エピローグ


 気弱男にたっぷり報酬を与えて、私は晴れ晴れとした気持ちで自宅に帰った。今日はよく眠れそうだ。

 ドレッサーに飾ってある、紅い宝石の輝く指輪を手に取って、うっとりと眺める。あの日、お義母さんの硬直した指から抜き取った指輪。


 正直に言って、自信がなかった。お義母さんが私に向けていた殺意。お義母さんが必死に隠そうとしていた、「死んでほしい」という強い欲求。私の被害妄想かも知れない。お義母さんを殺したあと、その疑念は私をさいなんだ。ストレスから、少し不眠症気味になったくらいだ。

 だけど、私は正しかった。お義母さんは、私を殺そうとしていた。私はそれを見抜いて――図らずも、先手を打っていたというわけだ。

 お義母さんの敗因は、殺意を直接私に向けず、他人任せにしてしまった点にあるだろう。殺意は迂遠に巡り巡って、結局は私に届くまで多大な時間を要し、正確性にも欠けていた。

「駄目ね、お義母さん。私みたいに手際よくやらなくちゃ」

 蛍光灯の光に、戦利品である紅い宝石が無機質に煌めく。私は満ち足りた気持ちで微笑んで、大きく背伸びをした。


 これから忙しくなる。私は、私に殺意を向けた人間を許さない。殺意には早急に対処した方が良いと、今回のことではっきりしたのだから。

 まずは、お義母さんが直接殺人を依頼した、ヤクザの下っ端を。それから、そいつに依頼された暴走族の少年を。人々の間を巡り巡った殺意をたどって、いずれはあの卑屈で浅ましい気弱男を。……まあ、いずれは。


 長期スパンで考えなければならない。焦らず、まったりとやっていこう。

 途中で警察に捕まることだけは避けなければと、私は浮かれ気味な気持ちを引き締めた。でもまあ、お義母さんのことだってバレていないし、気を付けていれば大丈夫だろう。


 私は、人の隠し事を暴くのが上手い。そして同時に、隠し事をするのも得意なのだ。

 ――それこそ、カミワザ的に。




【完】

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巡る殺意と嘘つきお嬢様 深見萩緒 @miscanthus_nogi

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