第19話 港町オーロン

「おー街が見えてきたよジル。かなり大きいねえ」


「確かに。人も多そうだな。しばらく川のものばかり食べたし着いたら肉でも昼飯に食べよう」


「いいね!それじゃあ門までレッツゴー!」


「はは、転ぶなよアル」


大きな町に近づき危険な魔獣の間引きも活発になっていたのか、はじめよりはずいぶんと呑気な二人旅でたどり着いた港町オーロンは聞いていた通りかなり大きく、丘の上から見る限り多くの船が行き交う活気のある街に映った。


坂道を駆け下りるアルデミラを追い、ジルも駆けていく。


「はい、それじゃあ入場手続きはこれで終了です。街を出る際も前日の昼までには申請しておくように。ようこそオーロンへ」


「ああ、ありがとう。所で肉料理の美味い店はどこか知っていますか?」


「それなら西区の草原亭に行くといい。近場の牧場から卸した新鮮な牛や羊が食えるぞ」


「ありがとう、これを取っといてくれ」


街への入場手続きが終わったジルは門番に聞いた料亭に意気揚々と向かう。

ひりひりとずっこけてひりつく顔を抑えたアルデミラもそれに続く。


街は船着き場の多い北区へ商業の活発な中央区、輸出入の業者の多い南区から真っすぐ続く道が目立ち、ジルとアルデミラもその大通りを途中まで行き、途中で西区中心へ向かう道へ折れていった。

よく言えば様々な土地の様式が混ざり合う、ある種雑多な町並みは人で賑わい、中央区のほうでは市場も盛んなようだ。


「いてて、まだひりつくよ」


「言わんこっちゃない、走り慣れていないなら下りの坂道で加速の術は危険だぞ。ほら、もうすぐ食堂に着くからそこで傷薬を塗ってやるよ」


「反省してます、うう」


西区は外から来た人間も宿泊や飲食に困らないようにか、あちこちで二人は嗅ぎなれない異国の香辛料や出店の料理を見かけた。

やはり新鮮な海産物が多いようで、肉の舌になっている二人はぐっとこらえて目当ての草原亭までやってきた。

草を食む羊や牛が看板となっており、非常に分かりやすい店だった。


「失礼、二人だが大丈夫だろうか?」


「あいよ、そろそろ客足も引いてくる時間だからそこの四人掛けの卓を使ってくれ」


「わかった」


昼時を少し過ぎた時間だったので、二人は問題なくテーブルに通された。肉の焼けるいい香りに二人の食欲もかなり刺激され、早速とばかりにウエイトレスの少女にお勧めの牛肉の定食と追加の羊肉のステーキを注文した。

手持ち無沙汰になった二人は取りあえずアルデミラの顔の傷を治療することにした。

アルデミラの顔を塗れたおしぼりで拭ったジルは手早く彼女の傷に塗り薬を塗りこみ、最後に鼻をつっついて終わりとした。


「ほら、俺特製の塗り薬での治療終わり!傷もすぐに治るし、傷跡も残らないだろうから安心だ」


「ありがとう、駆け足の術の使い方には気をつけるよ。術の制御はだいぶ慣れたと思ってたのに」


「いいってことよ。まあこれから肉が来るんだ、肉を食って栄養も付けときな。魔術を用いる身体も健康でなければ危ないからな」


「お待ちどおさま、うちの看板メニューの牛肉の定食と羊肉のステーキ、こっちはサービスの海の果実の炭酸割りよ。ゆっくりしてってねえ」


「ありがとう、釣りは要らないから取っといてくれ。綺麗なお嬢さんへ感謝のしるしだ」


「やりい!お兄さんありがとねえ」


運ばれてきた甘辛い香辛料のよく効いた定食をさっそく食べ始めたジルだったが、じっとりとした視線で見つめるアルデミラに気づき手を止める。


「どうした、出来立てを食べないと勿体ないぞ、せっかくの新鮮な肉にふんだんな香辛料までかかった一品なのに」


「…ジル、女の子に優しくしすぎだよ。なんだかあの子もちらちらジルのほうを見てるし」


「なんだあれか、ああ言っておけばサービスも良くなるしこの後道を聞いたりするのに便利だろ。昔俺の読んだ本にもそう載っていたぞ」


「それはそれでひどいけど、まあいいか。いただきます!うん、美味しい!やっぱり干し肉にはないこのジューシーさが最高だよ」


そうして勢いよく食べだし、喉に詰まらせ必死に海の爽快な青色をした炭酸割りを飲み干したアルデミラの瞳が輝く。機嫌の乱高下も合わさり、なんとも忙しないことだ。


「このジュースすごい美味しいかも!ほんのりと塩気が漂ってきて甘いのに飲み心地も悪くなくてすっきりしてる!」


「どれ、試してみるか。む、これは確かに美味いな。肉の油気も落としてくれる」


「すみませーん、これのお代わりくださーい!」


「はあいお待ちくださいねえ。あ、今はそちらの果実が切れちゃってるから果実酒のほうでも良いかしら?」


「そっちでも良いでーす!」


こうしてアルデミラは飲みやすいことも相まって、昼間から飲兵衛になり、上機嫌のままデザートのソフトクリームを食べている。

その間にジルも先ほどのウエイトレスに船の乗り込みの予約を取る窓口をさっさと尋ね、メモ書きをしてもらったのだった。


「うい~、すごい美味しかったねえ。僕あんなに飲みやすいお酒初めてだったかも」


「かなり飲んでもちゃんと歩けるし、アルデミラは酒に強そうだな」


「そういうジルはあんまり得意じゃないの?一口だけで後は全部僕にくれたし」


「酒は体の制御が利かなくなるからね、あまり飲むのは苦手なんだ」


「ふうん、そうなんだ。あっと」


「ほら、支えてやるから掴まっているといい。また転んで顔に傷が付いたら世話ないぞ」


小石に躓き転びかけたアルデミラを支えたジルがなんとか姿勢を直し、また歩みを進める。思ったよりも体に酔いが回ってきたらしい。足は徐々にもつれ、いつ転んでもおかしくない状態になってきた。


「さきに宿を探して一休みしているか?」


「や!一緒に行く!」


「仕方ないな、背負ってやるから酔いが酷くなったら言うんだぞ?」


「ふふ、なんだかこうしてると小さいころ村のみんなに可愛がってもらったの思い出すなあ」


「そうか、村のみんなも大変だったんだなあ」


「あー!それ失礼です、僕は立派な淑女なんですから!」


「分かってるよ、君は立派な淑女だ。それじゃあ立派な淑女さん、髪の毛を弄るのはやめてくれないか?」


「えへへ、僕とお揃いにしてあげるよ。幸い君の髪も長いし」


「男で君の髪形はまずいだろう、勘弁してくれ」


背中で騒ぐアルデミラを乗せたジルも、苦言まじりでは有ったがとても楽しそうに船着き場のある北区を目指していく。

その二人の姿は街の婦人方や少女たちに微笑ましいまなざしを向けられ、しばし評判になったとか。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

精霊少女と戦神の使徒、そして千年の死と @wararawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ