#6:エピローグ

『DJササハラの、血みどろニュースチャンネル! いえーい!』

 現像した写真をアルバムに整理していると、コンポからラジオが聞こえてくる。

『今週はなんとお! 先週に話したワクチンキラーの続報! ついに犯人は捕まった! 正確には捕まってないけど! というのも、尾道市警の発表によると犯人は尾道で新型感染症のワクチンを扱っていた長峰医院の医院長夫妻。警察の捜査網が狭まる中、逃げ切れないと観念して一家心中を図ったとのことです!』

「ああ、師匠、そういうシナリオにしたんだ」

 アルバムを閉じる。長峰ちゃんよ、永遠に。

 クッキーおいしかったです。

「…………………………ん」

 わたしは師匠が普段使う、事務所の事務机に座っていた。その机の端に、写真立てに収めた写真が飾られていた。

 その写真は、高校の卒業式の様子のようだった。写っているのは、高校時代の師匠だ。あんまり、このころから変わってないな、師匠は。

 そして、もうひとり。

 隣に、女性がひとり写っている。

 その女性は、かなり月並みな表現をすれば、お人形さんのように美しく整った容姿をしている。夜を思わせる黒い髪、透き通る白い肌、首や足は折れそうなくらい細い。瞳は、満天の星空を押し込めたように輝いている。

 師匠が昔、誰か女性と付き合っていたとして。

 たぶん、その相手がこの人なんだろうなあというのは察しがついていた。でも、わたしはこの人の名前も知らない。

 きっと聞けば教えてくれるけど、聞かない。師匠は必要なことなら聞く前に教えてくれる。言わないということは、わたしの人生にこの女性の情報はいらないということなのだと思う。

 それでも、少し気になるけど。

 そんなことを思っていると、事務所の扉が開く。

「ただいま」

「おかえりなさい、師匠」

「起きていたのか。先に寝ていてもよかったのに」

「アルバムを整理していて」

「そうか」

 師匠はコートを脱ぎ、ソファの背もたれにかける。マスクを外してゴミ箱に放り捨てた。

「ワクチンキラーの件は片付いたよ。僕の話した内容が全面的に受け入れられた。名探偵とはいえ警察機関の一員でもない人間の話をああもほいほい受け入れるとは……。そりゃあ、反探連の連中も探偵が捜査に加わるのを警戒するというものだろうな」

「今回は結構無理筋でしたもんね」

 なにせ長峰医院にわたしが写真を置いてきてしまった。傍目には一家心中ではなく、殺人鬼死相屋の仕業だと思うだろう。そこを適当に騙して自説を飲み込ませる師匠がすごいのか、師匠の言うことを鵜呑みにする警察が馬鹿なのか……。

「そういえばあのワクチンキラー、誰が後ろで糸を引いていたんでしょうね?」

 しがない運転手が、ヒ素を慢性的に服毒して耐性をつけることなど可能なのか?

 よしんばヒ素の耐性について知っていたとしても、具体的にどれくらいの量を何か月飲めばいいとか、そういう細かいところまでは分からなかったはずだ。だから、誰か、入れ知恵したやつがいる。

 ヒ素の錠剤、ジャミング装置、鍵が開かないよう改造されたタクシーと、入手経路の気になるものも多い。

「それは、また今度調べる予定だ。警察の捜査が落ち着いたら、あの運転手の部屋を調べよう。何か、見つかるはずだ」

 コンポを操作して、師匠がラジオを止めた。

「欠片、今回はどうだった?」

 師匠が聞く。

「ワクチンキラーと話してみて、何か分かったことは?」

「残念ながら」

 わたしは首を振る。

「でも、分からないということは分かりました。少なくとも、わたしは誰かを馬鹿にするために人殺しをしているわけではない、と思います」

「そうか。それが分かっただけ前進だ」

 言って、師匠はわたしの頭を撫でる。少しくすぐったい。

「そうだ。明日に話そうと思っていたんだが、ついでに今話しておこう」

 師匠が、机の上に封筒を置く。封筒には、私立上等高校と書かれていた。

 高校?

「欠片は、進学について何か考えていることはあるか?」

「いえ、特には」

「なら、ここを勧めようと思ったんだ」

 封筒から、中身を取り出す。それは高校の進学希望者向けのパンフレットだった。

「私立上等高校。場所は愛知県岡崎市」

「師匠の地元じゃないですか」

 パンフレットをめくる。そこに載っている生徒の写真を見て、思わず写真立ての写真に目線が行く。

 同じ、制服だ。高校生の師匠が着ているのと。

 つまり……。

「師匠の母校ですか?」

「ああ」

「でもなんで愛知県に?」

「Dスクール。探偵養成科だ」

 パンフレットをさらにめくる。『特別カリキュラム。探偵養成科について』と……。

「愛知県は東京や大阪と言った大都市に並んで、探偵教育が盛んだ。上等高校でも、カリキュラムに探偵養成科目が追加された。それでOBの僕にお声がけがあったんだ。教員をしてほしいと」

「なるほど」

「君の進学先について考えていたところだったからな。君を入学させること、ひとまず三年間という条件で受けようと思う。もちろん、君がいいと言うのなら」

「わたしは師匠が行けと言えば行きますよ?」

「そういう態度は、あまり感心しないな。子どもはもっと自由でいい」

「でも師匠、なんで今になって教師なんて?」

「…………………………」

 師匠は、写真立てを手にする。

「もうそろそろ、戻っても悲しくないと思ったのがひとつだ」

 悲しい…………。

 それは、写真に写る女性と……。

「もうひとつは、そっちが本題なんだが、反探連だな」

「連中がどうかしましたか?」

「最近、動きが活発だ。連中を宥めるにせよ、正面から戦うにせよ、後ろ盾が必要だ。上等高校、ひいては探偵養成科、Dスクールという存在がバックにつけば、いろいろやりやすいかもしれないと思ってな」

「確かに」

「それに、君もね」

「わたし?」

 わたしがどうかしたのだろう。

「いい加減、僕に付き添って事件を見て回るだけではね。探偵としても、殺人鬼としても学習に限界がある。外部の刺激、特に同世代の子たちとの学びを取り入れる時期だと思うんだ」

「そういうことなら、なおさら行きますよ」

 パンフレットを閉じる。

 進学は一年後だけど、今から楽しみだ。

 どんな探偵のタマゴたちが、揃うのか。

 そして。

 わたしは、殺人鬼としてどんな成長ができるのか。

「さあ、もう寝なさい」

 師匠がわたしの肩を叩く。

「明日も早いだろう」

「はーい。おやすみなさい、師匠」

「おやすみ」

 わたしは立ち上がって、アルバムを手に部屋へ戻る。

 そして、今日も夜は更けていく。

 ひとり、殺人鬼が死んで。

 名探偵とその弟子は。

 いつもどおりの毎日を終える。

 明日は。

 明日は誰を殺そうかななんて、考えながら。

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ワクチンキラー:名探偵と殺人鬼 紅藍 @akaai5555

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