最終話 リベンジ&リスタート
そしてすべての段取りが終わり、いざ実行というころには昼の二時になっていた。
昨日のような弁当はなく、出されたのは来客用の簡素な茶菓子。
正直胃袋が、練りチューブの潰れた状態になってるんじゃないかってくらいにつらい。
一応説明だけは聞いていたが、まずはレスキューギルドの隊員と東方魔術研究ギルドの人が現場へ行ってスプレーの効果を検証。それで上手くいけば本格的に呪いの除去に入るということになっている。
おれはスプレーの検証が終わるまで工場で待機。そう、待機。
おれ自身がすでに呪いに感染されている身だから連れて行くのは危険という、微妙な気遣いで留守番を押し付けられたのだが、やることが全くないので何のために待機させられているのかも不明である。いや、現場に行きたいかときかれたらそれはそれで嫌だが。
正直帰りたい。いや、心底帰りたい。
というか、お腹が空きすぎて自力で帰れるのかも怪しい。
余計なことを考えると空腹感が増しそうなので、心をひたすら無にする。そう、無、無に……
蒸し焼きチキンにレモンを添えて
レタスでくるんでまるかじり
ポークにたっぷりソースをかけて
ごはんと一緒に口の中
(音楽ギルド 童謡部門作曲「たのしいごちそう」より)
って、なんで飯テロソングが脳内で流れる!?
本当、脳内で何か曲を流す習性は直したほうがいいかもしれない。はー……腹減った……
と、机に突っ伏してぐったりしていると、頭にべしゃっと柔らかいものが投げつけられた。
驚いて顔を上げ、ぶつけられたものを見ると、弁当用のフィルムで包まれた、少し大きめのサンドイッチだった。
「一個だけなら分けてやる。取引先で気を抜いたツラすんじゃねえ」
反射的に背筋を伸ばして声のした方を見ると、工場長が呆れた顔でこちらを見ていた。
よく考えたらおれがかき集めたメンバーは全員それぞれどこかへ出払っているため、改めて二人きりになると気まずいにもほどがある。
「食わねえなら返せ」
「食います」
なんだろうと空腹には勝てない。パンズが少しヨレヨレな具だくさんのサンドイッチにかぶりつく。
味付けはシンプルというより大雑把だが、めちゃくちゃ美味しいように感じた。二分くらいで平らげると、少し元気になった気がした。
「ごちそうさまでした。助かりました」
「営業する奴が体に気を付けないでどうする。ま、お前んとこのギルマスはそんな気遣いも教育もしてなさそうだな」
大正解である。昼飯も食わせてくれない時など日常的である。
工場長はおれの顔色を少し伺いながら、横にドカッと座ると話を続ける。
「さっきは言い過ぎた。俺はお前のとこのギルドを許す気はないが、お前もお前であのギルドの被害者だろうな。いいようにこき使われてるから思考放棄しかけた仕事ぶりなんだ」
相変わらず刺々しい言い回しだが、さっきよりはショックを受けない。
「……どうしたら「心のある仕事」ができるんですかね」
「心のある仕事がしたいのか?」
「わかりません」
そもそも工場長の言う「心のある仕事」が何なのか、具体的なイメージが全くわいてこない。
「少なくとも義務感で嫌なことを我慢し続ける仕事ではないことは確かだな。自分の意見や苦情が何一つ通らないような仕事なんかやっても楽しくないだろ」
「確かに」
その環境に慣れてしまったのも事実ではあるが。
「だから次はちゃんと働きやすいギルドを探せ。まともな仕事に就けばそれだけでもゆとりのある人生になる」
「……役所ギルドの人にも似たようなこと言われました。けど、おれも転職に自由のきく歳じゃないですし、選べるような」
そこまで言いかけた途端、背中を思いっきり叩かれた。思わず悲鳴を上げる。
「どうせ今いるギルドは終わり同然なんだから否が応でも仕事探すしか選択肢ないだろ! そこで後ろ向きになってどうする! ってそこで涙目になるんじゃねえ!」
いや、叩かれた背中の痛みで思わず涙が出ただけなんだけど。
「俺はお前の仕事ぶりは気に食わないが、それでもお前がほかのギルドの奴らをかき集めて説得しに来た行動力は高く買ってるつもりだ」
「でもあれは無我夢中でやっただけで」
「その無我夢中ができれば上等だろうが」
今度は頭をはたかれる。
「街をどうにかしようとするお前の働きかけで皆が動いてんだ。これを成果と呼ばずに何と言う? お前はちゃんと自分の意志で動ける奴なんだからしゃんとしやがれ!」
ギルマスが人格否定のネチネチモラハラタイプとすると、工場の長は面倒くさい体育会系タイプのようだ。それも物理的なパワハラ寄りの。
だが数々の暴言と、力加減を誤っている暴力を置いておけば、おれ、今のギルドに来てからこれほどまでに仕事を評価されたのは初めてなんじゃないだろうか。ギルマスも副マスターも、一応褒めることはあっても「出来て当たり前」が前提にあった言い方しかしないし。
ジリリリリ。ジリリリリ。
ふいに電話機のベルがけたたましく鳴り響いた。
もしかしなくても、検証に行った連中からの連絡だ。工場長が忙しなく受話器を取る。
「はい……ああ……本当か!?」
そしておれの方を見ると、気味悪いくらいの笑顔で叫ぶ。
「検証の結果、呪いが消せそうだと! やったな!」
そこから先のレスキューギルドの対応は早かった。
現場に大量のスプレーが投入され、あっという間に黒いモヤを消去。
数日後にはすっかり元の景観に戻り、安全宣言も出された。
すでにおれ含め、既に呪いに感染した者の治療は、スプレーの成分を人体向けに調整して作った特効薬によって回復した。一番症状の重かった副マスターも一命をとりとめた。
それから法律ギルドと裁判ギルドとのやり取りが何度かあった末に、「相手の死を衝動的に祈っただけでは犯罪として成立しない」という判決が下されておれも新入りちゃんも無罪、犯人は呪いをかけた占い師一人と断定された。
だが、肝心の占い師はいまだに姿をくらましたまま行方不明、仮に逮捕したとしても三十年前のいたずらに近い犯行では重い罪には問えないとは言ってた。まあ、どのみち犯人が占い師と決まった時点でおれ達は解放されたので、後の話はろくに聞いていない。
さらに数日後、事件解決の協力報酬がおれの所に入った。
呪いの除去のためにスプレー導入を提案したという功績に対する報酬とのことらしいが、額面を見て飛び上がるほど驚いた。
いや、これ一桁間違ってないか? というかあれだけの行動で一か月分の給料より高いんだけど? 後で返せと言われても断固拒否するぞ?
あ、ちなみにあれ以来、元居た薬品問屋管理ギルドには顔を出していない。そのまま誰にも言わずに役所でギルド脱退の申請手続きをした。
どのみち存続が難しいだろうし、近いうちに完全解体されて事業はほかの似たような業種のギルドに吸収されると思う。
そして、何度も職安ギルドに通い詰めたのち、次におれが就いたギルドは、
「さて、まずは先日デビューしたてのグループバンドから一曲。この曲は今の季節にぴったりな、しっとりとしたバラード。特にラスサビ出だしの高音が美しい仕上がりになっています。タイトルはその名も……」
音楽ギルド主催の定期コンサート。様々なジャンルの音楽を民衆に広めるという名目で催されるこのイベントは、ギルド街一、二を争うほどの人気である。
会場は大勢の客で既に満員状態。皆、一体となってメロディに合わせて左右に身体を揺らしている。
いろいろあったが、今、おれは念願の音楽ギルドに所属している。
と言ってもアーティストではなく、広報担当。世にある良曲を新旧関係なく発掘して広めるのが主な仕事である。
ダメ元で最後の最後にギルドの就職試験にリベンジのつもりで挑んだ結果、どうあがいてもおれに音楽の才能はなかったが、音楽好きが高じて多くのジャンルの曲の知識があるという点を買われて採用された。
後で聞いた話によると、この街には幅広いジャンルの曲の良し悪しを語れる人材は意外に少ないらしく、その上で先日の事件で呪いを止めるべく工場長の説得に行ったり、そのためにいろんなギルドから人をかき集めたりした行動力を買われ、そして前職が営業職ということもあって、適職と判断されたらしい。皮肉にもあの最悪なギルドでの日々がキャリアとして生かされているのにはちょっと複雑な気分だが。
さらにありがたいことに、今回初めてコンサートの選曲をいくらか任された。直感で流行りそうなやつと、あとは個人的な好みでなおかつハズレの少なさそうなやつを選んでみたのだが、この作業がなかなかに楽しかった。
正直、仕事をやってて「楽しい」と思ったのは初めてかもしれない。
もちろん大変なこともあるが、ここには理不尽に怒る上司もいないし、大型ギルドなのでサポートに回ってくれる人手も多い。一人で何人分の仕事を抱えることも今のところは、ない。飯も帰宅時間もきちんと守ってくれる。
ああ、これが本来あるべき正しい仕事なんだな、と実感している。
「はい、次は初等学校の合唱部による発表です。誰もが知っている、ギルド街の代名詞とも言える歌。大人たちにとっても仕事は楽しいことばかりではありませんが、それでも力を合わせて困難を乗り越えていく姿は後世まで語り継いでいきたいと願っています。
それではお願いします。『ギルド街のうた』」
ギルド街と最後の復讐者(リベンジャー) 終
ギルド街と最後の復讐者(リベンジャー) 最灯七日 @saipalty
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