第18話 海は好き?

「それじゃああたしが遅れるのはここまでだ。そんなに遠くないから二、三日進めば港町に着くと思うよ、二人は大丈夫だと思うけど気をつけてね」


「ありがとうレーン!また会おうね!」


「達者でな。竜が生まれたら手合わせしよう」


「ニヒヒ、それじゃあまた!」


羽ばたき去っていく亜竜の背を見つめて、それも小さくなったころジルとアルデミラも進みだした。

かといって竜の産卵前よりも街道は落ち着き、リラックスして進むことが出来たので事前の予想よりも早く目標地点を超えた。

街道に沿って流れる大きな川だ。


「ジル、この川辺に沿って進めば楽そうだね」


「ああ、思ったよりも早く着きそうだし少しスピードを落としても良さそうだ」


「はじめの二週間はずっと魔獣に追われて一息つく暇もなかったもんね。そうだ、軽食にしない?それに川魚も取れたら夕食も美味しくなるし」


「いいね、これほど大きな川は見たことが無いし、何が居るのか気になるぜ」


二人は街道を進む者たちの為に石畳で舗装された川辺の休憩所を見つけると、適当な棒と糸で釣竿を作り、地虫を餌にし川に垂らした。

この地虫は危険を感じると粘性のある針を体から飛び出させるので、即席の釣りにはもってこいだった。

二人で茶や菓子をつまみつつ、ぼんやりと糸を垂れる。


「あー、なんだか最近は時間の密度がすごいかも」


「ふふ、確かに慌ただしい毎日だったな。それにいい具合に戦いに満ちている」


「もう、僕はジルが何回敵にやられてしまうかもって思ったのか数えきれないよ」


「それは申し訳ないな。よし、これからは気になることが有ったらすぐに相談するようにしよう」


「うん、それも約束だよ」


「お、アル、それ引いてるんじゃないか?」


「え、この棒硬いから分からないけど、おお!引っ張ってるよ!」


「ええい、そのままあげてしまえ!」


「うん!ってこれすごい大物かも!うぐぐぐぐ、上がらない!」


「一緒にあげるぞ、せーの!」


暴れ狂うアルデミラの抱えた棒をジルも後ろから支えどうにか引きずり、岸まで引き上げると、余りにも大きなザリガニが食らいついていた。

ザリガニは口元の糸をどうにか断とうとしているも、目の前のジルとアルデミラに気づき、怒って襲い掛かってくる。


「わわ、どうしようこっち来る!」


「まあ魔素を取り込んだただのザリガニだろう。アル、あのナイフの練習用にしてしまえ」


「ひえー足の感じが気持ち悪い!食らえ!」


二人に迫っていたザリガニはアルデミラのナイフが放った炎の斬撃により、上下真っ二つになり断末魔を上げることもなく息絶えた。

棒で突っついて確認したジルが切り口の鮮やかさに感嘆の声をあげる。


「ほう、綺麗な二枚卸になったな。内臓は気色が悪いが身と尻尾は海にいる奴と大差ないし美味そうだ」


「ひい、それひっくり返さないでよ~。気持ち悪いからあ」


「分かったよ、それじゃあ氷漬けにしておいてと。おお!アルデミラ、こいつのお仲間が沢山湧いてきたぞ」


「ええ!?あれとかもはや虫じゃん!でっかい虫だよ!こっちに来るなあ!」


騒めいた水面から二人を窺う水生の昆虫や甲殻類、ワームが押し寄せたが、アルデミラががむしゃらで放った炎の斬撃で数匹が切り伏せられると、その死骸の取り合いに夢中になり、やがて水中へ消えていった。


「はあ、はあ、川沿いでのキャンプは辞めたほうが良さそうだね」


「ははは、寝てる間にハサミでちょん切られるのは嫌だな。よし、休憩に戻ろう」


敷き布の上で転がったアルデミラが息を整えるのに夢中になっているので、ジルはザリガニの解体と冷凍ついでに冷やした茶をアルデミラに差し出すと、自分も隣に腰を下ろす。


「ありがとう。ねえ、こんな大きなザリガニ僕の地元じゃ見なかったけどこっちではこれが普通なのかな?」


「さあ、俺にも分からんな。俺は海に囲まれた所で育ったし、こっちに来たのは一か月も経っていないんだ」


「ふうん、そうかー。でも川に居る連中がどいつもあんなに大きかったら水汲みもいちいちびっくりしちゃうね」


「そりゃあそうだな。もしかしたらこの一帯は魔素の流れ込みが随分多いのかもしれないな」


「ということは魔獣化が進んでるのが多いってこと?」


「邪気迷宮から溢れた魔獣以外は生物の淀んだ魔素への適応だそうだからそれがあり得るかもしれないな。まあ魔力の補給にもなっていいんだが」


「合戦でも近くで起きたのかな。魔素が川に流れていくなんて」


「うん、そうだと思うぜ。最も魔獣として定着する前の段階だが」


「物騒なのが減ってよかったねえ。僕もこうしてジルと旅が出来るし」


「戦神の使徒としてはそうとも言い切れないが。まあ俺も君と旅を出来て嬉しいよ」


「うん!それじゃあそろそろ進もうか。夕飯の準備もするから早めに拠点を決めよう」


「了解、相棒」


こうして川辺を離れた二人は街道をさらに進み、日が落ちる頃合いになんとか屋根となる木を見つけ、キャンプを構築した。


「一応川のザリガニだから食べれそうだけど、なんとなく怖いから毒消しの香草で包んで焼いてみました!」


アルデミラの作った料理はザリガニを香草で包み、一旦蒸してから焼き上げたものだ。

酸味の効いた果実を調味料に混ぜ、食欲をそそる香りの一品となっている。


「すごいなアル!俺も料理は出来るがなんとなく俺とのレベルの違いが察せるぞ!」


「ふふーん、数十年前に村に来た変わり者の同族に流行りの料理の手ほどきをして貰ったので大得意なのです!ささ、食べてみて?」


「うん、美味い!海で取れたものは生でもだいたい食えるからこんなに凝ったことは無かったが、それにしても素晴らしい。文明に感謝だな!ありがとうアル」


「それは良かった。それにしても楽しみだなあ海。僕まだちゃんと見たことないんだよね。生まれは海沿いの町らしいけど。ねえジル、海は好き?」


「そうだったのか。まあ嫌いではないな。すっかり俺は見慣れてしまったが、海の広さには皆驚くらしいぞ」


「海水も川と違うんでしょ?安全な場所なら泳いでみたいかも」


「時間が取れればそれもありだな。甲冑を着たまま泳ぐ方法を伝授してやるよ」


「ええ、僕甲冑着る機会ないよ」


「それもそうか。では服を着ている場合の泳ぎ方にするか」


「なんだか安全に配慮したいい練習になりそうだよ」


再び始まった二人の旅は和やかなものになった。

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