでしょうか?』だろう。


「他所ならば許されない。だがあそこならば許されるだろう」


 今からおとなう研究室の主の顔を思い浮かべながら、ミスリルは珍しく唇の端に笑みを浮かべた。


「何せ彼女の知的好奇心を存分に刺激する手土産つきだからな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

学院のカナリアは少女と踊る -Lady is Load, Lord is Ready - 安崎依代@1/31『絶華』発売決定! @Iyo_Anzaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ