39.最後だけおかしいニャ!

 ぽかぽかとあたたかい昼下がり、よく手入れされた芝生しばふに、三毛猫のブライストラが寝転んでいた。


 仰向けに腹も手足も投げ出して、どこか哀愁あいしゅうただよっている。


「平和ニャ……。魔王さまからも、しばらく出入り禁止のお仕置きで、することがないニャ……」


「そうですね……。か、考えてみれば、人間と争っていた魔物仲間も、もういないですし。世界征服する理由が、ありませんでしたね……」


「む。暴虐ぼうぎゃくと闘争こそ我が宿命、と言えど、身一つの欲望を満たすためでは、あまりに矮小わいしょうであるな」


「毎食おやつにおーとくチュール、では、日本征服どころか一会社征服で足りるでござるからなあ」


 めいめいに芝生しばふ日向ひなたぼっこしながら、サバトラ猫のガロウィーナ、ハトのランスタンス、ハスキー犬のディノディアロが、あくび混じりのため息をつく。


「あら。今日もみんな、来てくれたのね」


 明るい声がして、芝生しばふに面した家のまどから、老婦人が現れた。


 丁寧ていねい白髪染しらがぞめをしたひっつめ髪で、庭の手入れのためか、地味な上下に麦わら帽子をかぶっている。


「もう少ししたら、タロちゃんと一緒に、おやつを出してあげましょうね。ゆっくりしていってね」


「かたじけないでござる、御主人」


「ロ、しか合ってないニャ……」


 きりりと居住いずまいを正すディノディアロに、ブライストラが投げやりにこぼす。老婦人は、おだやかにどこ吹く風だった。


 少し遅れて、同じような格好をした老人も現れる。


「なんだ、またそろってるのか。動物はひまそうでうらやましいなあ、おい」


「都内の家持ち年金生活者に言われる筋合いないニャ。そろばんはじいて、残り寿命の計算でもしているが良いニャ」


「はっはっは! 言うねえ、野良猫」


存在理由れーぞんでーとるを消失して、落ち込んでるのニャ。放っとくニャ」


「そういう時は、食って寝ろ。仕方ねえなあ、まったく」


 老人は伝法でんぽうに言いながら、すぐに台所に戻って行った。老婦人が苦笑する。


「仕方のない、はどっちかしら。あんまり食べすぎちゃ駄目よ。後で、みんなで一緒にお散歩すれば、ちょうど良いかしらね」


「あ、ありがとうございます。度々、お世話になってしまいまして……」


「良いのよ。もうみんな、うちの子みたいなものだもの」


 ガロウィーナの恐縮きょうしゅくに、老婦人は雑草を引き抜きながら、鼻歌代わりに答えた。


 ランスタンスが、肩をすくめるように羽根をゆすって、一声鳴いた。すぐに六、七羽ほどのスズメが飛んで来て、庭木や花壇かだんの虫をついばみ始める。ブライストラとガロウィーナにも、特に警戒する様子はなく、むしろ近づいて来るのを二匹とも尻尾であしらっていた。


 やがて老人が、犬用と猫用それぞれのフード缶、雑穀ざっこくった皿、二人分の麦茶をお盆に乗せて来た。老婦人はともかく、老人の方は最初から休憩の勢いで、老婦人も笑ってそれにつき合った。


 二匹一羽一頭、ついでにスズメたちも、出されたおやつに集まった。


「こんちわー! ばあちゃん、いるー?」


 だんらんに、はつらつとした声がかぶさった。勝手知ったる様子で、若い女性が一人、家の横を庭に回って来る。ざっくりとした柄物がらものトップスにスキニージーンズを合わせて、ピンクグレージュの内巻きボブが華やかだ。


「あら、美沙樹みさきちゃん。いらっしゃい」


「わ! なにこれ? すごい、森のお茶会?」


 庭のハスキー犬に、三毛猫、サバトラ猫、ハトとスズメの群れを見て、美沙樹みさきが目と口を丸くする。


「みんな、おとなしい……って言うか、だらけてるわね。タロちゃんの友達?」


「ええ。スズメさんたちは初めてのお客さんだけど、ハトがランちゃん、グレーの猫がナっちゃんで、ミケの子がブーちゃんよ」


「最後だけおかしいニャ! ブライストラなのニャ!」


「わわわっ? え、うそ? この猫、しゃべった?」


「それじゃあ、トラちゃんかしら?」


「模様が違うニャ!」


「ええ? ばあちゃん、スルー? じ、じいちゃん?」


「せっかく座ったってのに、せわしねえなあ。待ってろ、おまえにも麦茶、出してやるから」


「そ、そうじゃなくて……あれ? あたしがおかしいのかな……?」


 顔中に疑問符を張りつけながら、美沙樹みさきが、老婦人の横におずおずと座る。ふてぶてしい態度のブライストラに、ガロウィーナ、ランスタンス、ディノディアロが、今さらながらに困惑顔をした。


「あ、あの、お姉さま……よろしいのでしょうか?」


「む。致し方あるまい。なにか問題でも起きれば、それこそ、新しい世界征服の理由にもなろう」


美沙樹みさきどの、御無沙汰ごぶさたでござった。話せば長いことながら、とにかくこういう次第でござるよ」


 どういうも、こういうもないものだが、ぺこりとお辞儀じぎする祖母の飼い犬に、美沙樹みさきが呆然と半笑いになった。


「お、押忍おす、よろしくお願いします……?」


「今日はどうしたの、美沙樹みさきちゃん。会社の人の結婚式って、言ってなかったかしら?」


「それは先週。今日は、まあ、関係なくもないけど……はい、これ。おみやげ」


「あら。ありがとう」


 美沙樹みさきの差し出した袋を老婦人が開くと、薄黄色うすきいろの地にあおい御紋ごもんが入った、てのひらほどの円柱形の紙包みが、かなりの量で入っていた。


吉原殿中よしわらでんちゅうか? なんだ、結婚式でどこまで行ってきたんだ?」


 麦茶を持って戻って来た老人が、やや遠くの地方銘菓ちほうめいかに、首をかしげた。


「違う、違う。式場の近くのデパートで、物産展やってたの。カレシが、前に冗談で言ったの覚えててさ、帰りに連れてってくれたのよ。で、すっごい大きな箱詰めもらっちゃって、おすそわけ」


「素敵ね。それじゃあ次は、美沙樹みさきちゃんの結婚式かしらね」


「んー、どうかなあ。今、実は、秘密の社内恋愛になっちゃってんの。なんだかカミングアウトのタイミング、のがしちゃっててさ」


「おいおい。そういうことは、ちゃんと相手と相談しろよ? おまえが先走って、相手の立場を悪くしたら大変だぞ」


「逆よ、あたしが止めてるの。カレシ、悪気はないんだけど、言うこと火の玉ストレートでさ。絶対、らない騒ぎになると思うんだよね……」


 美沙樹みさきが、麦茶を飲みながらため息をつく。


 横目で見て、ブライストラが鼻を鳴らした。


「人間の悩みはしょうもないニャ。ケッコンは、するか、しないかの二択だけニャ。バカバカしいニャ」


「なによ、生意気ねえ。あんたたちがポコポコ子猫を生むみたいに、簡単にはいかないわよ」


 美沙樹みさきの言葉に、ブライストラとガロウィーナが無言で、ぺちゃんと顔を伏せた。


美沙樹みさきどの……それを言っては、いけなかったでござる」


「む。さっしてはいたが、傷は深いようであるな」


「え? あれ? ごめん、なんかやっちゃった?」


 ディノディアロとランスタンスの雰囲気に、美沙樹みさきが少し慌てた。ブライストラとガロウィーナが、鼻をおやつまみれにして、涙にくれる。


「うう……屈辱ニャ……! 尊厳そんげんもなにも、あったもんじゃないニャ……!」


「お、お姉さま……この際、もう頭を下げて、あの家で魔王さまと同じ身体になるというのはいかがでしょう……?」


「それこそ、最後の一欠片ひとかけらニャ……! 魔王さまと同じは、やぶさかでなくとも、連中にあわれみの目で見られたらいたたまれないニャ……!」


「なになに? マオウさま? って、どっかの飼い猫? 恋バナ? それも結構、深刻系?」


 俄然がぜん美沙樹みさきが前のめりになる。ディノディアロとランスタンスが、さすがに目を、じとりと細くした。


美沙樹みさきどの……」


「む……」


「いいじゃないの! もう地雷、踏んじゃったみたいだし! なんなら相談に乗るから、女同士、ハラ割って話し合いましょうよ! あたしもさ、カチョー……ってか、カレシに、言いたくても飲み込んじゃうことあるのよ!」


 美沙樹みさきが、ビールジョッキよろしく、グラスに残っていた麦茶を一気にあおる。ブライストラとガロウィーナが泣きべそに目をわらせて、ランスタンスとディノディアロが投げやりな顔を見合わせる。


 女三人寄ってかしましくなりそうな午後の日向ひなたぼっこに、老夫婦はのんきに笑って、おみやげの吉原殿中よしわらでんちゅうを食べ始めていた。



〜 転生勇者のナデシコさんは、もうすぐ結婚する! 今度こそ、完 〜

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転生勇者のナデシコさんは、もうすぐ結婚する! 〜前世が男で勇者でも、気がつけば、今生は幸せ間近のアラサー女子! もちろん相手は男なんだけど、あれ? 婚約、結納、ウェディングドレス待ったなし!?〜 司之々 @shi-nono

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