第9話 街を駆けるはたらきもの

 少額だが電話代を取られたものの、電話の許可をもらったのでまずは状況確認のために警察ギルドに連絡を入れた。

 電話に出たのは気難しそうなかっちりとした声の男だった。あのダルマのようなおっさんは、おれと同様あの時に病院に運ばれたものの一晩で回復し、そのまま自分のギルドに戻ったとのことだった。ただ、不定期的にあの悪意のある幻聴に襲われて気持ちが悪くなることがあるので後方支援に回っているらしい。

「犯人はまだ逃走中。どうやらあの女、裏組織の類と繋がっているようで捜査はかなり難航している。ああ、君らの拘束は犯人が特定できた時点で解放されているからその後のことは気にしなくていい」

 あの占い師、あんな状況で逃げられたんかよ。どれだけしぶといんだ。

「そして黒いモヤは事件現場を中心に少しずつ広がっており、レスキューギルドが区画隔離をしようとしたが、近隣のギルドと衝突してな。結局黒いモヤに呪われて両成敗状態でみんな病院送り。言い方が悪いが、結果的に人払いだけはできたといった感じだ」

 道理で現場であるギルドに戻った時、誰もいなかったわけだ。

「犯人を再び捕まればあのモヤも何とかなると思ったのだが、すまない。こちらがもっとしっかりしていれば」

「そのことなんですが、少し提案がありまして」

「なに?」

 おれは簡単に退院から今までのことを説明し、黒いモヤに有効なスプレーの存在と、そこで抱えている問題も一緒に話した。

「つまりおれが言いたいのは「これ」が最善手、いや、正直それ以外思いつきません。「こういうケース」でもギルドの法律は適用されるんでしょう?」

「まあ確かにそうなんだが」

何とも歯切れの悪い返答だ。だが、そこで怯んではならない。

「大体こっちだって犯人捜しに巻き込まれたんだから、あんたら警察ギルドもこっちに協力するのが筋ってもんでしょうよ……って、なんで黙ってるんです?」

「あー、いや、そうではなくてね」

「何だよ?」

うっかり敬語が消えうせたが、気にしている場合ではない。

警察うちのギルドは犯罪事件担当。呪いをばら撒いた犯人を捕まえる、と言う話ならいいんだが、呪いを消すとなると災害に対する救助……つまりレスキューギルドの管轄になるだよ」

「えと、それはつまり」

「レスキューギルドに提案してくれ」

「……さいですか」




 気を取り直してレスキューギルドの方に連絡を入れると、向こうはすぐに検証依頼のための魔術捜査官も手配してくれた。

 あのちんちくりん女の同僚らしいが、こっちは見た目も言動も極めてまともそうな男だった。本人曰く、ちんちくりん女のような魔力の流れを見る力はないからそんなに有能ではないと謙遜しているが、とんでもない。まともな会話と対応ができるだけでもありがたい。

 その後はあれよあれよと順調に協力者が集まり、その流れには自分も驚いた。

「おい、これは一体どういうことだ」

 ずらずらと色々なギルドの人間が工場にやってくるのを見て、工場長が呆れ気味にこちらを睨みつけた。

「向かって右からレスキューギルド、魔術専門の捜査官ギルド、薬剤師ギルドの人で、最後に役所ギルドの人です。あとそれから法律ギルドがバックアップについてくれるとのことです」

「そういうことを聞いてるんじゃねえ!」

 ビリビリとした怒鳴り声が来るが、もうそっちの顔色をうかがう必要はない。

「殺人事件に巻き込まれて犯人見つかるまで拘束された時に散々思い知りましたけど、この街には絶対的なルールが一つありまして」

 我ながらここ、ドヤるのを顔に出さないよう、必死に耐えてたと思う。

「この街のギルドには、事件、事故が起きて警察やレスキューギルドから協力要請が来た場合は原則それに従う義務がある。おれからの頼みをきく義務も義理もなくたってレスキューギルドからの要請なら問題ない。ここは法律ギルドと役所ギルドにも確認済みです」

 おれの説明の後に、役所の人がうやうやしく頭を下げる。

「協力要請で動いた場合、スプレーの代金はおれが払わなくても、レスキューギルドや国が買い取る形になる。だからそちらの工場に損はない。これなら納得いくでしょう?」

 まあ協力要請が来た時点で納得する以外の選択肢はない。

 ギルド街は働き者の街であり、助け合いの街でもあり、それがルールなのだから。

「工場長の言うとおり、おれは仕事に対する心がないのかもしれません。夢もなくなって、行く当てもない先にあったろくでもない仕事先にしがみつき、自分でも知らないうちに殺意を抱いた上司を結果として死に追いやった実感も罪悪感もわいてこない。今、こうやって呪いをどうにかしたいという気持ちも、たまたま街の平穏につながるだけのただの自己満足かもしれない」

 向こうからの反応はない。

「すみません、こんな自分語りなんてどうでもいいですよね。ただわかってほしいのは、死んだギルマスはともかくとしておれ自身はあなたの工場と敵対したいわけではない。それだけです」

 もうこれ以上言うことはない。やるべきことは全てレスキューギルドをはじめとする専門職の人たちが引き継いでくれる。おれの仕事はこれでおしまいだ。

 あとは家に帰って、病弱な母親に全てを話して、それからのことは今考えなくていい。

「……だよ」

 工場長のぶっきらぼうなつぶやきが聞こえた。

「なんでそれだけ行動する力があるのに、あの時助けられなかったんだよ!」

 おれは、その言葉で息を飲んだ。すでに空っぽの胃に軽い痛みが走る。

「それは」

「……いや、わかってる。それだけ行動できてもどうにもならなかったってことくらいは。お前があのギルマスとは別の人間であるってことくらいは」

 そうしてため息をつくと、工場長はつかつかとレスキューギルドの人の方へ近寄り、頭を下げた。

「要請、承った。可能な限り何なりと」

 その瞬間、おれの心は晴れやかになったような気がした。競技か何かで優勝したような、あの感覚。何はともあれ、最悪なギルドでの最後の仕事は、自分でも最高の形で終わったのだ。

「って、あなた、どこ行こうとしてるんですか!?」

 退室しようとしたおれを、レスキューギルドの人が慌てて呼び止める。

「え? おれの仕事は終わったし、帰ろうかと」

「何言ってるんですか! 規則なので帰られると困ります!」

「きそ、く?」

 なんだか嫌な予感がするぞ。

「事故などで通報した者は、その処理が片付く目途が着くまで帰しちゃいけない規則がありまして。ほら、あなたのくれた情報が間違いだったり虚偽のものだったりすると、色々問題なことになるので」

 予感的中。おれはそのまましなしなと崩れ落ちた。




 その後、レスキューギルドの立ち合いの中、工場の長と薬剤師ギルド、それから新たに協力に加わった東方魔術研究ギルドの人によるスプレーの成分効果の確認や、検証方法の会議に入っていた。

 専門用語が入り乱れているので横で聞いているおれにはさっぱり意味が分からない。これ、本当におれ必要なくね? って感じでぐるぐるする。

 隣に座っている役所ギルドの人(多分この人も監視しているだけの仕事なので会議内容は頭に入っていないと思う)が、おれに気を遣ってかちょくちょく話しかけてくれるので居眠りだけは避けられているが。

「だいたいこんな規則あったら誰も通報しなくなりませんかね、これ。絶対無理でしょうよこんなの」

「まー、それ設定してるのは全部法律ギルドだからねー。法律がやれと言ったらやれなんだよ、ギルド街はー。もちろん不満の声が増えればその都度改正してるけど、追い付いていないのが現状みたいだねー」

 おれの愚痴に役所ギルドの男は間延びした口調で返してくる。

「でも君が声を上げなかったら何も解決しなかったと思うよー。君のしたことは立派な人助けだよー。なんたってギルド街は助け合いの街だからねー」

「事実だけど、今そのどっかの動揺みたいなこと言われると辛いんですが」

 そして脳内で流れ始める例の曲。ちょっと頭が痛い。

「でもこの街は働き者の街で、その働き者たちが助け合う街であることは変わってほしくないんだよねー。だから僕はそういう街を作る手助けができる仕事を選んだんだよねー」

 間延び男はおれの方を向くと、にこやかに笑う。

「次の仕事はいい所だといいねー」

 ……なるべく今は考えないようにしてたんだが、なぜそれを言うんだ、この語尾伸ばし男は。

「ま、別に人生はその人その人で違うからねー。別に夢や使命で仕事を選ぶ必要はないと思うけど、少しでも楽しくて人生が充実できそうな確率の高そうなところを選ぶことをおすすめするよー」

 楽しく充実した人生。

 今までそんなことあっただろうか。思わずそんなことを考えてしまう。

 でも、本当に、それがあるとしたら。これから俺が選ぶべき仕事は。

「話し中で申し訳ないが、ちょっといいですか?」

 逆隣りからちんちくりんの同僚、魔術捜査官の男に声をかけられる。

「あっちの解析が時間かかりそうなので、先にこっちの情報を知っておこうと思いまして」

 そう話しながら、四角い革のカバンを取り出し、中をカパッと開ける。

 中にはなんだかよく分からない小型の機器と、やはりなんだかよく分からない液体の入った小瓶が十個ほど入っていた。

「こちら、魔力を測定する機器と判定薬でして、これを使ってあなたを蝕んでいる呪いがどんなものか詳しく調べます。あ、この判定機はここの工場で作られてるんですよ。この工場、医療用の薬よりこういった検証や実験用の薬品に強いんですよ。あ、薬品問屋管理ギルドの方ならご存知ですよね。鑑識の方でも評判良かったんで、工場が潰れかけて生産中止と聞いた時は正直へこみました」

 やめろ、傷口に塩を塗りこむな。いや、おれの非も全くないわけじゃないけどさ。




 自分の体内にある魔力、この場合は呪いなのだが、とにかくそんな検査を受けるのは初めてだった。

 と言っても、判定薬をセットした機器からのびる端子を数十秒握るだけで結果が出るという簡単なものだったが。

「うん、判定の結果、あなたの身体の呪いは微弱ながら存在している。殺人事件の犯人とその詳細、そして呪いを受けたあなたの証言を踏まえて考えるとこの呪いは」

 捜査官の男が説明してくれたものを分かりやすくまとめるとこんな感じになる。


 1.呪いの原因は黒いモヤを浴びたことが確定で、浴びた者は犯人以外全員呪われたと考えられる。ただし症状に個人差あり。


 2.呪いの内容はギルマス殺人事件に用いられた術と同系統のもので、誰かに恨まれたり殺意を抱かれると身体に不調をきたす。恨まれれば恨まれるほど症状が重くなる(一番やらかした副マスターが一番重症という状況より推理)。


 3.現時点では呪いは自然解除される気配はない。また、自己嫌悪など自分自身を呪っても発症する(ちょっと前におれが自分への怒りで症状を引き起こしたので。自爆で証明したってなるのはちょっと嫌だが)。


 4.判定機器が分析した結果を見ると、どうやらこの呪いは発生源から離れるほど症状が弱まるタイプらしい(よくよく思い返せば、おれ、工場長にめちゃくちゃに罵倒されたけど呪いの症状が出たのはギルドでアポの連絡を入れた時だけで、工場へ来てからは自爆以外は起きてないんだよな)。


「というかなんで自分自身への恨みでも発動するんだ?」

「おそらく自分自身・・・・だからじゃないですかね? どうあっても一番感情がダイレクトに伝わる相手な上に逃げられませんし」

「……さっぱりわからない」

「哲学だと思ってください」

 どうせ考えても分からないし、さして重要でもなさそうなのでそれ以上は追及しなかった。

「それで具体的な対策は? というかおれが運ばれた医療ギルドってそこそこうちのギルドから近いから重体の人とか避難させた方がいいんじゃないか?」

「うーん、そうしたいのはやまやまですが、重体の人をむやみに動かすのは逆に危険ですし、今の医療ギルドにそんな余力はないと思うんですよね。対策の方はあなたの判定結果をもとに、レスキューギルドが段取りを組むと思うので、多分もうあなたの仕事はないと思います」

「じゃあもう帰っても」

「規則なので多分、段取りが組み終わるまでは駄目だと思います」

 捜査官の男が俺の背後を見やる。つられてそっちを見ると役所ギルドの人がわざとらしいくらいににこやかな表情でこちらを見ていた。


 やはり、帰れないのらしい。

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